くるくる廻る季節の夢
夢を見る。遠くないけど懐かしい、知っているけれど知らない記憶の夢だ。
もう何度、季節は廻ったことだろう。ここは、巡り巡ってくるくる変わる季節の世界。
ある時は、一面に薄桃色が咲き誇った。ある時は、陽に輝く若葉が眩しいほどだった。
またある時は、色鮮やかなオレンジや赤に包まれた。ある時は、世界は雪に覆い尽くされた。
何度も何度も季節が廻るたび、この世界の色も移り変わった。目まぐるしく、カラフルに。
季節たちは争い合った。いつも最後に、この世界は一色だけに染め上げられた。
その時は珍しいことに、世界は何色でもなかった。
長いことこの世界を見つめ続けていたが、それはごくまれにあることだった。必ずしも、季節だけが力を持つのではない。それは思い出させるように時折現れる。季節が移り変わる間は、どの季節でもないように。
「あんたが、『願いの時計』?」
そうだけれど、その『時計』は人ではない。それどころか、身体すら持っていないのだ。だから、答える言葉だって持っていない。
その人も、『時計』の返事は期待していないのだろう。ただ自分の言いたいことだけを重ねていく。
「まあいいわ。願いは叶えてくれるんでしょうね?」
「あなたの願いは何ですか? 季節の勝者たるあなたには、それを願う権利があります」
決められた最低限の言葉だけを話す。それ以上の言葉は、『時計』の口からは出てこない。口と言えば語弊があるかもしれない。とにかく、他人に意思を伝えるための手段だ。
人が造った、ロボットというものに近いのかもしれない。詳しくは知らないが、なんとなくそう考えた。
「わたしの願いは、もっと強くなって力を手に入れること。あと――」
三日月の表情で、少女はにっこりと笑って『時計』に告げる。
そんな異質な願いは初めてだった。これまで、そんなに大それた願いを口にする人はいなかった。
きっと『時計』はその時初めて、人を恐ろしいと思った。そんなことを望むなんて。
「代償が必要です」
『時計』はただ事務的に、何の感情の色もない声でそう言っただけだった。所詮人ではないから、感情なんてものは表に出ないのだ。
「ふうん。ならあの子は?」
「対象は問いません」
「……待てよ!」
そこに割り込む声一つ。 どうやら今駆け込んできた少年のものらしい。ここへは戦いの勝者しか入れないから、きっと少女の仲間なのだろう。
しかしどこか、少女に似ている。その理由は、少年の次の言葉にあった。
「やめろよ……姉貴!」
「零哉」
よく来たわね、と少女はどこか楽しげに、だが底の見えない声音で呟く。
『時計』は、違うことに驚いていた。彼は勝者じゃない。それどころか、ここに来たばかりの人だ。
偶然この世界へ迷い込むにしても、ここに来る人などこれまでまったくいなかった。
長い季節の移り変わり中で、一度もそんなことはなかった。彼は、これまでの誰とも違う。
「おい、『願いの時計』。姉貴の願いを取り消せ」
「一度承諾された願いです。取り消しは不可能です」
「なら、できるだけ無効にしろ」
できることならそうしたい。ただその『時計』の意思一つで、それはできないのだ。決められていること以上のことは、わからない。
『時計』は、ここから出たことがないのだ。広くて大きい世界を知らないから、自分は何も知らないということだけが、『時計』にわかることだった。
「勝手なことしないで、零哉」
「姉貴は黙ってろ! おい、『願いの時計』」
「願い……一部承諾。上書き、可能」
それが、そのとき『時計』にできる精一杯の抵抗だった。この少年が、姉と呼ぶその人の願いを叶えてはいけない。
「願いの権利はもう二つ分。取り消し不能、上書き可能」
早く。何とかして。
「姉貴をここから叩き出せ!」
「了承しました」
それは結果的に、正しい判断だった。この世界から外に帰れば、ここで得た力などは消え去る。
願いの主がいなければ、『時計』が願いを叶えなければならない理由もなくなる。
ただ一つ、残ったものは。
「代償が支払われます」
少年の姉が払った代償だけだ。
「何とかならないのか」
「取り消しは不可能です」
機械的に、事務的に。冷たい声で『時計』は答える。本心とは裏腹に。
助けられるものなら助けたい。でも、『時計』にそんな判断はできない。願いを取り消すことができないよりもっと重要に。
「……そうか」
途端、辺りにぱぁっと光が満ちた。少年の左手からだ。
「……!」
彼が何の力を手に入れたのか、『時計』には知るよしもない。聞くことはできただろうが、この時、少年の姿が薄く消え始めたからだった。
ここに来てしまったのは一時の迷いだったけれど、彼はもう本格的にこの世界に組み込まれた。
時計を動かす歯車の一つように。