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かすみ草とクローバー

 季節のない街中を駆け抜け、零哉たち三人は入り組んだ路地に着いた。

 似たような廃墟――といっても、人がいないだけでけして古くはない建物だ――ばかりが立ち並ぶそこはまるで迷路のようで、よく道を知らない者が迷い込めば、そう簡単に抜け出せるものではなかった。

 

 零哉と紗奈は、迷いなくその中にある廃墟の一つに入る。

 廃墟の中すらも他とつながっていたり、隠し通路のようなものがあったりた。

 

「種里ちゃん。私たちから離れたら、いくら建物の中でも迷っちゃうよ?」

「う、うんっ」

「あはは。いいお返事」

 

 先を歩く零哉と、種里がはぐれないよう振り返っては声をかけてくれる紗奈の後ろについていく。

 

 床もコンクリートでできていて足音は響くのに、紗奈は他とは違って普通に歩いていた。

 尾行の心配がないからだと、少し考えて種里も気づく。

 

 流巡での主な戦法の一つが、気配を消しての攻撃だ。忍び寄り相手の隙をつけば、実力以上の成果が出せるのだ。

 

 通路を曲がって、階段を昇って。隠し扉の先をさらに歩く。

 

 そうして着いたのは、そこそこの広さを持つ部屋だった。

 ある程度の家具がそろい、小綺麗な印象。あまり大きくはない窓からは、この部屋が高い位置にあることを示すように、流巡の街並みが見下ろせた。

 

「ここは?」

「オレたちの基地だ」

「ようこそ、種里ちゃん」

 

 隠れ家に案内する。そこにどれだけ信頼があるのがわかる。例えいくつかある基地のうちの一つにだったとしても、まったく何も想っていない相手に弱みを見せることはないのだ。

 零哉と紗奈は、ある程度とはいえ種里を信頼したのだ。だからこうして基地に連れてきてくれた。

 

「あ、ありがとう」

 

 はにかんで、種里は笑う。花が咲く前のつぼみのような、かわいらしい笑い方だった。

 

「さっきは助かった。お前のおかげだ」

「かっこよかったよー、種里ちゃん」

 

 今種里の左手首には、零哉の能力であるかすみ草と共に、クローバーが巻きついている。自分の所属するチームのリーダーの花と、種里自身の能力の植物だ。

 

 流巡で使える力である花の能力は、他とは異なるものや似ているものがある。

 種里の『シャムロック』は――。

 

「でも能力無効化能力なんて、初めて見たなー」

 

 紗奈が、ひょいっと種里のクローバーを見るために横に跳んできた。小首をかしげて、じっと見ている。その目は、流巡で戦い抜いてきた者の色だった。

 

「紗奈でもか?」

「うん。三巡くらいしてるけど、見たことないよ」

 

 零哉と紗奈では、紗奈の方が流巡で長く戦いに参加していた。

 巡とは、一度誰かが『願いの時計』を手に入れるまでの流巡独特の時間の単位で、三巡ならばそれなりの長さだ。

 

「サナ、ずっとここにいたの?」

「そうだねー、ずいぶん長いかな」

 

 通常、流巡に紛れ込んだ者は自身の願いを叶えるか、『退場』という名の特別な条件を満たす、もしくは五巡すれば流巡から弾き出される。

 

「流巡は、人を飲み込む空間だ」

 

 ぽつり、と零哉が言った。ゆらりと燃える炎にも似た光が、一瞬だけその瞳に宿った。

 

 今流巡にいる者は、皆ある日突然自分のいた場所からここに来た。そちら側から見れば失踪にも見えるが、流巡が人を連れ去った跡には、何故か小さな時計が落ちている。

 人気のない路地裏、ふとした曲がり角、境目のような場所が流巡と繋がっていて、そこから人が流巡へと迷い込む。と零哉は語った。

 

「とにかく、元いた場所と全然違うんだなーって思えばいいよ!」

「ほんとざっくりしてんな。ま、確かにこればっかりは他に言いようねーけどな」

「元いた場所……」

 

 一番違うのは、自分自身の身体能力だ。まず、空腹になるということがなくなる。今までとは違う動きができるようになる。まるで、ゲームのキャラクターのように。

 身体的な違いは、戦闘にも現れる。どういう訳だか、攻撃を受けても怪我をすることがないのだ。

 勝ち負けの判定は、武器を失うか花を斬り落とされるかだ。

 

「でもでも、便利なこともあるよー」

 

 紗奈が、つまむように左手首のかすみ草に触れた。そこから、紗奈がいつも使っている短刀が出てきた。

 

「簡単に言えば、武器なんかはこっから出てくる」

 

 持っている様子のない武器を急に零哉や紗奈が手にしているのは、この方法を使っているからだ。

 出てくるのは、その人に合った武器で、紗奈なら短刀、零哉は色々と使いこなせるため銃や脇差だ。

 

「種里でもできるぞ」

「やってごらん」

 

 二人にうながされるまま、種里も先程の紗奈の動きを真似る。

 次の瞬間種里の手に握られていたのは、零哉のものより小さい銃だった。

 

「あたしも、強くなれる? レイヤとサナみたいに」

 

 首をかしげるに合わせ、その茶髪も揺れる。若菜色の目が、まっすぐ零哉と紗奈を映す。

 無邪気な子供のようでいて、種里はいつでもまっすぐだ。二人を慕い、二人のために動く。

 

「もう、ほんとにかわいいなぁ。種里ちゃんは。ねえ零哉、いいよね?」

「ああ。能力だって強いしな」

 

 目を合わせうなずいて、零哉も紗奈も種里を見た。

 

「種里ちゃんは、今日から本当に私たちの仲間。よろしくね」

「打算じゃねーからな。言っとくけど」

 

 差しのべられた二人の手。種里は迷わずその手をとる。両手でぎゅっと離さないように。

 

「うんっ」

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