天使の兄弟花
流巡のあらゆるところに点在する廃墟は、人こそ住んでいないものの最低限生活ができるほどの設備は揃っている。
そんな廃墟の一つに帰る道、種里がまわりを見回してもここに季節の色は何もない。その特徴を持つ土地は無所属の領土か、どこの物にもならない中立地のどちらかだけだ。
「中立地?」
「うん。奪えない領土だから、追い詰められた時の逃げ場になったりしてるよっ」
奪えない土地に立ち入る意味がないことと、中立と名のつく場所であるそこでは、戦闘になる確率が他より低いのだ。
相変わらず不規則な足取りで回りながら、紗奈はそう説明した。
たたん、ととたん。たとっ、とん。
コンクリートで舗装された道路に、紗奈の足音が響く。
零哉も、尾行の確認は紗奈に任せている。そこにあるのは紛れもない信頼で、ただの仲間に向けるにはかなり確かで大きい。
この流巡という場所において、そこで出会った相手を無条件に信頼するようになるには、時間と実績が必要だ。
零哉と紗奈は、流巡に来る前からの仲なのだった。
「零哉、ルートはこっちでいいのー?」
「安全さで言ったらここだな」
「りょーかいっ」
曲がり道の判断は種里に気を遣ったもので、できるだけ戦闘になりにくい道を選んで進んでくれているのだ。
領土を奪えるよう、他の軍の土地に行くこともできただろうが、今は種里に合わせた。
零哉も紗奈も、まだ完全には種里を信頼していない。たった三人のチームに、弱い者は一人いるだけで足手まといになる。
だが、こうして気にしてくれるくらいには仲間なのだ。
「種里ちゃーん、こっちこっち」
「置いてくぞ?」
振り返って、種里を呼ぶ声。応えたいなら、種里も声を上げればいいだけだ。結果は後からついてくる。歩いた跡が道になるように。
「待って」
追いつけたなら、そのときには本当の仲間になれるかもしれない。待ってもらうだけでなく、種里自身の力で。
軽やかに走る音が、街の中に響く。それに混じって、羽音が聞こえた。
「領土持ちさん、みーつけた!」
背中の真っ白な翼をはためかせ、零哉たち三人の前に舞い降りたのは、赤茶の髪の少年だった。高校生らしい外見で、手首には大きい花びらを持つ黄色と紫の花――パンジーだ――がある。
「春芽 紅羽、春芽軍パンジー部隊隊長だよ! よろしくね!」
羽を広げ、紅羽は零哉に迫る。三人の中で、一番多く領土を所持している零哉を狙ったのだ。
「っと。うちのリーダーに、気安く手出しできるとか思わないでね?」
いたずらっぽく笑いながら、紗奈が紅羽の放った矢を短刀で叩き落とす。
「わー、さっすが君強いね。強いよ。紗奈だっけ? 参加歴長いんだもんね」
「でしょ? 話聞いてると思うんだけどなー。それでも私に挑戦する?」
ぱきんぱきんと、叩き落とされたり空中で折られた矢が二人のまわりに音をたてて散らばる。
その合間に、二人は会話をしているのだ。紗奈ほどの実力者を相手に、あまり強くなさそうに見える紅羽がそこまで抵抗できるのは、翼を使って上に回避できるからだ。
「レイヤ。あの羽、能力?」
「ああ。パンジーの神話にでも由来してんだろうな」
紅羽の隙を突くため、物陰に隠れつつ種里は零哉に訊ねる。
その答えに、さらに種里が首をかしげると、零哉はパンジーの神話を要約して教えてくれた。
春先の雪山、たった一輪だけ咲いている花があった。それをみつけた天使はその花を気に入り、『綺麗で、自分の兄弟のようだ』と言った。
それがパンジーだった。
能力は、花の特徴やその花にまつわる神話か伝承によって決まることが多い。
紅羽の能力もその一つだ。
「種里、お前は動くなよ。オレが行く」
「……うん」
まだ戦闘に慣れていない種里が一緒に行こうと、足手まといになってしまう。
今種里にできるのは、零哉と紗奈を信じて隠れたまま待つことだけだ。
「うーん。やっぱり僕一人じゃ君には勝てないな。勝てないよ」
「だったらあきらめるのも一手だよ? どうする?」
「それは嫌かなー。僕も役に立たないと。そしたら、百が褒めてくれるんだよ」
ぶわり、と風がおこる。
「だからさ、君の持ってる領土欲しいんだ。僕知ってるよ? 無所属なのに君は領土いっぱい持ってる」
紗奈を飛び越し、紅羽は零哉の前に着地する。零哉が仕掛けてくることに気づいていて、そうしたのだ。
零哉は大きく後方に下がろうとする。だが、紅羽がそれを許さない。翼を使い、零哉が回避しようとした方に回り込む。
「僕の『パンジー』からは、逃げられないよ? 逃げられない。すっごく便利なんだ」
一度大きく翼をはためかせるだけで、紅羽は十メートル近くの距離を一気に詰めることができる。
戦闘向きではない零哉の能力『かすみ草』では、対応できない。
「零哉に手出さないで……ってば!」
ばっと広がった翼が、後ろから斬りかかってきた紗奈の短刀を受け止める。真っ白な羽は切り裂かれることもなく、紅羽を守っていた。
「ね? 便利でしょ」
くるりと振り返った紅羽が得意げに笑ってみせる。あまりにもこの場にそぐわない、無邪気とも表現できる顔だ。
「僕の仲間、みんなすぐに来るよ。パンジー部隊のみんな。そしたら、君たちを倒すのもあっという間だ」
「決めつけんな!」
珍しいぐらい感情的に、零哉が叫ぶ。手にしている銃の銃口が、まっすぐ紅羽に向けられていた。
「本当のことだよ? 本当のこと。だって君たちじゃ、僕を倒せないんでしょ?」
紅羽の方からも、零哉に矢の先を向ける。
「倒せる!」
そう叫んだのは、零哉でも紗奈でもなく種里だった。隠れていた物陰から飛び出し、紅羽に向かい合う。淡い緑の瞳が、まっすぐに相手を映していた。
「ふうん? どうやって?」
「……こうするの」
種里は、かすみ草の白い小さな花が咲く左手を持ち上げた。そこに、新たに別の葉が混じっていた。
「『シャムロック』!」
種里の足元を中心に、三つ葉の植物が芽吹いていく。シャムロック――三つ葉の植物の総称――クローバーだ。
とたん、紅羽の背から翼が消え失せる。
「な、なんで!? 僕が何もしてないのに、能力が消えるなんて……」
「紗奈! 種里!」
零哉の声に合わせ、三人はその場を後にした。




