夏空に輝く陽
零哉たち三人は今日、若葉の緑色が眩しい場所に来ていた。夏陽軍の領土だ。
領地とは言っても、気候は他と変わらない。あくまで、変わるのは領土の持ち主だけだ。流巡は狭くはないが、けして広すぎるわけでもない。
「どこらへんから攻める~?」
くるくると回りながら、紗奈が問う。今日の足音も特徴的な不規則さをしている。それが紗奈独特の尾行防止の策だと知っているのは、零哉くらいだ。
「手薄なとこがー、どっかにないかなー。種里ちゃんはー、まだ戦闘慣れしてないからねー」
歌うような調子で回り続ける。零哉や種里の隣で、くるりくるりと。
零哉はさすがにうっとうしそうに、種里は楽しそうにそれを眺めている。
「遅かれ早かれだろ。夏陽はそんな広くねーから、どっかと戦闘になるな」
「夏陽の部隊かぁ。紫陽花部隊じゃないといいな」
「部隊って?」
種里が、こてんと首をかしげて二人に聞く。淡い緑の瞳は、子供のように純粋に疑問を映している。
「季節軍の中の小隊のことだ」
流巡の季節軍に所属する者は多い。ほぼ全員がどこかしらの軍に所属しており、零哉たちのような無所属の方が少数派なのだ。
それほど人の集まる団体である季節軍は、いくつかの小隊から成り立っている。
ほとんどは能力者をリーダーとしていて、さらにそのリーダーたちが従っている一人が、季節軍隊長だ。
そして部隊は、リーダーの能力名で呼ばれている。
同じように、流巡にいる全ての人間には、左手首に花が巻きついている。その所属部隊ごとに、花も異なる。
「無所属は、少し違うけどな」
無所属ならば葉だけ、または能力に応じた花だ。
例えば零哉と紗奈。二人は軍に所属してはいないが、零哉の能力であるかすみ草が咲いている。種里も同様だ。
無所属でもこのようにチームならば、仲間内で同じ花になる。
「あー。私昨日ちゃんと教えたのにー」
「お前の説明はさらっとしすぎてんだよ」
「わかりやすいのが一番!」
「言葉足らずで逆にわかりにくいっての」
零哉と紗奈の掛け合いに、種里はくすくす笑う。子猫がじゃれあっているような気安さからの言い合いが、聞いていて楽しいらしい。
両側に向日葵の咲く道を、三人は歩いていく。どこの領土でもない街中とは違い、夏陽の道は土なので足音は響かない。
「領土、どう奪るの?」
前回は、敵の方から向かってきた。今回は逆で、零哉たちの方から軍の領土へと攻め込む。
「領土はね、所持者がいるんだよ。その人に勝てば、領土が手に入るの」
「誰がどのくらい領土を持つかは、隊長が決めてる。ただ、持ってる奴は見ただけでわかる」
紗奈の説明を、零哉が補足する。ここだけ見ても、二人はいいコンビだとわかる。
この中にもっと馴染めたら、きっと楽しいだろうなと種里は空想する。いつか、隣に並び立つことができるようになれば。
少し開いた距離を、種里は走って二人に追いつく。巡る季節に、置いていかれないようにと。
そんな種里を、紗奈がちょいちょいと手招きした。
「サナ? どうかした?」
「そろそろお出ましだからね。できるだけ、私か零哉から離れないでね」
紗奈のまとう雰囲気も、零哉の表情も変わっていた。
風の音が辺りの静寂を破る。揺れる向日葵の陰に、一瞬だけ何かが横切る。それは一つだけではなく、どうやら複数ある。
素早く動くため、その姿までは見えない。だがその動きは、他の部隊には見られない特徴でもあった。
「……向日葵部隊か」
「宙也くんの向日葵部隊だね」
声を合わせ、零哉と紗奈はその部隊の名を言う。種里を後ろに隠すようにし、それぞれ武器を構える。
「あ、零哉と紗奈じゃないっすか。今日は俺のとこに攻め込みに来たんすね」
俺のとこ、すなわち宙也は夏陽軍の隊長なのだ。
各軍の隊長や部隊長でもある能力者、零哉たちのように多く領土を持つ有力者は、流巡の中でも名が知られている。頻繁に交戦する相手同士ならなおさらだ。
隊員たちはまだ物陰に隠れつつも、宙也自身は零哉たちの方へ一歩踏み出して近づく。
「あれぇ? 新入りっすか、その子。見たことないから、来たばっかの子っすね」
「かわいーでしょ、うちの種里ちゃん。手出ししたら、叩きのめしてあげるよ? 宙也くん」
軽いノリで会話する紗奈と宙也だが、互いにその目の色は冷たい。相手の隙を窺う野生動物の目だ。
零哉も口は出さないものの、いつ戦闘が始まっても応戦できるよう、攻撃に移れる体勢だ。
「種里ちゃんって言うんすか、その子。俺は夏陽 宙也、よろしくっす~」
「えと、よろしく?」
「じゃああいさつも済んだことっすし、そろそろ始めるっすか!」
仕掛けてきたのは宙也からだった。ためらいもなく三人の方へ飛び込んでくるその手には、いつのまにか小型のナイフが握られていた。
前に出た零哉が、自身の武器の一つである日本刀――そこそこの長さを持つ、いわゆる脇差だ――で受け止める。
少し離れたところでは、紗奈と向日葵部隊の隊員が戦闘になっている。
金属音が辺りに響く中、種里は他の敵を零哉たちから離すべく、引き付け役として逃げを担当していた。
初心者で複数を相手にすることはできないだろうからと、零哉と紗奈が考えた作戦だ。もし引き離しに成功し、敵が一人になったところで隙をつけば、種里でも戦うことはできる。
しかし宙也率いる向日葵部隊の何よりもの特色は、その素早い動きによる特攻だった。次第に種里の方が袋小路に追いこまれる。
「後ろ、壁だね? どうする、新入りちゃん。おれらに領土奪られる?」
正面には三人。突破して逃げるのは、種里には無理だ。
「戦闘中に気抜いたらダメだよ~? 油断大敵っ!」
隊員たちのさらに後ろから、割り込む声一つ。振り返ったものの、応戦する前に三人から武器を弾き飛ばしたのは紗奈だった。
「はい、終わり~。種里ちゃん、零哉迎えに行くよ」
「うんっ」
引き際はわきまえているらしく、武器を奪われた三人は素早くどこかへ逃げた。
これが零哉たちの作戦だった。
種里の役割は、時間稼ぎをしているうちに紗奈が残りの敵を倒し、その紗奈の助けを待つこと。
複数いる相手に慣れているとはいえ、種里を守りつつでは紗奈にも限界がある。一番強い敵である宙也は零哉が相手をしている。
身軽に塀を飛び越えれば、意外と近くで零哉と宙也がまだ戦闘を続けていた。
「零哉、帰るよー!」
それを合図に零哉は大きく後方に下がり、宙也との戦闘を終わらせる。
「今回は俺らの負けっすか~。じゃあまたっすねー」
のんきな宙也の声に見送られ、三人は夏陽の領土を後にした。行きは向日葵の咲いていた道の一部が、何の季節感もなくなっていた。