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新雪に落椿

 季節感のないアスファルトの上に、うっすらと雪が積もっている。ここは、ちょうど無所属と冬白軍の領土が接する場所だ。


 仲間たちを率いて、零哉は情報屋であるアイリスを探していた。

 現在、春芽軍と冬白軍が多くの領土を持っている。先にどちらの軍が崩されるかで、この巡の決着も変わってくるだろう。より倒しやすい方から、より多くの領土を。雷鳴部隊が勝つには、必要な一手だ。


「零哉。あのさ、冬白の様子が何かおかしいって思うんだよね」

「どういうことだ?」


 紗奈は、雷鳴部隊ではもっとも長く流巡にいる。彼女の勘はよく当たる。


「この前の春芽と冬白の戦闘の後、冬白があんまり動いてない。負けた分の領土を取り戻したいのが普通なのに」

「なるほどな。なんか企んでんのか? それとも……」

「逆転の一手があるからですわ」


 気配を感じさせず、雷鳴部隊の面々の背後に立っていたのは一人の少女だった。フリルがあしらわれたワンピースをまとうお嬢様然とした彼女が、冬白軍の隊長である冬白 霜月だ。


 すぐに戦闘体勢に入り、紗奈が仕掛ける。よけるそぶりを見せない霜月との間に、ロングドレスのメイド服の女性が割り込む。霜月の侍女、夜半だった。


「さて、雷鳴部隊の方々。わたくしたちに負ける覚悟はよろしくて?」

「んなもん、誰がするか!」

「おや、僕のお嬢様に斬りかかるとは失礼な。レディのお相手をしたかったところですが、しかたがないですね」


 次いで攻撃をした零哉を、フィエルードが引き離す。種里と夕月が援護しようとしたが、夕月は冬白軍の隊員たちに足止めされている。

 どうやら、意図的にバラバラにされているらしい。紗奈ともずいぶん離されている。


「狙いは、オレらの領土か」

「その通りです。雷鳴部隊ほどの領土が奪えれば、冬白は春芽にだって勝てますからね」

「だったらなおさら、負けるわけにはいかねぇな!」


 虚勢を張ってみるものの、戦況はあまりにも不利だ。冬白軍は、隊員を総動員してこの辺りを包囲しているようだ。雷鳴部隊では、それを全滅させることはできない。突破は可能だろうが、連携をとるには引き離されすぎた。


 と、フィエルードの足元からバラの蔦が芽吹く。振り返った先では、夕月が駆けつけていた。足止めは振り切ったものの、軽く息を切らしている。


「零哉、大丈夫!?」

「ああ、助かった! 紗奈のとこ行くぞ! お前は、しばらく能力温存しとけ」

「うん!」


 ここは撤退すべきだ。そのために零哉は、フィエルードにとどめを差すよりも、紗奈を助けることを優先した。


 紗奈は流巡でもかなり強い方だが、夜半もその実力は互角だ。しかし能力を持たない分、紗奈が押されている。

 武器を変え、零哉は銃を撃つ。察した種里も、後衛からの援護に回った。


「撤退するぞ、紗奈!」

「わかった!」


 銃撃を避けた夜半が大きく後方に下がったところで、紗奈は身をひるがえす。


「さっきより包囲が狭くなってるよ。なんとか突破しないと」

「レイヤ、どうする?」


 逃げ切れる保証はない。それでも、できるだけ全員無事で撤退するのが零哉の考えだった。


「……夕月くん。領土を、零哉に預けて」

「紗奈?」

「最悪、零哉一人だけでも無事に逃がす。私たちがおとりになってもいい。それが最善策だよ」

「何、言ってんだよ……」

「この巡で、絶対勝ちたいんでしょ!? 私たちには、もう時間がないんだから! だったら他の何より、それ優先してよ!」


 珍しく声を荒げる紗奈に気圧されて、零哉は黙り込む。紗奈の言う策の方が確実だ。勝利のために手段を選ばないのであれば、それを実行すべきだろう。


「願いなら、零哉だけでも残れば叶えられるでしょ。信じてるよ、隊長」

「……わかった。でもそれは最終手段だ。できるだけ、みんなで逃げ切るぞ」


 三人がうなずくのを確認し、零哉が先陣をきって撤退を開始しようとした。

 が、雷鳴部隊全員の動きがぴたりと止まる。動こうにも、身体が言うことを聞かない。誰かの能力だ。


「逃がしませんわよ」


 ゆっくりと歩み寄ってきたのは霜月だ。戦闘には向かないワンピースのすそが、華やかに揺れる。


「わたくしの能力『椿』は、敵の動きを止められますの。ふふ。地に落ちようと、咲き誇った花の形を保つ椿のようでしょう?」

「『シャムロック』!」

「何を……っ!」


 種里の能力が霜月の『椿』の力を無効化する。霜月がそれに動揺した隙に、零哉の銃が椿の花を撃ち落とす。完全には落としきれなかったが、動きを封じるには充分だ。


「行くぞ!」


 前方の敵は零哉と種里で攻撃する。だが、他の隊員たちがすぐに集まってきた。


「いちいち相手してたらキリがねぇな」

「任せて、零哉。君が行く道なら、ぼくが切り開くから!」


 茨が零哉たちの進む道を示すように、敵との間に壁を作り出す。そうして夕月が作り出した道を駆け抜けた。


「あ……っ!」

「夕月!」


 ぐらり、零哉の隣を走っていた夕月の身体が崩れ落ちかける。慌てて支えるが、夕月は立ち上がれないらしかった。さすがに能力を使いすぎたようだ。苦しそうに、肩を大きく上下させている。


「うぅ、い……った」


 夕月の腕に巻きつくバラの蔦がしゅるりと伸び、その細い首に絡みつく。


「零哉。ぼくを、置いていって。これ以上、君の重荷に……なりたく、な……」


 ぐったりと倒れた夕月は、意識を失っていた。この状態の彼を、連れてはいけない。だが、このまま置いていくことも零哉にはできなかった。


「私が残るよ。何かあっても、これくらい戦力があればなんとかできるし」


 このまま残っていれば、冬白に捕まるだろう。たとえ領土を持っていなくても、人質として交渉の材料にされる。

 紗奈と夕月の二人ならば、隙をつけば脱出くらいはうまくいくかもしれない。


「夕月くんは、私が連れて帰ってくるから。零哉と種里ちゃんは待っててね」

「……わかった。頼んだぞ、紗奈」


 それだけ言い残して、背を向ける。動こうとしない種里の手を掴んで、零哉は駆け出した。


「レイヤ、痛いよ」


 そんな種里の声が届いた頃には、先ほど交戦した場所からずいぶん遠くまで来ていた。


「ああ、悪ぃ……」

「サナとユヅキ、帰ってくるって言ったね」


 零哉が固く強ばった手を苦心して離すと、種里は自分たちが逃げてきた方に目を向ける。透き通る瞳が、不思議な色をしていた。


「ああ、あいつらがそう言ったんだ。なら、信じてやらなきゃリーダーじゃないだろ」

「そうだね」

「もちろん、ただおとなしく待っててやる理由はねぇけどな。反撃といくぞ、種里!」

「……! うん!」

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