季節の廻る外側で
ある日、突然現れた異空間『流巡』。人が巻き込まれるそこは、ある程度の時間さえたてば被害者は帰ってくるため、ある種の災害のように認識されていた。
限られた範囲の地域でだけその現象は起こるため、知り合いの一人は流巡に巻き込まれているくらいの比率だ。
輝石 朝未の兄もまた、そんな被害者の一人で、現在も向こう側に囚われたままだった。
今のところ、被害者はみな無事に帰ってきている。だから誰も深刻には考えない。だが、次の誰かが無事である保証などどこにもないはずだ。
最近いよいよ授業の内容が頭に入ってこない。兄が流巡に巻き込まれて、数ヶ月。相手が異空間であっては、警察などは頼れない。
朝未はそれでも何か、動かずにはいられなかった。手がかりを求めて情報収集をするうちに、たどり着いたのは流巡を調べる同級生だった。
「海理くんって、君?」
「え? ああ、うん。えっと……何か用かな。ぼく、君とはほぼ初対面のはずだよね?」
同学年である朝未に対し、この控えめさ。彼は確かに、クラスでも目立たない部類の男子だった。
「流巡のこと、調べてるってほんと?」
「う、うん。そっか、その話か。君は、お兄さんが流巡に巻き込まれてるっていう、輝石さんだよね」
「朝未でいい。あのさ、流巡のこと、いろいろ教えてほしいんだよね。あたしはどうしても、兄さんを連れ戻したいの」
家族として、朝未は兄のことが大切だった。誰よりも朝未を理解してくれていた一つ年上の兄は、人より身体が弱い。噂に聞く流巡はバトルゲームか何かのようで、そんな兄が巻き込まれて無事で済むだろうか。
「その気持ちはわかるけど、流巡へのアクセス方法はまだわかってないよ」
流巡という異空間は、まだ発生し始めて数年の現象だ。ごく一部の研究機関が動いているらしいが、成果はあまりない。むしろネットで情報を集めている、海理のような一般人の方が詳しい。
「それをみつけたいの。入れるだけでいい。一緒に戻ってこれなくたって構わない。それでもあたしは……っ!」
「ま、待って。落ち着いてよ」
「兄さんに何かあったらどうしよう……。お願い、協力して」
「それはもちろんするけど……。するから、泣かないでよ。えっと……ハンカチ、使う?」
「ううん、大丈夫……」
目もとをこする。海理には大げさだと思われたかもしれない。
両親は、兄を心配していない。もともと相性が悪いのか、身体の弱い兄に何かとお金がかかるのか。朝未は詳しくは知らない。
だから朝未が助けなければ。こちら側で彼のことを心配する誰かがいなければ、兄は流巡に囚われたままになってしまう気がするのだ。
「どこまでできるかわかんないけど、明日の放課後からいろいろやってみようか」
「明日?」
「うん。その、君のことも心配だし、ぼくも今夜はネットの知り合いに情報を聞いてみたいし」
「わかった。ありがとう、協力するって言ってくれて」
その翌日の放課後。朝未は海理と待ち合わせをし、街中へと向かった。
「これが、流巡にさらわれた人たちの消えた場所。それなりに正確だと思うよ」
タブレット端末には、この付近のマップが映っている。いくつもの点が、現場を示しているらしい。
「それでね、ぼくらには特別な機械も技能もないから、単純な方法で流巡にアクセスすることになる。簡単に言えば、これまでのデータを元に、流巡の次の発生場所を予測するんだ」
朝未はこくんとうなずく。すらすらと今後の行動を説明してくれる海理は、昨日とはまるで別人のようだ。引っ込み思案なのは学校でだけで、得意分野であればしっかり話せるらしい。
「それにはネットの知り合いに協力してもらって、発生場所とか被害者の人の共通点とか、探ってみるけど……。……あ、ごめん。話し過ぎ、だよね」
「なんで? すっごく頼もしいけど」
「え……あ、ありがとう。前に、流巡なんかのこと詳しいなんてキモいって言われたことがあって……」
「サイテーだね、その人。あたしはすごいと思うよ、海理くんのこと。だって、専門家でもそこまで詳しくないんじゃない? あたしみたいに困ってる人からすれば、そうやって真剣に考えてくれるの、心強いよ」
朝未がまっすぐ告げたその言葉に、海理は赤くなって目をそらした。
見覚えのあるしぐさだ。朝未の兄もたまにそうして、ほめられたのに照れていた。普段評価される機会がないせいだとわかる。
「あたしにも何か手伝えること、ある?」
「えっと、お兄さんのこと聞かせてほしいかな。データに加えるから」
「うん、わかった」
「他には、情報の整理を手伝ってほしいかも。ネットの知り合いのみんなが回してくれる情報の、分析担当ってとこかな」
「分析担当ってなんかかっこいいね。がんばるよ。海理くんにも、知り合いさんたちにも、こんなに力貸してもらってるんだもん」
もしかしたら、手が届くかもしれない。正体もわからない異空間を相手に、戦いを挑むようなものだ。それでも、あの日見失った兄を取り戻せるのなら、朝未はあきらめたくない。
「楽しそうね。君たち、何してるの?」
突然、二人に話しかける人がいた。
ここは誰かが流巡にさらわれたらしき場所で、人気のない通りだ。その人が二人を不審に思うのは当然だが、それは逆も同じこと。なぜ、わざわざ話しかけてきたのだろう。
その人は、警戒されることを慣れているように受け流していた。朝未と海理より年上で、二十代くらいだろうか。
「ごめんごめん。流巡のこと話してたから、つい気になっただけの通行人よ。私もついこの前まで、流巡にいたから」
「この前まで……」
その女性の言葉を繰り返してつぶやいた海理が、一歩踏み出しかける。しかし一瞬の後、ためらうようにうつむいた。話しかけるのも協力を求めるのも、海理にとっては難しいようだ。
彼女の持つ情報は、きっと流巡の調査に役立つ。
「あの。もし良ければ、お話聞かせてくれませんか。あたしたち、流巡に行きたいんです」
「流巡へ? 自分から行きたいって子は珍しいわね」
「行って、兄さんを連れ戻したいんです。だから、お願いします!」
必死で頭を下げる。一度流巡へさらわれた人とは、その間の生活などの保障やカウンセリングで、一般人ではなかなか会えない。
「そうなの。私も、弟が流巡へ行ったみたいでね。ほとんど入れ違いだったわ」
「それは、心配ですね。あたしもすごく不安ですもん」
ほんの一瞬だけ、女性は何か考えるように黙りこんだ。そうして、それを隠すかのようににっこりと笑顔を浮かべる。
「……そうね。心配だわ。だからあなたたちに、協力してあげるわよ。目的が一緒だもの」
「ありがとうございます!」
朝未の後ろで、不安げに見守っていた海理もぺこりと礼をした。
「私の名前は鳴神 壱香よ。調査の時は、ここに連絡ちょうだいね」
手早くメモに連絡先を書き、壱香はその場を去っていった。
「よかったね、海理くん!」
「……うん。きっと有力な情報をくれると思うけど、ぼくはあの人、なんだか怖いな……」
「そうかな? でも大丈夫だよ。これから一緒にがんばろう」
「うん」
そうして、朝未たちの流巡へ行くための調査は始まったのだった。




