猫の散歩道
春芽軍の領土は、どこも桜の花びらに覆われている。それは細い路地でも変わりなく、廃墟の屋根にさえ薄紅色をみつけられる。
そんな春の道を歩くのは、ライが率いる野良猫部隊だ。流巡の路地裏をも知り尽くす彼らは、この巡に突然現れ成果を上げつつあった。
野良猫部隊はただ、毎日流巡を回っているに過ぎない。戦闘を仕掛けられるか、散歩の邪魔をされた時にだけ、気まぐれに戦う部隊である。
「ライ大将。春、広くなったねぇ」
先頭のライに声をかけるのは、三毛猫のパーカーを愛用する少女、ミケだ。布製のしっぽが、歩くたびゆらゆら楽しげに揺れている。
冬白との総力戦の後、なぜか一時的に領土が減った春芽軍だったが、すぐに元に戻った。現在、流巡で最も広い領土を持っている。
「ああ、そうだな」
「お昼寝にちょうどいいけど、これで決まっちゃったらつまんないねぇ」
「それはどうだろうな」
ライは考える。この巡にはイレギュラーが多い。早い展開、自分たち野良猫部隊、夏陽軍もこの巡から降りたようだ。そして、快進撃を続ける無所属の雷鳴部隊。
思わぬ展開を見せる可能性は、いくらでもある。それに屈するか利用できるかは、各軍の司令塔しだいだろうが。
退屈しない巡だ。思わずライは不敵な笑みを浮かべる。
「わー。ライ大将、悪い顔。おもしろいこと思いついた時の顔だね」
「ミケ。大将、考えがあってそうしてるの。おもしろいこと、なんて言わないの」
それまで沈黙をたもっていたシロが、たしなめるように口を挟む。
この少女は、ミケとは柄の違う白猫のパーカーを着ている。かぶっているフードの猫耳が、片方だけくてんと垂れていた。
「そうだな。おもしろいが、大事なことだ。……春芽軍を攻める。ついて来い」
「はい」
「はーい」
性格の表れる返事を聞き、ライは領土の中心部へと向かう。領土を多く持っている者は、やはり中心部にいる場合が多い。
その道中、何度か小隊と遭遇した。気まぐれに相手をしたり応戦したりしつつ、野良猫部隊は路地を行く。散歩に来たような気軽さで、廃墟のすきまや人気のない道を進んだ。
流巡の道は複雑だ。大通りならともかく、細い路地裏を把握するのは難しい。だからこそ、野良猫部隊はどの領土でも地形を利用し、有利に戦うことができる。
「ライ大将、みつけたよ。春芽の隊長」
まだ姿は見えない。しかしミケの能力『マーガレット』は、一定の範囲内で敵の所在を感知できるものだ。
「そうか。どこだ?」
「んーと、あっち!」
先導するようにミケが歩き出す。人目につかない路地から仕掛けるだけで、攻撃は奇襲になり成功率が上がるのだ。
春芽 百の能力『桜』の広範囲攻撃は、野良猫部隊にとっても厄介だ。だが先に仕掛けられれば勝機はある。
猫の忍び足は、コンクリートの流巡でも響かない。目配せをして、ライの合図で三人は動いた。
「……っ、見ない顔だな。噂の野良猫部隊とやらか?」
さすがに季節軍の隊長をしているだけある。春芽 百は、ぎりぎりのところだが野良猫部隊の攻撃をかわした。彼の手首から、桜が一輪地に落ちる。
「ああ。そうだ」
「ちょうどいい。スカウトでもするかと考えていたところだ。お前たち、俺のものになるか?」
「猫には猫のプライドというものがある。私たちは、誰にも従わないからこその野良猫だ」
「ならば、これに負ければお前たちは俺に従うか?」
「それが野生のルールだからな。のぞむところだ」
ライは能力『牡丹』を発動させる。腕が獅子のそれに変化し、鋭い爪を武器にして百の刀と渡り合う。
獅子は百獣の王、牡丹は百花の王。古来から、その関係は深い。
このように、花は思わぬところで何かとつながっているのだ。流巡での花の能力には、それを反映したものも多く見受けられる。それがライには興味深く思えるのだ。
「ライ大将、誰か来る!」
「何?」
能力によっていち早く新たな敵を察知したミケが振り返った先に、人影が一つ。
「春芽の隊長さん? あっれー、おかしいな。おれ、秋色に向かってたはずなのに」
現れたのは雪鈴だ。彼の方向音痴は有名で、こうして思わぬところに現れる。
「まあいいか。夜半さんの指示は秋色への攻撃だったけど、領土が奪れるならどこでも同じだよな!」
急に動いた彼が、ライと百の間に飛び込む。雪鈴も、戦闘への参加は気まぐれだ。しかし流巡にいて長い彼の実力は確か。ライは一度後退する。
「ミケ、シロ。春芽 百の相手は任せる」
「了解」
「任せてよ、ライ大将」
布製のしっぽがひるがえる。彼女たちならば、しばらくの間くらい百の相手ができる。今脅威なのは、雪鈴の方だ。そちらはライ自ら戦うことにする。
「おっと、そうはいかないよ。めったに帰れない分、指示くらいはこなさなきゃね」
フェイントをかけ、雪鈴はライを避けた。あちらに行かれれば、彼が狙うのは二人でも百でもどちらでもいいのだ。それはライにとって望ましくない展開だった。
三つどもえになってしまうのは面倒だが、致し方ない。ミケとシロを危険な目に逢わせるよりよほどましだ。
ライは足に力を込める。腕だけでなく、足も力強い獅子のそれへと変化した。人などとは比べものにならない速度で、二人と敵との間に割り込む。
「さすが、無所属のとはいえ隊長さんだね。振り切れなかったか」
「私は隊長ではなく、大将。誇り高き野良猫のボス、というところだ」
「名に恥じることはできないという意味では、俺と同じか。では、遠慮の必要はないな」
その言葉を合図にするように、戦闘は再開する。
百の太刀を獅子の腕で防ぐと、爪で花を狙う。それが終わらないうちに雪鈴が飛び込み、ライの花を銃で撃つ。
すばやく体勢を低くし、回し蹴りで応戦。百の刀が閃く前に、猫たち二人のクローがライを守った。
「俺はまだ、能力を使っていないぞ?」
言外に、使いさえすればまわりなど敵ではないと言いたげな百。
そう簡単ではないことは本人が一番よくわかっているだろうが、虚勢だろうとこの場でその態度を貫けるだけの器があるとも言える。
「それ言うなら、おれもだよ? 春芽の隊長さん」
「試してみるか?」
「伊達に三巡もしてないよ」
雪鈴も普段こそフラフラと迷ってはいるが、戦闘となると目の色が変わる。いつも眠たげなその黒の瞳に、今は好戦的な光が輝いていた。
ぶわり。桜の花びらが風の流れを見せる。渦を巻き、辺りのすべてに襲いかかった。
と、その花びらは小規模な爆発に散った。雪鈴の能力『ホウセンカ』だ。いくつもの小さな爆発が起こり、桜はその数を減らした。
ライたちは、半透明の花のバリアで攻撃を防ぐ。シロの力である『ガーベラ』は防御系の能力なのだった。
視界が爆発による煙で覆われる。しかし気配はわかる。三人とも考えは同じらしい。百と雪鈴も向かってきていた。
かすめただけだが、手ごたえはあった。これ以上の長居は無用だ。こちらの花も落とされている。
「ミケ、シロ。行くぞ」
小声でうながし、春芽の領土を後にした。
獅子から人のものに戻った手の中には、桜の花びらが残っていた。百から奪い、雪鈴に奪われたようだ。あちらの結果は、今のライには知るよしもない。
「ライ大将。疲れちゃった。どこかで休んでいこうよ」
「それなら、あったかくて静かな所がいいな。ね、大将」
「ああ。そうするか」
猫がなついてくる。なかなか予想外な散歩道だった。




