秋のうさぎは花見て跳ねる
涼しい風が赤や黄色の葉の間を縫って吹き抜ける。まるで秋の葉の布で、一つの織物を作り上げるかのように。
ここは秋色軍の領土。木から木へとモモンガのように跳び移って、何かが見回りをしているらしい。その姿は見えないが、揺れる梢がそこに痕跡を残していた。
「わかりやすく、誰かいるよね」
「サナ、あれって見えなくする能力?」
前回の春芽との交戦で勝利した雷鳴部隊だったが、当然その分領土が広くなり、前にも増して頻繁に狙われるようになっていた。今日はそのために、新たな基地を探しているところだったのだ。道の都合上しかたなく横切ることになった秋色の領土にて、今に至る。
「たぶんね。風かもだけど、百くん以外にそんな能力ある人は、まだいないだろうし」
「そんで秋色だって考えると、あれは……」
続きを言いかけた零哉が、何かに反応して手首のかすみ草から脇差を抜く。
高い金属音が響き、襲ってきた何者かがいるであろうそこがぐにゃりと歪んだ。零哉に剣を降り下ろしていたのは光季だ。
「やっぱ気づいたか」
「まあな。陽動作戦か? 珍しく考えたな」
「一言余計だ!」
横一文字に切り裂こうとした攻撃を、零哉は大きく後方に下がってかわす。いつの間にか手にしていた銃で光季を狙うが、光季もまた素早く避けた。
「あ、夕月くん。大丈夫だから。あれ、ただのじゃれ合いだから」
援護をしようとした夕月の肩に、紗奈がぽんと手を置いてやんわり止めた。夕月の能力による代償のことは、零哉だけではなく雷鳴部隊の皆が気にかけている。
「そう、なんだ……? 紗奈ちゃんが言うなら、そうなんだろうけど……」
「うん、前科あり。見たよね、種里ちゃん」
「うん。レイヤ、ミキと鍛練してるんだって。この前ね、最後は飽きたサナが止めてて、かっこよかったよ!」
種里が零哉と紗奈に連れられて、初めて秋色軍の領土へ来た時のことだった。実力が拮抗しているがための迫力ある戦いよりも種里の印象に残っているのは、むしろ二人をあっさり止めた紗奈の方だ。
長く続いていただろう二人の「鍛練」を、流巡で身体能力が上がっているとはいえ、女子である紗奈が制したのは圧巻だったのだ。
「あーあ。せっかく手伝ってあげたのに、みーくんたらすーぐみつかっちゃった」
先程まで梢を揺らしていた木の上に、一人の少女。枝に座り、地につかない足をぶらつかせている。すぐに飽きたのか飛び降りると、ツインテールの長い茶髪が風にはためいてうさぎ耳のように見えた。
「誰?」
少し間延びしたせいか、幼い印象に聞こえる種里の問いかけに、たしっと着地した少女は愛想笑いを貼り付けて答えた。
「舞? 舞はね、秋色軍金木犀部隊隊長の秋色 舞だよ。今日はみーくんに頼まれて、手伝いしてるだけだからね。舞は戦うつもりないから」
「ならいいよ。こっちも、判断しなきゃいけない零哉があんなだし。今は、戦闘仕掛けたりしないかなー」
敵同士が遭遇して、必ず戦闘になるということはない。今回のように戦意が互いにない場合や、準備が整っていないなど、さまざまな理由でただの出会いに留まることもある。
ただ敵同士だからか、それでも雰囲気だけはぴりぴりと張り詰めている。
「雷鳴部隊、増えたね。仲間も領土も」
「まあねー」
「でも舞は、無所属なんてやだな。だって仲間が少ないもん。うさぎは寂しいと死んじゃうからね」
「マイ、うさぎ?」
ふわふわした明るい茶髪を揺らし、首をかしげて聞いた種里に、芝居がかった様子で頬をふくらませた舞がさほど本気ではないだろうが怒ってみせる。
「なんで? 舞、どっからどう見てもうさぎじゃん。耳もあるし。……なーんて」
「……?」
「うさぎでいたいんだよ、舞は。ま、わかんないと思うけど」
おどけた舞に煙に巻かれたらしく、種里は頭上にクエスチョンマークを浮かべたまま紗奈と夕月のところへ戻っていくことになった。
「あれ、君ってあの『バラ』の能力者くん?」
「そうだけど」
「ずっと一人でいたのに、仲間ができたんだ。ずるいなぁ。すっごく強いくせに、仲間もいるなんて」
ずいっと舞が夕月に近づき、正面から見据える。身長差のせいで見上げるようになっている舞が、小悪魔的な笑みを浮かべた。
「欲張り」
「……っ」
皮肉と憎しみと羨望。舞のたったそれだけの言葉には、さまざまな感情が毒のように潜んでいた。
目を逸らしたのは夕月の方だった。反論できない悔しさが表情に滲んでいる。
そこへ、かばうように種里が割り込む。
「ねえ、ユヅキいじめないで。そんなことするなら……――から」
ごく小さな声は、舞にしか伝わらなかったらしい。近くにいる夕月にすら聞こえなかったその言葉に、舞は驚いたように目を見開いて引き下がった。
「……舞、悪くないもん」
「マイが悪くないなら、あたしも悪くない。おあいこ」
振り返って夕月の手をとった種里は、紗奈のいる位置まで離さずに連れていった。
「サナ、帰ろう」
ごくまれに見せるあの違和感を抱かせる雰囲気の種里に、一瞬だけ冷静に観察するような目を向けた紗奈だったが、いつも通りに笑ってみせる。
「……オッケー。零哉止めて、今日はもう帰ろっか。夕月くん、ちょっとだけ手伝って」
「どうすればいい?」
「んーとね、光季くんの足止めして」
「わかった」
しゅるりと伸びた蔦が、光季の足に絡みつく。文字どおりの「足止め」だった。
急に動きを止められた光季に拍子抜けした零哉を、すかさず紗奈が捕まえる。いつも通り、襟をがっしり掴んでいた。
今回ばかりは、珍しく種里が率いた雷鳴部隊の帰還となったのであった。




