春の嵐と香る花
雪鈴や宙也たちとの遭遇によりペースを崩された雷鳴部隊の面々だったが、気を取り直して春芽軍の領土へ向かっていた。
味気ない灰色のコンクリートの道の脇では、小さな花が咲いている。道がなく広い場所では、桜の木が桃色の花びらを散らしていた。春芽軍の領土ではいたるところで花が咲き、カラフルなのが目印だった。
「零哉ー、どうする? もし誰かに会ったら交戦する?」
「そうだな……。この前の総力戦では、春芽が勝って相当な広さの領土を手に入れただろ。だったら、奪い取ってやるか?」
問い掛けるように、零哉は紗奈だけでなく種里や夕月にも視線を向ける。好戦的な表情は、いつもの頼れるリーダーのものだ。だから例え弱者と見られる無所属の部隊であっても、雷鳴部隊の名はよく知られている。それだけの実績があるからだ。
「私はさんせーい。いっぱい奪れる方がいいしね」
「ぼくも賛成。攻めるのは初めてだから自信はないけど、『バラ』があるからついてはいけると思うよ」
三人からの視線を受け、種里もこくんと頷く。これで方針は決まった。
零哉が気になるのは、強い力を持っているが代償も大きい夕月のことだ。しかし、彼を活かさないという選択はない。それならば、夕月の負担にならないような作戦を考えなければならない。
「夕月」
零哉に呼ばれてふわりと笑った夕月が、年下の兄弟にでもするように頭を撫でた。
「大丈夫。ぼくは大丈夫だよ、零哉。だから、気にしないで作戦立てていいよ」
「いや。教えてくれ。どっからきつくなんのかとか、どこまでなら大丈夫かとか」
「そうだよー。夕月くん、そんなに遠慮することないのに」
控えめにだが、紗奈がきゅっと夕月にくっつく。おそらく他意はないのだろう。紗奈はそういう性格だ。真似をするように、反対側からは種里がくっついた。
「怖くないよ、ユヅキ。信じていいんだよ」
「種里ちゃん……。……おかしいな、気にしないでって言おうとしたのに、逆に安心させられちゃうなんて」
そういったことには慣れていないのか、夕月は照れ笑いを浮かべた。それには肩をすくめてやる。
紗奈や種里の言う通り、夕月はもっと遠慮せずに近づいてくればいいのだ。臆病なようでいて、慎重に測られているようにも思える。本当に、夕月を「捨てる」ことはないのだろうかと。
「夕月。お前今、調子は?」
「さっきも言ったけど、本当に大丈夫だよ。たぶん、部隊の一つくらいは相手にできる」
「それならば都合がいいな」
春芽軍の領土、ちょうど今零哉が背にしている方角から声が割り込んだ。
飛び退いた零哉たちが見た先にいたのは、春芽軍隊長の春芽 百だった。
「どうせ今頃、うちの情報屋が拡散しているのだろう。先の総力戦で、春芽軍が勝ったことはな」
「このまま勢いに乗って、あんたたちからも領土を奪ってやりますですよ!」
百の隣にいるのは同じく春芽の春芽 弥生だ。まだ二人だった頃の雷鳴部隊と一・二度戦闘をしたことはあるが、あまり印象に残らない能力者だった。
先に仕掛けてきたのは弥生だった。左手首のスイートピーの花から銃を取り、零哉に向ける。
零哉が応戦するより早く紗奈が飛び出し、銃に向かって短刀を振るう。弾は零哉たちからかなり上に逸れた方向へ飛び、遅れて銃声が響いた。
「零哉、足止めは任せて!」
「あんたたちを相手にするのに、あたしたちだけだと思うですか」
弥生の声に応じて物陰から現れたのは、春芽軍桜部隊。百が隊長として率いている部隊だ。彼らの主力は隊長百の能力『桜』であるため、後方支援に長けている。
「……!」
「夕月、まだだ。温存しておけ」
左腕のほとんどを覆うバラに手を伸ばした夕月に、耳打ちする。ここはまだ、夕月の能力に頼る局面ではない。何より、強力な相手である百との戦闘がまだ始まっていない。
「でも……」
「俺を信じろ。いざとなったら、頼む」
「わかった」
「内緒話は終わったか?」
今度は、挑発的に零哉と夕月の真正面に立っていた百が太刀を手に襲いかかってくる。零哉や紗奈の使う刀より幅も広く、長い。しかし戦闘は、武器だけで決まるものではない。特にここ、流巡では。
後ろから、種里が銃を撃つ。最初の頃こそ仲間の後ろに隠れていることが多い種里だったが、最近は積極的に戦闘に参加している。
危なげなく銃弾をかわした百の後方から、今度は桜部隊からの銃撃が来る。
「夕月!」
「うん!」
突如地面から生えた無数の茨の蔦が、攻撃を防ぎつつ敵を拘束する。それぞれ桜に巻きつき、抵抗される間もなく花を落とした。
「『バラ』の能力者がそちらに所属したとの情報は聞いていたが、なかなかに活かしているんだな。……気に入った」
最後の一言だけ、零哉たちには届かずに空気に消えた。
「だが広範囲の攻撃ならば、こちらも負けていない」
「……! みんな、退くですよ!」
なぜか能力を発動させる百を見て警戒したのは、仲間である弥生たちだった。
弥生がスイートピーに触れると、春芽軍の面々が弾き飛ばされるようにそれぞれ散らばった。
ぶわり、百を中心に強い風が吹き荒れる。桜をまとったそれこそが、百の能力『桜』の力だ。敵味方構わず範囲内の者を攻撃するため、弥生たちは退いたのだった。
二人きりだった雷鳴部隊ならば、なすすべなく領土を奪われていただろう。しかし今は、種里や夕月がいる。
「種里っ!」
「『シャムロック』!」
桜吹雪に対抗して、クローバーが芽吹いた。広がった新緑色が干渉を起こし、薄紅色を上書きしていく。
「な……っ!?」
「……これで決まりだ」
気配を消して百に近づいていた零哉が、動揺して隙のできた彼から桜を斬り落とす。
「さすが……雷鳴部隊だ。実力は噂以上か」
「そういうことだ。じゃあもらっていくぜ、春芽の隊長」
夕暮れに燃え上がるような色で桜が散る中、何色にも染まらない部隊が去っていく。どの季節にも等しく現れ、葉や花を散らす風を伴う雷を体現するかのような彼らが。




