向日葵畑を迷う影
春芽と冬白の総力戦が想定より大きく、他の軍は介入できないままその日から数日が過ぎた。
零哉たちもその中の一部であり、現在偵察を兼ねて春芽軍の領土に向かっていた。しかし零哉たちの雷鳴部隊の本拠地からは、春芽へは夏陽を通るルートが最短なのだった。
夏陽軍の領土らしく、背の高い向日葵が群生する中を雷鳴部隊の面々は進んでいた。
「気配とか全然ないねぇ。やっぱりあれだけ大きい戦闘があると、みんな大人しくなっちゃうんだもんなー」
先行して偵察をしてきた紗奈が報告をすると、状況に加え感想を混ぜる。いつものことなので、零哉も何も言わない。
「でも、そろそろ部隊単位の動きくらいはあるかも? 特に小規模のとか」
経験からくるその感想は、新入りが多い雷鳴部隊にとっていい情報源になるからだ。種里は慣れてきたのか楽しそうに、夕月は興味深そうに聞いていた。
「夏陽となるとな。他と仕掛け方が違って面倒くせぇんだよな」
「そうなんだ?」
「普通、そうじゃないのか? それぞれ、戦法だって違うんだしよ」
「そっか。ぼくは、どんな相手でも『バラ』でなんとかできてたから……」
そもそも、夕月のような強力な能力を持つ者を相手にするのならば、元の部隊ではなく対象に合わせた部隊が編成されるのが定石だ。
それをことごとく撃退してきたなら、夕月が一人ながら多くの領土を持っていることもうなずける。
「ユヅキ、すごいねっ」
自らの経験不足を反省するようにうなだれた夕月に、尊敬の眼差しを向ける種里に他意はないらしい。きらきらした緑の目で見つめる種里に、夕月は「ありがとう」と微笑んだ。
この二人は仲が良い。けっこういいコンビになりそうだと思っているのは、紗奈だけではないはずだ。
「種里ちゃんと夕月くんは仲良しだねー」
「えと、そう見える?」
「うん、仲良しなの!」
照れた夕月と、嬉しそうに笑う種里。反応は似ていないが、むしろその方が相性が合っているように見える。
「ん?」
「わぷっ」
いつかのようにぴたりと止まった零哉に、まったく前を見ずに歩いていた紗奈はぶつかる。振り返ったとたんだったから、変な声が出た。
「なあに? 急に止まらないでよ、零哉ー」
零哉の肩越しに前を見遣ると、向日葵で隠されていた地面に少年が丸くなっていた。気持ち良さそうに寝転がって、穏やかな寝息をたてている以上、今のところ害はないだろう。四人の通行の邪魔をしている以外には。
「なんだ、冬白の迷子じゃねえか」
「もう、どこでだって寝ようとするんだから。しょうがないなあ」
しゃがんで紗奈が眠ったままの少年をつつく。それでも起きないと見ると、大きく揺さぶる。手加減の必要は感じないので、遠慮はしない。
そんな紗奈の後ろでは、種里と夕月が零哉に「誰?」と問いかけていた。
「冬白軍に所属してる、雪鈴って奴だ。信じられねぇくらいの方向音痴で、変なとこでばっか寝てるな」
「正確には、元夏陽軍所属だね。この巡の最初は夏陽にいたんだけど、いつのまにか冬白軍になってたんだ、よ!」
ついに実力行使に出て、紗奈は雪鈴を無理やり立ち上がらせた。身体能力の増した流巡では、そのくらいは問題なくできる。
「んにゃ……? ふわぁ、よく寝たなー。あ、紗奈」
「おはよー。……雪鈴」
自信なく呼んだ名前は、紗奈にとって未だ慣れない彼の呼称だ。彼が冬白に移った際、その名を変えたからだった。零哉が彼を知ったのはこの後。よって零哉は迷いなく彼を雪鈴と呼ぶが、以前から彼を知っている紗奈からすれば、呼ぶたびに違和感が残る。
「サナ、大丈夫なの?」
どこか警戒するように聞く種里は、雪鈴が戦闘を仕掛けてくるのではないかと考えているのだろう。
「おれは別にお嬢様から指令も受けてないから、君たちから領土奪る気なんてないよ。だってめんどくさいし、眠いしー」
答えたのは、紗奈ではなく雪鈴だった。後半が理由のほとんど全てだと、紗奈にはわかる。彼はそういう人だ。
「あれ、初めましてさんたちだね。おれは雪鈴、一応冬白に所属してるんだ。名前の由来は季節とこれ」
これ、と雪鈴が触れたのは首からぶら下がった金色の鈴だった。
ちりんと涼しげな音をたてるが、歩くたびにも鳴るので敵にも居場所が筒抜けになる。もちろん、雪鈴はその時には迎え撃つだけの実力を持っているが。
「やーっとみつけたっすよ、雪鈴。やっぱりうちの参謀は優秀なんすねー」
割り込んできた声の主は、夏陽軍隊長の宙也だ。
この向日葵畑は夏陽の領地なので、ここにいること自体は不思議ではないが、宙也があえて夏陽から抜け出した者である雪鈴を捜していたというのは奇妙だ。
「久しぶりじゃないか、夏陽の隊長さん」
「相変わらず、よそよそしいっすね。仲間じゃないっすか」
「元、だろ? おれはもう夏陽に未練はないよ」
宙也の登場に警戒から固くなっていた空気は、宙也と雪鈴の応酬にここが夏陽の領土とは信じられないほど凍りつく。
零哉は頭の中で目まぐるしく計算をしている様子だし、夕月はまわりの表情を注意深く窺っている。種里ばかりは特に何も気にしていないようだが、まあ問題ないだろう。
一歩彼らに近づき、紗奈も会話に参加する。うまくいけば、動くタイミングを掴むことができるはずだ。
「で、宙也くんは何しに来たの? 戦法を変えて真正面から仕掛けるの?」
「や、ただ雪鈴に会いたかっただけっす」
拍子抜けとはまさにこのこと。と紗奈は思う。
「ふん。宙也がそこまでのことを、考えられるわけがないだろう」
先程までは目立たなかった少女が、なぜか胸を張る。小柄なせいで宙也の陰に隠れ、こちら側には見えていなかったようだ。
サイズの大きすぎるジャージの上着を重ねた、どこかの学校の制服姿の少女は夏陽軍参謀、夏陽 彩歌だ。
「用が戦闘じゃねえなら、こっちからも仕掛ける理由はないな。……今は」
「そうっすね。俺も今は、零哉と戦闘って気分じゃないっす」
「この気分屋バカめ。だから君は、計画クラッシャーなんだろうが!」
たぼだぼに余った袖に隠れた手で、彩歌が宙也の頭を軽く叩く。
たぶん彩歌は、計画面では流巡一の苦労人なんだろう。
紗奈は同情しかけたが、彼女の作戦には定評がある。『願いの時計』を手に入れるには、宙也にはこのまま計画クラッシャーでいてもらいたい。
「説教は帰ってからにしてほしいっすねえ。だから、雪鈴が戻ってきたら助かるんすけど」
「さっきも言っただろ。おれは夏陽に未練はない。それに、君たちの賑やかさは安眠妨害だし」
「残念っすね」
呟いた宙也が、どこまで本気なのかはわからない。
「気は済んだだろう? 帰るぞ、宙也。留守番組が部隊に参加させろと、うるさくてしょうがない。とっとと作戦を考えねばな」
「はいはい、わかったっす。せっかくなら、俺も立案手伝うっすよ?」
「だから、どの口が言うんだ。この計画クラッシャーめ」
じゃれ合いながら結局何もせずにどこかへ帰っていく宙也と彩歌が、何をしたかったのかは本当にわからない。もしかすれば、何の考えもなくたまたま鉢合わせただけなのかもしれない。
「じゃ、おれも帰って寝ようかな。またね」
そうして素早く身をひるがえした雪鈴も、方向音痴であるが故に、特に目的はないのだろう。変わった偶然に、雷鳴部隊が巻き込まれただけだ。今こうして、流巡にいるのと同じように。
「ユキスズの行ったとこ……」
「冬白ってあっちじゃないよね」
「あそこは、夏陽寄りの秋色だな」
つまり、逆方向だ。
「ああいう奴なんだよね。雪鈴って」




