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雪と剣の舞う季節

 ぶすっとした表情で、零哉は高い場所にある廃墟の屋根の上から辺りを偵察している。昨日夏陽軍の向日葵部隊とシズに負けたせいで不機嫌になっているのだった。

 人数差から考えれば、その結果はおかしくはないものだ。さらに、零哉たちは夕月を加えた場合の戦術を決めていなかった。

 それは零哉自身もわかっているからか、いつもよりさらに無愛想な顔ながらも、文句などは口にしないのだ。

 

「あー、やられたままなんて性に合わねぇ!」

 

 言うなり、くるりと身をひるがえして窓から部屋へ器用に飛び込む。

 中では紗奈と種里、夕月の三人が何やら話し合っていた。前回の戦闘の反省会の途中だったらしい。

 

「今日はこっちから攻めるぞ!」

 

 突然そう言い出した零哉に対し、三者三様の反応が返されるが、嫌そうなものはなかった。

 夕月のブラウンの瞳には、普段より好戦的な光がほんの一瞬だけちらつく。種里は気合いを入れるようにぎゅっと手を握りしめ、紗奈はそうこなくっちゃと言いたげな笑顔を見せた。

 これなら悪くない。根拠もなく、零哉はそう思う。しかしこういう場では、理屈なんかよりも感覚で捉えた方がいいのだ。

 

「で、どこを攻めるの? 隊長?」

 

 獲物を狙う猫のように目を細めた紗奈が、いつも通りふざけつつ零哉に問いかける。

 

「冬白軍の領土だ。こっから近いしな」

 

 冬白軍は、少数精鋭を信条とした軍だ。実際に所属人数は無所属を除いて、流巡最低の数。

 しかし所持している領土は最も広い。だからといって、防御が行き届いていない訳ではない。彼らの強さは、その連携に由来する。冬白軍の隊長、冬白 霜月への絶対的な信頼――否、忠誠のなせる業だった。

 故に冬白を攻めるのは簡単なことではないのだが、誰も反対しない。

 

「冬白かぁ。あんまり戦ったことはないかな」

 

 ぽつりと夕月が呟く。持っている領土からしてそこそこ戦闘経験もあるはずの夕月だが、冬白と交戦したことはないらしい。

 

「ま、あそこは自分たちから攻めたりはめったにねーからな」

 

 冬白の基本戦術は、まず相手から攻められることから始まる。いわゆる防衛戦だ。

 しかし戦闘は、どちらかが相手の領土へ攻め込むことが多いため、地の利があるが故に攻められる側が有利になると言える。もちろん、それだけで勝敗が大きく左右されるということはないが、わずかな差で結果が変わるのは珍しくない。

 

「オレたちなら問題ねーだろ。行くぞ」

「レイヤ、待って」

 

 言い終わらないうちに、窓からまた飛び出していった零哉の後を種里たち三人も追う。

 

「れーいや。照れ隠しはいいけど、おいてかないでねー」

「照れてねぇっ!」

 

 振り返らないのは、赤くなった顔を隠すためだ。

 確かに照れはするが、零哉は仲間を頼りにしていると伝えたかったのだ。だって、身近な相手とさえすれ違う。だったらせめて、言葉だけでもまっすぐ届けたい。

 

 中の階段を使って降りるより早いので、高い屋根から低い屋根へと飛び降りながら移っていく。これほど人間離れした動きができるのも、ここが流巡だからだ。

 

 数分程そうして進んでいると、道が白に覆われている場所に着いた。冬白軍の領土だ。

 流巡ならではのおかしな仕組みで、雪があるのに寒くはない。おそらく流巡ここでの雪は、単なる領土を所有する軍をわかりやすくするためのものでしかないのだろう。

 

「おや、見回り中に敵をみつけるとは。僕の考えたルートもそう悪くないようですね」

 

 独り言のようにかけられた声に、零哉はとっさに臨戦体勢をとる。

 冬白のこういうところはやっかいだと思う。他の軍に比べ見回りも充実しているし、全体的な連携もとれている。長引けば、仲間が駆けつけるのが目に見えている。

 

 先手必勝だ。

 零哉が動いた途端、散る桜のように乱れて風に舞う雪が視界をさえぎった。

 

「あなたにお会いするのは初めてですね。かすみ草とクローバーの似合う、可愛らしいお嬢さん」

「……!」

 

 いつのまにか、声の主である青年は種里の前にいた。雪は彼の能力で、それを目眩ましに使ったのだ。

 

「お名前をお訊きしても?」

「えと……」

 

 突然の出来事だからか、驚いたのか。種里は淡い緑の目をぱちぱちさせて青年を見ているだけだ。かといって青年も、まだこちらに対して危害を加える様子はない。

 

「失礼。名前を訊く時は、まずは自分からですね。僕はフィエルード・フユシロと申します。どうぞよろしく」

「しゅ、種里です」

 

 まだ何がおこったのか理解できていないらしい種里がとりあえず名乗ると、笑顔を浮かべた青年――フィエルードは種里の手をとり、軽く持ち上げた。貴族のような上品なその仕草が、彼なりのあいさつのようだ。

 

「綺麗な色の瞳をしているんですね。まるでペリドットのようです」

「おっと。そこまでだよ、フィエルードさん。種里ちゃんは私たちの仲間なんだからね?」

 

 割り込んだ紗奈が種里を離しつつ、フィエルードに短刀を突きつける。


「そうでしたね。では」

 

 声と同時に、細く煌めく銀の光が走った。見切っていた紗奈は半身だけで避け、短刀を握った手は空を切り裂いた。互いに攻撃は当たらない。

 フィエルードの繰り出すレイピアによる突きを後方に下がって、時には短刀で弾き、紗奈が一人攻撃に応じる。

 ふと不敵に笑った紗奈が、これまでより大きく動いた。瞬間、フィエルードの足元からバラの蔦が芽吹いて、彼の動きを封じた。

 

「……僕の負けですね」

「そういうことだ。領土はもらうぞ」

 

 くだらないここでのルールにのっとって、零哉は決まり文句と共にフィエルードの花、スノードロップを切り落とした。

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