夜明けの三日月
「なあ。お前さ、オレらの仲間になんねえ?」
何の前置きもなく出てきた零哉のその台詞に、夕月はもちろん種里もおどろく。紗奈だけはそんなことだと思った、と苦笑いをした。
「仲間?」
「ああ。オレがかなり領土持ってるのは知ってんだろ? だったら、オレらと組めば有利になる」
無所属で人数も少ない部隊とはいえ、零哉たちの雷鳴部隊は領土が多いことで比較的有名だ。それは夕月も知っているだろう。
同時に、珍しい能力を持っているということも名を知られる理由になる。そんな人物が一人で行動していたとしたら、倒して領土を奪おうとするより、仲間にしようと交渉することもある。その方が利になるからだ。
単純に言えば、利害の一致による関係となるということだ。
「雷鳴部隊は、能力の面で見たら強さに欠ける。でもお前の能力はすげえよ」
「……知ってる」
「『願いの時計』で叶えられる願いは一回につき三つ。オレらの願いは二つだ。まだ空きがある」
部隊に所属することの理由の一つに、同じ願いを持っているということがある。それは、一度に叶えられる願いの数に制限があるからだ。
零哉に従って行動を共にしている紗奈も種里も、自分が叶えたい願いはない。だから回数に余裕がある。
「お前が一人でいるのは何でだ?」
「ぼくは……」
ミルクティ色の髪を揺らして、夕月は下を向く。膝の上に置かれた両手にきゅっと力が込められた。
「ぼくは……。……あ、れ?」
ぐらりとその身体が傾いで、ぼすんとベッドに落ちる。
「無理すんなよ。信用してくれっつっても難しいだろうけど、今日はここに泊まってけよ」
「どうして……?」
「お前の目に、覚悟が見えたからじゃねえの? どんな手段を使ってでも、願い、叶えたいんだろ?」
零哉の目もまた強い光を宿してどこか遠くを見つめ、そんな零哉から紗奈は顔を背けた。零哉が強くなりたがっている理由の片鱗を話した、あの時とよく似た表情で。
種里には踏み込めない領域。零哉と紗奈だけの場所だ。
いつの間にか外は陽が暮れかけていて、オレンジ色の眩しい光が、流巡の廃墟たちを照らしていた。
そんな光が当たる窓際、ベッドの近くで種里は膝を抱えて床に座っている。外は静かで何の音も聞こえない。辺りに潜んでいる敵もいなさそうだ。
「なあ種里。お前、なんで夕月がいるってわかったんだ?」
離れた壁際に寄りかかった零哉が聞いてくる。
「あ、私も知りたい。種里ちゃん、全然迷ってなかったよね?」
かと言って、そこに誰かがいることは知っていても、それが夕月であるということまでは知らない様子だった。
人の気配を辿ったとは考えられない。種里よりも、零哉や紗奈の方が気配には聡い。二人が気づかないのに、種里にわかったはずがないのだ。
「声が、聴こえたの」
そろって疑問符を浮かべた二人に、種里は続ける。
「誰の……なのかな? よくわかんないけど、普通の声じゃない声が聴こえた」
陽が沈む直前の煌めくオレンジの光に、種里の緑の目が透き通るほどに輝いた。宝石にも似ていて、見る者にどこか作り物のような印象を与える色だった。
「あれは、きっと…………だから」
「種里ちゃん?」
夢見心地のまま小さく呟いた種里は、紗奈の呼びかけに答えることはなかった。こてんと自分の腕に突っ伏して眠ったらしい。
「零哉」
「いい。種里はもう仲間だ」
「零哉って、意外とお人好しだよね。私はそれに助けられたり、困ったりしてるんだ」
「苦労かけて悪いな。でも、お前がついてきてくれてるから、オレはここまで来れた」
紗奈から目を逸らした零哉の頬が赤くなっていたのは、きっと夕陽のせいだけではない。慣れないことを言って、照れているのだろう。
昔からそうだった。零哉は一度信じたら貫き通すし、友達想いで相手の欲しい言葉をくれる。それを知っている人は多くない。けれど紗奈はその数少ない内の一人だ。
だから、この巡は零哉についていくと決めたのだ。例えその先に、何も待っていなくとも。
「おやすみ、零哉」
踏み出した先が、目を閉じた時のような暗闇に包まれているとしても。
*
まわりが高い建物に囲まれているせいで、朝陽は零哉たちの隠れ家であるここには届かない。だがまわりが明るくなっていることで、朝だとわかる。
「おう、起きたか種里。オレは見回り行ってくっから、留守番頼んだぜ」
「はあい」
半ば寝ぼけた声で、種里は答える。
姿が見えないので、紗奈も敵がいないか見回りに行っているのだろう。夕月はまだベッドの上だ。この隠れ家にはベッドは一つしかない。まだ仲間ではない相手に対して、零哉は優しい。
「ここ、は……?」
「あ、ユヅキ。おはよう」
零哉が出ていって、しばらく経った頃。
ぼんやりした目で夕月がきょろきょろ辺りを見回した。種里の方を向いて、こてんと首を傾げる。次いで、自分の左手にあるバラが無事だと確認し、さらに不思議そうな顔になる。
「なんで? 隙なんか、いくらでもあったはずなのに……」
「ユヅキと仲間になりたいから。レイヤも同じ。話、レイヤたち帰ってきたらしてくれる?」
「…………。うん、いいよ」
「ありがとう、ユヅキ」
ふわりと、花が咲くような表情で種里が笑う。つられたように、夕月の顔も先程までより少し柔らかいものになる。
それから数分が過ぎ、零哉と紗奈が見回りを終え帰ってきた。近くに敵がいたらしく、二人は領土を奪れたと言っていた。
「で、だ。はっきり言うぞ。夕月、オレらと仲間になる気はあるか? 無理にとは言わねぇけどよ」
「……条件が、一つある。君が昨日言ってくれたことと、もう一つ分。いい、かな?」
「その答えは、聞いてからだな」
言おうとして口を開くも、夕月の声は音になる前に消えた。
「役に立つ、から……捨てないで……」
何度か目、ようやく小さな声でそうとだけ言った。うつむいた顔が、耳まで真っ赤になっている。
「んなことするはずねえだろ。じゃあ、ほら」
「え……。うん」
伸ばされた零哉の手に戸惑って、ぱちぱちとまばたきをする様子はどこか幼い印象だ。そのまま、おそるおそるその手をとる。
握った手を零哉が引くと、夕月の方からも力を込め返す。座っていた椅子から立ち上がり、零哉の足下に跪く。
「ぼくは君に、鳴神 零哉に従います。交わした約束のため、戦います」
「そ、そこまですることねぇって! 仲間なんだから、対等だろ。な?」
「わかったよ。でも、この後君がぼくとの約束を守ってくれたら、ぼくは君のために戦うからね?」
「オレはな、約束だけは破らねえって決めてんだ。安心してくれ」
「うん、よろしく」




