三日月が照らすもの
歩いていくうちに足下から鮮やかな落ち葉は消え、そっけない灰色のコンクリートで舗装されただけの道に戻っていた。
流巡の街で領土の境目は、はっきりしておらず、こうして曖昧なものだ。まるで季節が急には変わらないのと同じように。
響く足音は三人分。相変わらずバラバラで交わらないからこそ、一緒にあっても違和感がない。
「ったく。なんで邪魔したんだよ、紗奈」
少し子供っぽくむすっとした零哉が、紗奈にじっとりした目を向ける。
紗奈が若干強引に零哉の行動を邪魔することはしょっちゅうあるが、それに対して零哉が文句を言うことは少ない。
「あんな決着つかない戦いー、見せられたってねー。つまーんないもん」
「なんでわかるんだよ」
「三巡もしてればー、人の実力から戦いの結果ぐらいはー予想つくようになるよー」
くるくる回りながら、紗奈は零哉と種里の方を見たタイミングでしゃべる。歌うような調子で、楽しげに。
「サナすごい」
種里は目をきらきらさせて、そんな紗奈を見ている。
根が素直な種里は人を疑うこともあまりないし、紗奈の実力を間近で見たということもあるのだろう。
「お前、そんなんで大丈夫かよ。そのうち誰かに騙されたりすんぞ」
「……? 大丈夫。レイヤもサナも、嘘ついたりしないでしょ?」
種里が疑わないのは人ではなく仲間で、もし誰かが嘘をつこうとも零哉と紗奈が信じないのなら、自分も信じないと言っているのだ。
それはまぎれもない信頼で、どこまでもまっすぐだ。
「あ」
零哉と種里より数歩分前を歩いていた紗奈が立ち止まる。紗奈の先にあったのは流巡のどこにでもある廃墟で、所々削れたり崩れたりしている。
廃墟には人こそ住んでいないものの、外観も含めけしてみすぼらしいものではない。つまりこの建物は、誰か人の手によって被害を受けたものだ。
「あー、誰かここで交戦したな」
「能力もけっこう派手に使ったみたいだね。武器なんかじゃ、あんな壊れ方はしないもんね」
確かに一つや二つだけでなく、広範囲の建物に同じような傷がついている。
しかし、よほど動いたのでない限りここまで広範囲に影響を与える能力は、この流巡でもさほど多くない。
「どーせ、すぐ直るんだろうけどな」
ここも、流巡の特徴だ。壊れたのが物であれば、しばらくすれば元に戻っている。
「……花の気配がする」
種里が、一歩踏み出した。淡い緑の瞳は確信を持っている。
そんな種里の様子に、零哉と紗奈は顔を見合わせ、無言の対話をする。
「種里ちゃん、それどこ?」
「案内してくれ」
「……うん」
迷わずに種里はある方向を目指す。まとう雰囲気が少しだけいつもと違うことには、零哉も紗奈も気づいていなかった。
そう長くない時間、路地に入っては曲がったりまっすぐ進んだりした先。紅い花びらが一枚落ちていた。その後も種里について奥に行くほど、ぽつりぽつりと花びらがある。紅い、バラの花びらだった。
「ここ」
種里が立ち止まったのは、入り組んでいたせいか距離にしては時間がかかったものの、先程の場所からあまり離れていない所だった。
「……誰」
暗い陰の中、人がうずくまっていた。緑の茨をまわりに張り巡らせて、自分を守るようにして座り込んでいたのは。
「お前、輝石 夕月……だったか」
ついこの前、零哉たちに戦闘を仕掛けてきた夕月だった。
「鳴神 零哉? なんでここが……」
夕月は動く気配がない。声には疲労がにじんでいる。あの場所で戦っていたうちの一人は、夕月らしい。
「ぼくから、領土を奪るつもり? なら、受けて立つよ。……っ」
立ち上がった夕月は、すぐにぐらりと体勢を崩した。壁に身を預けて、立っているのもやっとといった様子だ。
「おい、大丈夫か?」
「来ないで! うぅ、く……」
近づいた零哉を威嚇するように、茨が伸びてくる。しかし、この前ほどの勢いはなかった。
「種里」
「うん。『シャムロック』」
種里のまわりから広がるクローバーが、茨を消していく。
「え? なん、で……」
「私の『シャムロック』、能力無効化ができる。それより……どうしたの?」
「ぼくのことなんか、放って……」
夕月が力尽きたように壁に背を預け、ずるずると再び座り込む。そのまま意識を失ったらしく、その身体が地面に崩れ落ちた。
「紗奈、この近くにも基地があったな?」
「うん」
零哉が言葉にしなかった部分も、紗奈はすっかり了解したというふうにうなずく。
ぐったりと力のない夕月の身体を背負い、零哉がこの近くにあるという隠れ家の方へと歩き出す。念のためにと紗奈が前を、種里が後ろをそれぞれ警戒する。広い流巡の中、同じ場所で短時間に何度も戦闘がおこることは、まずない。
そこからそう歩かないうちに、他に比べれば小さめの廃墟があった。大きな建物に埋もれるようにあるため、あまり目立たない。
中には本拠地の隠れ家ほどではないが、多少の家具がある。一つだけのベッドに、零哉は夕月を寝かせた。
「なんか、ただ疲れてるってのとは違うみたいだな。そいつ」
「うん。でも、だとしたらちょっと変だねぇ」
わからないと、こてんと首をかしげた種里に、二人はいつものように説明をしてくれる。
「流巡での身体は、前と違うっていうのは覚えてるよね?」
「さすがに疲れることはあっても、怪我なんてもんは流巡にはない」
痛覚がないわけではない。ただ、何故だか怪我を負わない。病気などの体調不良もない。大きな衝撃を受ければ気絶することもあるだろうが、戦闘終了後に夕月のようにああまでなることはほとんどない。
「う……。ここ、は?」
まだ力が入らないらしく、夕月が上半身だけ起こした。濃いブラウンの瞳で零哉たち三人を不思議そうに見ている。
「オレらの隠れ家の一つだ。なあ。お前さ、オレらの仲間になんねえ?」