巡る時の中の出会い
夕暮れの黄昏色の中、桜の花びらが舞い散る街を駆け抜ける人影が二人分。そして、後から一人がその二つの影を追う。
「零哉、どうしよっか?」
「相手にするだけ無駄だ。あいつ、領土持ってねえからな」
「りょーかいっ」
一人は野生の獣のように素早く、一人は軽やかに。追われているにも関わらず、その二人は余裕を見せてさらに追手を引き離す。
コンクリートで舗装されながらも、落ちた桜で淡いピンクの道路を、風に舞い上がった花びらがある屋根の上を。春色の街を少年と少女は走る。そのまま、追手は後方にも見えなくなった。
「にしても、あの辺りは下っ端しかいねえな」
「いないねー」
「攻める場所変えねーとな」
「一気に領土奪りたいもんね」
疲れた様子などほとんど見せず、走るのを止め歩き出した二人は、話し合いを始めた。むしろ作戦会議に近く、先程の様子確認を元にした分析結果でもあるらしい。
少年のまわりを、少女は弾む足取りでくるくる回る。
いつのまにか二人の歩く道からは花びらの絨毯がなくなり、何の季節の色もない。廃墟ばかりの街の中に、カツコツとコンクリートの道により鳴る足音だけが、わずかに響く。
「ん」
「わっ」
急に立ち止まった少年に、ちょうど後ろからついていく形になっていた少女がぶつかった。
「何~? どしたの?」
ぴょん、と横に並び少女が問いかける。
二人の視線の先には、きょろきょろと不安げに辺りを見回している少女がいた。顔を動かすたび、ふわふわした明るい茶髪が揺れている。あちらも二人に気づいたらしく、若菜色の目が見開かれた。
「あのっ、ここどこ?」
その質問に少年と少女は顔を見合わせ、それぞれ何かを了解したような表情になった。代表してか、少女が前に出る。
「ここは流巡の街。あなたも、迷い込んじゃったんだね」
「るじゅん?」
首をかしげて少女が聞き返せば、その動きと一緒にまた茶髪が揺れた。
「そうだよ。あ、その前に自己紹介ね。私は山吹 紗奈、よろしく~」
おどけて手まで振る紗奈に、安心したのだろう。ほっとしたように、少女も笑ってみせた。
「あたし、しゅり。種里っていうの」
「うんうん、種里ちゃんね。じゃ、説明に戻ります!」
もはや先生気分らしい紗奈に対して、少年は隣でつまらないとでも言いたげにあくびを噛み殺している。
「ああ、忘れてた。こっちは零哉ね。鳴神 零哉。よろしくしてあげてね~」
「う、うんっ。がんばる」
「あはは。種里ちゃんはいい子だ」
普段からこのノリで絡んでは、零哉には相手にされていないのだろう。ずいぶん楽しげだった。
ついでとばかりに、よしよしと子犬にでもするように、紗奈は種里の頭をなでる。
種里も嫌がることなく、自然に受け入れていた。警戒心はあまりないらしい。
「え~っと、何だっけ?」
「ここの説明だろ」
見かねてか、零哉が助け船を出す。
「あ、そうそう」
「お前の説明、すぐ脇道に逸れんだよな」
「褒めないでよ~。照れるじゃーん」
「褒めてねえよ。無駄に前向きだな」
ため息を一つ吐いて、零哉も種里に向き直る。
「ついて来い」
思わず頭上にクエスチョンマークを浮かべる種里に、紗奈が「説明、零哉が代わってくれるって」と教える。
先を歩いていく零哉が、くるりと振り返る。紗奈と種里がついていくのを見ると、また歩き出す。
言葉こそぶっきらぼうだが、根はそう無愛想でもないらしい。
そこから歩いて数分したところは、見晴らしのいい丘だった。地面には、わずかながら小さな春の花々が咲いている。
「ここは流巡。紗奈は街っつったけど、正確には世界だ」
規模こそは確かに大規模な街だ。だがここは、他から独立した空間。独自のルールに支配されている。
「そんでここでは、全員どこかしらの軍に所属するなりして、争い合ってる」
この流巡には、大きく分けて四つのチームがある。それは季節軍と呼ばれ、それぞれに季節の名前がついている。
「どうして季節?」
「順に言うから待ってろ」
四つの軍の名は、春芽、夏陽、秋色、冬白という。その中の一部には、強い力を持つ選ばれた者がいる。
彼らは能力者であり、その能力を花の名前で呼んでいる。
「街の全てを領土にした時、『願いの時計』ってのに自分の願いを叶えてもらう権利が手に入る。だからみんな争ってんだ」
領土になれば、土地は軍の季節にちなんだ色に変わる。全ての土地を一色に染め上げた時、さらに季節軍の中で争う。
願いの権利は三つ分。最大三名の勝者だけが、自分の願いを叶えることができる。皆、そのために争っているのだ。
「お前もこっち来てみろ」
少し後ろにいた種里に、零哉が声をかける。言う通りに種里が隣に立つと、その先にある薄紅色の場所を指差した。
「あそこは春芽の領土。桜咲いてるだろ。で、その隣の緑が多いのが夏陽の領土だ」
「木が紅葉してるあっちが秋色。雪が積もってるのは冬白」
代わる代わる、零哉と紗奈が説明し合う。
「何色でもないのは?」
「オレらみたいな、無所属の領土だ」
季節軍に所属していないながらも、争いに参加している者はいる。それが零哉たちのような無所属だ。
「じゃああたしはどこに――」
行けばいいの、と種里が続けようとした時だった。
「今度こそ逃がさねーぜ!」
後ろから声がした。思わず種里はびくっとなる。
「……お前か」
「えー、わざわざここまで追ってきたのー?」
先程二人を追いかけていた、春芽の追手だった。左手首には、まるでブレスレットのように巻きついた桜の花が咲いている。
「あれは?」
「この場でまで説明求めんなよ」
「どの軍の、どの部隊に所属してるのか、あれでわかるんだよっ」
言いつつ、ナイフを構える追手に応じて、零哉と紗奈もそれぞれ武器を手にする。
「ったく、めんどくせえ」
「零哉、私が行く!」
「おう、任せた」
紗奈が前に一歩出て、追手の正面に立つ。背中に零哉と種里をかばう形だ。
勢いのまま、紗奈が先手を打つ。右手に持った短刀が敵のナイフとぶつかり合い、ギンっと鳴る。
それで何かを把握したらしく不敵な笑みを浮かべ、腰のベルトから左手にも短刀を構え追撃を加える。
あっという間に勝負は着き、紗奈は追手に短刀を突きつけた。
「領土は持ってないんだよね? でもまあ、動けなくはさせてもらおっかな」
ぷつん、と紗奈は短刀で追手の桜の花を切る。
「じゃ、行こっか」