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 モーリス侯爵家に訪れてから数日、侯爵がまた他国に出る前に彼女が私の婚約者になることが正式に決まった。

 決まる前に母が何度か私に気持ちを改めるよう、やんわりと言ってきたが、私は気付かない振りをして聞き流した。後に父から聞いたのだが、母は侯爵夫人と同級生で学生時代に馬が合わなかったらしい。

 婚約が決まってから何度か彼女を王宮に呼んだ。けれど、母はどうにも夫人の娘である彼女が気に入らないらしく、私と彼女との席に同席しては彼女に絡んでいる。おかげで、彼女の目はずっと凪いだままだし、人間らしいところなど全く見えはしない。

 ならば母の相手を夫人に、と思い、夫人も王宮に呼んだ。しかし、母と夫人の腹の噛み合わない話のせいで彼女を観察できる余裕もない。せめて、母が私に話題を振らなければ彼女と話す余裕があったのだが、何かにつけて母が私に同意を求めるものだから、何処か遠くを見ている彼女を横目で窺うことしかできなかった。

 ある日のこと、急ぎの話がある、ということで父が私を呼んだので、一度、席を外した。内容は隣国の王子が来訪するとか何とか、後は夫人たちの様子を聞かれた。むしろ、そちらを聞きたかったのだろう。私は、それとなく面会は侯爵の家で行いたいと頼んだ。

 そして、席に戻ると何とも言えない空気が漂っていた。夫人と母が気まずげに目を泳がせるなか、彼女は相変わらず何を考えているかわからない目で何処かを見ていた。母が私を戻ってきたのを機に解散の言葉を口にしたため、この日もまともに彼女を観察できないまま終わってしまった。

 夫人と彼女を見送ったあと、私は母と廊下を歩いていた。母は固い面持ちで、誰に言うでもなくポツリと呟いた。


「性格は夫人、だなんて誰が言ったのかしら」


 何を今さら、と思った。あれだけ彼女に絡んでいてやっとわかったのか、と。

 その後、彼女を王宮に呼ぶことはほとんどなかったが、代わりに私が侯爵家を訪ねることが増えた。私が侯爵家に伺う度に母は私に本を手渡す。綺麗に包装されたその本を彼女に渡して欲しいとのこと。一度、彼女に本の内容を教えてもらったが、交渉術だとか、他国の歴史書だとか、面倒そうなものばかり。多分、母が彼女を婚約者として認めてくれたということなのだろう。

 侯爵家では、しばらく夫人も同席するが、中身のない話を暫くすると居なくなる。さすがに使用人はいるが、やっと彼女との時間を作ることができるようになった。

 彼女の感情の揺れを探るために、様々な話題を振った。それで、わかったことが一つ。彼女は自分について聞かれたとき、少しばかり返答に間がある。どうにも自分のことを聞かれるのは嫌い……というよりは苦手らしい。いつも、それとなく話題を反らしてくる。

 まあ、本性を隠しているような人間だ。自分のことに踏み込まれるのを嫌がるのは予想の範囲内。大した収穫ではない。


 新たな手を打たなければ、と思い始めたころのある日。侯爵家にカイルという少年が養子として迎えられた。化粧をしてキツい顔立ちに見せている彼女とは違い、可愛らしい顔をしている少年だった。

 同席させられた彼は夫人にあからさまに睨み付けられて、ぎこちなく笑っている。普段、どのような扱いをされているのかはわからないが、彼の目は不安やら怯えで揺れていた。夫人も彼も、彼女となんて違ってわかりやすく……なんて扱いやすそうなのだろう。彼女は相変わらず凪いだ目で、私を見ているようで何処か遠くを見ていた。……けれど、何処と無く違和感を覚える。

 いつものように夫人が立ち上がり、退出しようとした。もちろん、少年をさらに睨み付け、一緒に退出するように促す。少年はもともと敏い子ではあるのだろう。彼はすぐさま私に許可を取り、席を立った。

 どんな順で話題を振ろうか、と来るまでに考えていた内容を整理しながら彼女に目を向けた。私は思わず、目を見開く。

 彼女が、少年を目で追っていた。軽く目を伏せ、心配そう……とでも言えばいいのだろうか。彼女が何を考えていたのかはわからないが、今までいっさい何に対しても興味を示さなかった彼女が、確かに少年あれを目で追っていた。

 最近は私さえもまともに見ない彼女が、だ。腸が煮えくり返る。何故、あんなものを追うのだ。私を見ないくせに。


「ねえ」


 私が声をかければ、彼女の目がやっと私に向く。


「彼とは仲がいいのかい?」


 彼女は何度か瞬きをすると、こてんと首を傾げた。少し驚いた。彼女がそんな行動をするとは思っていなかったから。


「義弟とですか?」

「そう」


 彼女は頬に手を添え、考え込むように視線を下げる。やはり違和感を覚える。なんだかいつもの彼女らしくない。


「……何度か話しかけられたことがあるような気はします」

「セシリオらしい答えだね」


 ああ、なんだ。心配そうなどというのは気のせいだったか。動いているものを思わず目で追ってしまう、そんな感じだったのだろう。

 だいぶ冷えてしまった紅茶に手を伸ばし、固まった。彼女が眉を下げ、目を細め、どこか安心したように笑っていた。

 やはり変だ。いつもの彼女らしくない。滅多に見れない彼女をよくよく観察すれば、いつもよりもほんのり頬が赤いような気がする。呼吸も少しばかり荒い。

 もしかしたらと思い、カップに向けていた手を彼女に伸ばしかけ……止めた。彼女が私の様子に不思議そうな態度を取るのを見ながら、冷めた紅茶を一口飲む。


「セシリオ。少し顔が赤いようだけど、体調が悪いの?」


 彼女はピシリと固まった。

 ああ、なんて今日のセシリオはわかりやすいのだろう。


「…………少し体が怠くて、その……殿下に移してしまうようなことがあってはなりませんし、本日は下がらせていただいてもよろしいでしょうか?」


 移すことを危惧するのは今更だという気がしてならないが、おそらく今の彼女はそこまで頭が回っていないのだろう。だから、感情も表に出てしまっている。

 先程までどうみてもいつも通りだった彼女が、私と二人きりになった途端に感情を出した。そう考えれば、怒りも収まり、むしろ気分が高揚する。口許が緩みそうになるが、なんとか引き締める。下手に心から笑ったりなどしたら、彼女の警戒心を高めかねない。

 彼女の本心を聞き出したいとは思うけれど、体調が悪いとわかっている彼女に無理をさせるわけにもいかない。


「ああ、構わないよ。部屋まで送ろう」

「侍女も居りますし、お手数をお掛けするわけには……」

「私に送られるのは嫌?」


 彼女の目が泳ぐ。それから、彼女は視線を下げて、小さく首を横に振った。

 私が立ち上がれば、彼女も立ち上がる。彼女の前に移動し手を差し出せば、彼女は困ったように顔を歪めた。


「……私、その…………人肌が、苦手で」

「きっと、君の方が体温が高いからそんなに気にならないよ」


 そんなわけがあるはずはないのだけれど、私がただただ微笑んでいると彼女は口許をきつく結び、小さく震えている手を私の手に添えた。彼女との距離が今までにないほど近付いて甘い香りが鼻をくすぐる。

 彼女は微かに固まった私に気付いただろうか。……いや、気付いていないようだ。私は緊張を押し殺して微笑み、彼女の部屋までエスコートする。

 道中、すれ違う侍女や執事が目を見開いて固まってはあわてて頭を下げていたが、彼女はやはり目もくれず凛とした様子で歩いていた。表情も、先ほどまでの揺れが嘘のように無だ。

 やはり少しばかり、私に気を許してくれたのだろうか。早く熱などなくとも、感情を見せてくれればいいのに。私の前だけで、その顔を歪めて欲しい。その余裕な顔をあの時のように苦しげに歪め、どこかすがるように私を見て欲しい。早く、私だけを見て……

 小さく頭を振って、溢れ出てくる欲を押さえる。敏い彼女だ。気を抜いていたら、彼女は私の醜い本性に気付いて遠ざかってしまうだろう。彼女が気付いても私から逃げられないように縛り付けられるまで、慎重に、決して気付かれないように。

 彼女を部屋の前まで送り、今度はあの少年のもとまで足を向けた。

 少年の何が彼女を刺激したのかはわからないが、少年に意識が向かないよう対処しなければならない。彼女を変えるのは不本意だし、少年を変えるのは簡単そうだ。少年を彼女の関心が向かないようその他大勢と大して変わらない人間にしてしまえばいい。夫人が少年に何かを教えているとは考えにくいし、侯爵が居ない今、彼に必要以上にものを教える人間が居るとも思えない。勉強に託つけて、彼が私の望む人格になるように教え込めばいい。いざというときのために、彼女を見張る道具として優秀で従順になるよう育てておく必要もあるだろう。

 少年の部屋、と侍女に案内されたのは屋敷の中でも隅の方。夫人に私の居場所を伝えてくると言って下がる侍女を横目に扉をゆっくりと開けた。窓から差し込む日光を頼りに何かを書いていた彼は、私を視野に入れて勢いよく立ち上がり、不安そうに目を揺らした。


「の、のあさま?どうしてここに……こちらに?」

「セシリオの調子があまりよくないようだったから、今日は君と話をしようと思ってね」

「あねうえ、びょうきなの?……ですか?」


 敬語になれないのだろうか。彼は言葉を発する度に、不安そうに控えている執事に目を向けていた。執事は夫人に何か命じられているのか、口を挟むことも表情を変えることもなかった。

 私は彼に近付き、優しく見えるように微笑む。少年は執事に助けを求めるのを止め、服を強く握って目を泳がせている。


「少しだけ熱があるみたいだ。でも、多分、寝てれば治るんじゃないかな」

「ぜんぜん、きづかなかった……です」

「セシリオはわかりにくいからね。それで、カイル君は何をしていたの?」


 元来、少年は人懐っこい子供であったのだろう。あるいは寂しかったのであろうか。話していればすぐに笑顔を見せ、よく喋るようになった。

 ああ、やはり、扱いやすそうだ。

 内心が面に出ないように気を付け、少年から普段の彼女について聞き出し、彼女に近付きすぎないように教えていく。私の言葉を疑いもなく、少年は純粋に受け止めているようだ。

 少年を使い、どうやって彼女を刺激するかばかりを考えながら、少年との距離を縮めることにした。

ノア七歳、セシリオ六歳、カイル五歳。

こんな七歳児と六歳児、絶対に居ないし居て欲しくない!


続きはもうしばらくお待ちください。

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