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「どうにかしなくちゃ。」
廊下に繋がるこの扉は、キリュウ大将によって外側から鍵を閉められ、中から開けることが出来ない。何度か押したり引いたりしてみたけれどダメだった。
しかも丸一日、何の音沙汰もない。ご飯は昨日の朝で最後。もうお腹がすきすぎて死にそうよ。
ぐるぐるとあてもなく歩き回り、堂々巡りする思考に苛立ちながらも、何とか状況を打開できる策を考える。
「扉は開かない、叩いても叫んでも誰も来てくれない…。ここは五階だから窓から降りることも無理だし…。でも閉じこもっていても、誰かが来てくれる保証なんかないわ。昨日のキリュウ大将の様子じゃ、悪いことしか待っていない気がするし…。」
それにこの城には自分の味方がほとんどいないから、期待するだけ無駄。だからこそ、
「何か行動を起こさなきゃ!」
こういう時は先に動いた者が勝ちだって、昔のから散々思い知らされてる。だから扉が開くまで大人しく待っておくなんて選択肢、私には存在しない。
そもそもどうしてこんなことになったのか。この一日ずっと考えてみたけれど、私にはどうにも心当たりが無い。
昨夜のキリュウ大将は様子がおかしかったから、きっとそこに原因があるはず…。多分私に関連するだよね?すごく怖い顔で睨まれたし…。
「うーん…。」
ずーっと考えているけれど、やっぱり分からない。
すると、
チュンチュン
小鳥の可愛い声が窓辺から聞こえてきた。先程までは朝日でオレンジがかっていた空が、いつの間にか綺麗な水色に染まっている。なんだか考えもまとまらなくなってきたし、リフレッシュでもしようかしら。
そう考え、小鳥の鳴き声がする方へ近付いた。勢いよく窓を開ける。すると朝の陽光が身体に当たり、じんわりと身体が温まった。
「スゥ…ハァ~~…。――…すごく暖かくて気持ちが良い。こんな日は外で畑仕事でもしたいわ!あぁ、せめてここが一階ならすぐに降りられるのになぁ。」
まぁオーロラ姫がこの部屋に泊まるって言った時点で、その可能性はぶった切られてしまうわけだけれど。もし窓の下に足が置けるようなスペースがあれば、五階からでも降りられるかしら…―――。
――――――――――
―――――――
―――――
バサバサバサバサッ
「ん…?」
あまり眠ってなかったからか、いつの間にか眠っていたようだ。慌ただしく飛び上がる小鳥達の羽音が騒がしくて、私は目を覚ました。気付いたら太陽がずいぶんと高い位置に移動している。
その日差しを下に辿れば、
「あらっ?」
なんと馬に跨るキリュウ大将が、ぎらぎらと光る銀色の甲冑を着て、城から出て行くところだったのだ。その後ろには数人の甲冑騎士に、黒い服を纏ったいかにも怪しそうな人物が一人、一方白い服に白いマントが印象的な派手目の人も一人いる。
そしてその人物達は一様に、ある馬車を囲うようにして前へ進んでいた。馬車には高々とコバルド国の国旗が掲げられている。
てっきりキリュウ大将に何かされるのかと思っていたけれど、まさか城から出ていくなんて。それに国旗を付けた馬車がいたってことは、貴族のお供かしら?
――…ま、まさかオーロラ姫?
だとすると非常にまずいわ。
だってここに来てくれそうなのが、キリュウ大将かオーロラ姫しかいないもの。メイドさんや騎士達は、この二人が指示を出さない限り来てくれないと思うし…。
もしこの二人が城から出て行ってしまったら、帰ってくるまでここでお腹を空かせて待つしかないかもしれない…。でもすでにお腹はペコペコよ。このままじゃ、お腹と背中がくっついてしまうわ!
ど、ど、ど、
「どうしよー!!!」
そんなの絶対死ぬ。飢え死にしちゃう!ミイラになっちゃうよー!
でもこの部屋は扉と窓しか脱出場所は無いし、かと言って扉は開かないし…。
これは――…、
「 …………本当にもう窓から脱出するしかないんじゃない?」
どうにかして四階のバルコニーに降りれたら、最悪アルトレイトの所に行けるかもしれないし…。鬼畜なヤツだけれど、私と一緒に四日間行動を共にした好で何とか食事だけでも恵んでくれないかしら?
とりあえず、窓の下を確認しよう。
「あった…!」
僅かに窓の下に出っ張りがある。四階のバルコニーは、この真下じゃないけれど、出っ張りを伝って体を横にずらせば、なんとかなりそう!
私は履いていたヒールを脱ぎ、ドレスの裾を捲って、動きやすいように太ももでぎゅっと結んだ。
頑張れ!私!
ココル=アニアスならできるわ!
そう自分を鼓舞し、身体を後ろに向け、そっと窓枠に両足を掛けた。穏やかな日差しの中、私の心臓は嵐のように暴れまわっていた。
ドックンドックン
足が、震える。
一度落ち着かせるように、私は目一杯深呼吸をした。本当は怖い。けれどここで待つ方が百倍も嫌なのだ。行動しなきゃ何も変えられない。今も、この先も。
「だから、頑張れ。」
胸に手を当て、大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。そして慎重に窓の下にある出っ張りへ、右足を下ろす。
大丈夫、大丈夫。
ゆっくり、落ち着いて。
つま先が、何かに触れた。
「…っ着いた!」
固くて冷たい感触。
良かった…。あとは左足ね。
私はもう一度気合を入れ直すように深呼吸をゆっくり行い、右足と同じようにして、左足をゆっくりと下ろしていく。
あと少し。
もうあと少しで―――……
「ひゃっ!!!」
ぐらりとバランスを崩した。
右足が僅かなスペースから滑り落ちる。
死ぬっ…!
―――そこで私は意識を手放した。