[美少年と国王のとある一コマ] 2
手を思い切り引かれ、国王の体に倒れ込んだフラウジアの耳に、四十歳とは思えないほど低くて色気のある声が甘く響く。
フラウジアは身体を震わし、そして、
「気持ちっ悪いっこの中年オヤジーーー!!!」
一発蹴りをかましてやった。もちろん股間に。
「ぶふッッ!!」
口から勢いよく唾を吐きだした国王は、体を丸め、急所を押さえながら痛みに声も出ない様子である。
そんな目に涙を溜め悶絶する姿に、フラウジアはざまあみろと国王を見下ろした。
「自業自得ですよ、国王サマ。」
「な、に…、これも、き、君の愛…だと思えば…、全然…、へ、いき…さ…。」
「全然懲りてないだろ。」
「HAHAHA。」
「ッチ、白々しい。」
「しかし、君も随分と初心だな。」
「うるさい。もう一回あの痛みを味わいたいのか。」
「そ、そんなにムキになることも無いだろう。もしかしてどうて――、」
ガンッ
「こ・く・お・う・さ・ま?」
「オ、オーロラ姫よ…。ま、まずは落ち着きなさい。確かに、思春期の少年にこの話題はまずかったかな…。」
「うふふ。何を言っているのか、私にはまぁ~ったく分かりませんわ?それよりも、“話し合い”を続けましょう?」
ゴクリ
いつも以上にドス黒いオーラを放つフラウジアを目の前にして、さすがの国王もビビらずにはいられなかったらしい。
額にふつふつと沸いていきた汗をハンカチで拭い、できるだけフラウジアを刺激しないよう大人しく口を噤んだ。
「それで話を戻しますが、まず第一に、初めて会った男女を婚約させるとはどういう了見ですか。」
「いやぁ、だからそれは…、」
「彼女には申し訳ないが、魔力供給者としてこの城に居てもらう。それで良いではありませんか!?」
「しかし今後のことを考えると…、」
「私自身も努力します!きっと一人で魔力供給できるようになってみせます。だから――…」
「だからなんだ。何れは魔力供給出来ると言うのか?」
「―――…っ!」
グッと息を飲み込み、フラウジアは両手を固く握りしめた。そんな彼の様子に、国王は優しく左腕に触れた。
「君も理解しているだろう?“石に選定されなかった”のだ。努力で解決する問題ではない。君は…、民を愛していないのかね?」
「それはっ…、」
「今後、次代のオーロラ姫が魔力供給出来なかったとして、ココル=アニアスの様な者を易々と連れて来られる確率はどのくらいある?フラウジア。君には悪いが、私情だけで動けるほど、この問題は単純では無いのだよ。」
「っ……。」
それ以上言葉を返すこともできないフラウジアに、国王は痛々しそうな顔をして、彼の左腕から左頬へ手を伸ばした。
(こんなに唇を噛みしめて…。きっと血が出ているだろう。可哀そうに…。)
自身がフラウジアと同歳だった頃、突然、前国王から言い渡された婚約を思い出し、目の前の少年に気付かれないよう自嘲した。
「――…だから君には恋をしてほしい。」
ポツリと呟いた小さな声は、フラウジアの耳まで届かず、しかし国王の胸には重く響いた。
「今夜から、其方は婚約者の部屋へ行き、夜を共にしなさい。もし半年経っても其方が婚約を拒否するならば、命令を破棄しよう。」
その言葉にフラウジアははっと顔を上げる。
化粧を施したままの大きな瞳は、これでもかとさらに大きく開かれていた。
「婚約に関して国王様が仰ることは理解しました。ですが一体なぜ急に?」
「まぁ其方も私の息子の様なものだからな。情が湧いてしまったのかもしれん。」
「……っ!」
「そんな意外そうな顔をするな。フラウジアは私の可愛い子どもだ。今も昔も、な。」
少しばかり感動的な空気が流れ、フラウジアは「恩にきります…」と頭を下げ礼を言った。じんわりと温かな気持ちが心を満たし、右手の拳を胸に当てることで、国王に忠誠の意を示している。
そんなフラウジアを見て、いつの間にか忘れていた加虐心が沸々と湧き出てきた国王は、
「そうだ。其方にもう一つ命令を下そう。今夜ココル=アニアスに接吻をしてきなさい。」
ニヤニヤしながら命令を下した。
「は?」
「ほら、其方、どうて…、ゴホッ、ン、ウンン。女性にあまり興味が無さそうだからな。このままいけば、半年間彼女に触れず存ぜぬで通しそうだ。それでは私が不利だろう?ならばまず、女性の柔らかさというものを知ってもらい、女性に興味を持ってもらいたい。接吻ならば寝込みを襲え…、ゴホッ、ン、ウン。気付かれずに行う事も可能であろう?」
「やっぱり馬鹿ですか国王様。」
「私は譲歩に譲歩を重ねて婚約破棄の可能性も残してやったのだ。これくらいはしてもらう!」
「絶対の絶対だ!逆らえば斬首だー!」と、喚き立てる国王に、フラウジアは若干どころかかなり引きつつ、最後には「はぁ。」と溜息をついてこう言った。
「あなたの半年後…という提案は正直ありがたいことですし、感謝もしています。それに斬首は嫌ですからね…、まぁ努力はしますよ。」
そして国王にもう一度一礼すると、フラウジアは扉へ向かい、静かに出て行った。
「種は播いたが…。しかし一番の問題は――…フラウジアが極度の女性アレルギーだと言う事だ。特に恋愛が絡むと…な。」
少年の残像を目に焼き付けるように見て、国王はふっと顔を天井に向けた。なぜかその背中からは先ほどとは別の負のオーラが漂い、悲しげな微笑を浮かべている。
「そして今一番の問題は――…この高級絨毯に紅茶を吹き出してしまった事だ。特にアルトレイトが絡むと…な。」