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◎
オーロラ姫がまさかの男だった。
そして私はやつの婚約者に任命されてしまった。
それを聞いたやつは『さいあくだ』と口にした。
それを見たあたしも『さいあくだ』と心で叫んだ。
やつは私から顔を背け、憤怒の顔で国王様の元へ走っていった。
しかし国王様はそんな私達を気にすることなく、言い逃げしやがった。
そして取り残された私は、呆然とその場で突っ立っていた。
そこに声をかけたのは、私を田舎から連れ出してきた張本人、白い軍服を着た若い男だった。
「なんとおめでたい日でしょう。」
満面の笑みでゆっくりと拍手をしながら近寄ってくるこの男に、一発腹パン食らわせてもいいですか。
だって全くおめでたくもなんでもないじゃない!
「私は私の好きな人と結婚したいし、私自身の人生も自分で決めていきたい!ほんっっとうに最悪!全部あんたのせいよ!!!」
私はびしっとこの男を指差した。
しかし当の本人はどこ吹く風である。
「それはそれは。しかし、あの借金では人生を自分で決めるどころか、すぐさま人生ジ・エンドだったのでは?」
ぐはっ
痛い所を突かれてしまった。
確かに今回父がつくってきた借金は、膨大すぎて、借金慣れしている私も目が点になるほどだった。この男の言うとおり、首を括るしかなかったかもしれない。そしたら人生終了のお知らせである。
私は言葉に詰まり、恨めし気にじとーっとこの男を見た。すると背後から、しぶくて低い声がこちらへ飛んできた。
「アルトレート様、いかがいたしましょう。」
先ほど声を荒げたマッチョ老人だ。
上半身を斜め四五度に腰から曲げ、右手を胸の前に置いている。そしてその後ろには、槍を持った甲冑騎士達。槍を左手で持ち、右手はやっぱりマッチョ老人と同じようにして跪いていた。
ちらりと白い軍服男を見る。
恐らくマッチョ老人が意見を求めているのは、私を強引に連れてきたこの男。
かなり威厳のあるマッチョ老人から“アルトレート様”と呼ばれ、さらにはあのオーロラ姫が“アルト”と呼んでいたのもこの男のことだろう。
一体…何者なのだろう?
「ではキリュウ大将に命じる。この者をオーロラ姫の騎士として恥ずかしくないよう教育しなさい。」
一本芯の通った声でアルトレートが言った。
その言葉に続いて、
「承知!」
胸の前に置いていた手をマッチョ老人は握り拳にして、ドンッと強く叩いた。
“教育”って何かしら…?とても怖い響きだわ…。
かなり情けない顔をしているだろう私は、説明を求めるようにアルトレート(こんなやつ呼び捨てでいいわ!)に顔を向けた。
しかしこの男ときたら爽やかな顔を一度こちらに向けた後、すぐにマッチョ老人へ顔を戻し「頼んだ。」と言って踵を返したのだ。
って置いていくの!?
「ま、待って!」
私の必死な声に、男が振り向く。
しかしそのまま答えることなく、微笑を携えたままのアルトレートはすぐに顔を前に向け、部屋のドアに手をかけた。
「それでは御機嫌よう。」
ガチャリ
シーンと静まり返った部屋。
私はただただ突っ立っていることしか出来ず、マッチョ老人達に声をかける勇気もなかった。
だって絶対嫌われているわ。本当にこれからどうすれば…。
言いようのない漠然とした不安が波のように心を侵食し、涙が込み上げてきそうになった。
そんな時、声を発したのはマッチョ老人だった。
「ココル=アニアス。こちらについて来い」
そう言って、マッチョ老人は男が消えていった方向へ歩き出した。
有無を言わさぬその雰囲気。
私は不安から解放されぬまま、マッチョ老人についていくしかないのだった。