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「魔精石の魔力は無限ではありません。本来ならば魔力供給も私が行えるはずなのですが、どうしても出来ない。このままでは魔力が底を尽き、私は民を守ることが出来なくなってしまいます。ですから石に選ばれたあなたに、どうしてもこの城で魔力補充をしていただきたいのです!」
「!?」
急に何を言われるかと思えば、まさかの申し出。
さっきも『磨精石に選ばれた』とか何とか言っていたけれど、正直これっぽっちも意味が分からない。
「そんな急に言われても…。」
「神官様のお告げなのです。」
「で、でも石に意思があるわけじゃないですよね?」
「いえ!魔精石には意思があるのです!石だけに!」
「石だけに!」と大声で言われても、笑う余裕は今の私に一切ない。ごめんなさい。
石が私を選んだとか、石に意思があるだとか、急に言われても凡人である私は戸惑ってしまい、頭がパンクしてしまいそう。申し出を受けたらどうなるか、ましてや申し出を断ればどうなるのかなんてこれっぽっちも考えやしなかった。
さらに言えば、私は国や人々の力になりたいだなんて全く思わない人間である。城での生活も大変そうだしなぁ…。
ここは遠回しに断るしかなさそうね。
「そもそも私に魔力があるかどうか…。」
「いいえ安心してください!あなたはここにいる人間の中でもトップクラスの魔力量を持っています!」
「へ、へぇー…。で、でも石に魔力を補充できるかは…」
「大丈夫です!石に選ばれたのですから!」
「で、でも…、あ!そうだ!田舎の父が心配ですし…、」
「あのお方なら問題ありません!今やご近所さんが羨むほどの贅沢な暮らしをしておられます!むしろあなたがこの話を断れば、再び借金生活に戻るわけですから、頑張ってこの城で生き抜いてくれとの伝言を頼まれております!」
「あのクソ親父!!!」
簡単に娘を売り払った自身の父親を殴り飛ばしたい…!
しかし今はそれどころではなく、目の前のオーロラ姫を何とかしなければならなかった。
「それにその膨大な魔力で、私付き騎士となればお給金も弾みます!」
「え!」
今までとは明らかに異なる私の声音に、オーロラ姫の瞳がキラリと光った。
「一月百万バルーでどうでしょう!それに足して、昼食代や残業代も出します!有給休暇や育児休暇はもちろん、フレックスタイム制も導入致しましょう!」
良い!めちゃくちゃ良い!めちゃくちゃ良すぎてむしろ怖い!どうする私…!?
「うーん」と顎に手を当て悩んでいる私に、かなり存在感の薄れていたマッチョ老人が口をはさんだ。
「騎士とあらば命は捨てたものとし、全てを姫に捧げよ。」
「キリュウ大将!!」
オーロラ姫がキッとマッチョ老人を睨み付けた。しかしすでに時遅し。私はマッチョ老人の言葉に肩を縮め、完全にビビり状態になってしまった。
そうだ。そもそも騎士って命のやり取りをする職業じゃない。そんなの絶対に無理。オーロラ姫には申し訳ないが、この話ははっきりと辞退させてもらおう。
そう考え、私は勇気を出して膝を前にすっと動か――…
「ならば、国王命令である。ココル=アニアスを今日からオーロラ姫付き騎士として任命し、一年に一度の魔精石に対する魔力供給を命令する。」
…は?
「国王命令は絶対である。従わなければ国を乱す反逆者とみなし処刑する。」
ええええええ!?!?!?
急に出てきたと思ったら、突然国王命令!?
しかも私の命が懸かっている。冗談じゃない!これじゃあ騎士になるのと同じよ!
「また、オーロラ姫が魔精石に魔力供給できないのは由々しき事態である。よって、ココル=アニアスをオーロラ姫の婚約者とする。」
「はい!?」
さすがに黙っていられなくて、声が出てしまった。
いや、私女だし。オーロラ姫も女だし。
由々しき事態だろうが何だろうが、女同士どうしろって言うの…。
見ればオーロラ姫も大きな目をこれでもかと大きく開けていた。
そりゃそうだ。意味が分からない。
「あのぅ、私は女ですが…?」
一応抗議してみる。
相手は国王様なので、かなり小さい声であるが。
「うむ、知っている。」
「ならば!」
「オーロラ姫の真名はフラウジア=レーベル。正真正銘の男だ。」
「…!」
ギギギとゆっくり首を回してオーロラ姫に顔を向けた。
すると先程までの美しいお顔は一転、苦虫を噛み潰したように顔を歪め、オーロラ姫の顔色は心なしか青い。
そして、震えるように唇が微かに動き出す。
ええっと…、
『さ』
『い』
『あ』
『く』
『だ』
って私の方が最悪だ馬鹿ぁーーーー!!!!!!!!泣
オーロラ姫の婚約者!?
ないない!ありえない!
だって、勝手に婚約者を決められた挙句、当の本人からは『さいあくだ』と目の前で、しかもとっても嫌そうな顔で言われるなんて、私もこんな男願い下げよ!
――…と心の中で叫ぶものの、私は必死でそれらの感情を飲み込んだ。
なんせ『命』が懸かっているのだから。
しーんと静まりかえった広間が不気味なほど冷たく感じられ、異様に時間が長く感じる。
そんな中、思考停止に陥っていたオーロラ姫は自我を取り戻したのか、隣でバタバタッという音がにわかに聞こえた。
「こ、国王様。急にそんな戯言をおっしゃってどうなさったのですか?ついに頭でもイカれましたか?」
口端をピクピクさせながら、オーロラ姫は国王の元へ階段を上りはじめた。
真っ黒な笑みを顔面に張り付けたオーロラ姫の纏う空気が怖い。
「オーロラ姫よ、私はいつも通りだよ。また、あの部屋で会おう。それではアディオス!」
そう言って、国王様はすたこらさっさと私達を残し、部屋の外へ消えた。その後をオーロラ姫が走って追いかける。
「こんのやろーーー!!!」と男の声で聞えたことは、この際あえて触れまい。
というか、話題の渦中にいるはずの私は見事に置いてけぼりなのだけれど。
オーロラ姫のあの必死さ。
私だって別に好きじゃないし、むしろ好感度は駄々下がりだけれど、あんな必死にならなくてもいいじゃない。
これから私はどうなってしまうのかしら。それを考えると、なんだか溜息をつかずにはいられないのだった。