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「まず魔精石についてですが、まだ何処にあるのかはっきりとは分かりません。しかし国外にある可能性が高いのではないかと国王は考えているようです。」
昨日もしくは今朝方に突如消えた魔精石は、未だ行方知らずのままだった。そのせいで国境近くの村に大きな損害が出ているらしい。
フラウジアを含めた魔物討伐隊は、傷ついた村人達を魔物から救うべく、第一に魔物襲撃の報告があったハシコ村に向かっていたのだった。
「国外?一体なぜ?」
「実は朝からメイドが一人見当たらず、このような事態ですので合鍵で彼女の部屋へ入ったのです。すると机上にオーロラ姫宛の手紙が置いてありました。それ以外は見事にもぬけの殻です。メイドの名はサラサ。元々隣国の人間ですから、国王はサラサが盗み出したのではないかと疑っています。オーロラ姫、何か心当たりは…?」
サラサと言えば五年ほど前に城で働き出した若いメイドである。元々は隣国の生まれらしいが、六年前の大戦で家を失い、コバルト国へ亡命したのだ。しかしフラウジアとはあまり接点が無く、問われたフラウジア自身にも全く心当たりは無かった。
首を振ったフラウジアは、
「私には全く…。アリサは何も?」
「ええ。彼女も混乱しているようでして…。」
「私宛の手紙には何と?」
「勝手に読むのは憚られたため読んでいません。もしかしたらオーロラ姫と……親密な関係である可能性も考えられましたので。」
そう指摘されたフラウジアは、アルトレイトの言葉を理解するやいなや、恥ずかしさのあまり耳まで赤く染めた。そんな真っ赤になった目の前の少年を、アルトレイトは軽く鼻で笑い、
「初心なオーロラ姫に限って、やはりそんなことはありませんでしたか。」
とからかった。
キッと睨んだフラウジアは、顔を赤らめながらも低い声をアルトレイトに向ける。
「冗談はやめろ。」
「おお怖い。まるで赤オーガの様ですよ。美しい顔が台無しです。」
「うるさい。」
「これはこれは失礼致しました。美少女に赤オーガとは無礼千万でしたね。真っ赤な林檎の様で可愛らしいですよ。」
くすくすと笑うアルトレイトの瞳には、意地の悪い笑みが微かに見てとれる。フラウジアは両手をふるふると震わせ、今度は怒りで顔を真っ赤にした。
「……帰ったら覚悟しておけ!!」
「ふふふ、冗談ですよ。さぁ話の続きをしましょう。こちらもあまり時間が無いのでね。」
そう言ったアルトレイトは、フラウジアの怒りなど気にも止めず、さっさと手紙を取り出した。
「では遠慮無く読ませて頂きます。
親愛なるオーロラ姫様
私は貴女様に謝らなければなりません。きっと明日の朝には魔精石の姿が見えず、混乱されていることでしょう。
私欲のためにこんなこと…。
しかし仕方がなかったので御座います。
私自身を許して欲しいなどとは考えていません。ただアリサのことが心配なのです。彼女は無関係です。どうかアリサを追い詰める様なことはしないで下さい。お願いします。
サラサ
だそうです。」
読み終えたアルトレイトは、ふぅと息を吐いた。丁寧な字で書かれた文章は所々滲んでおり、涙の跡だと見て取れる。
フラウジアは手を顎に当て、キリュウ大将に問うた。
「昨日のサラサは?」
「はっ!特別妙な行動などはありませんでした!」
「そうですか。しかしこの様子だと…。」
「サラサが魔精石を盗み出した可能性が非常に高いようですね。」
フラウジアが言いかけた言葉を、アルトレイトが代わりに言った。その物言いには、一切の感情も無い。
「この手紙から石の場所までは分かりません。しかしサラサの出身国では、最近魔物が町を襲う頻度が増えていると聞きます。その点が関係しているのではと国王はお考えなのです。」
「ということは石が隣国の手に渡ったと?」
「いえ、そこまでは分かりません。何せ急いでも、我が王都から隣国の王都までは七日かかりますからね。そこでお伝えしたかったことの二つ目が、隣国へ向かって頂きたいということです。」
「……!それでは傷ついた民を放っておけと!?」
「さらなる被害が出るよりはましでしょう。」
「しかし……!」
「心配要りません。すでに第二魔物討伐隊をそちらへ向かわせました。隣国へは貴方達の隊が一番近い。ですから貴方達が隣国へ向かうのが一番合理的なのです。」
くっと唇を噛んだフラウジアに、アルトレイトは何も言葉をかけない。
『民を救いたい』
そう誰よりも強く願っているのがフラウジアだと知っているからこそ、何も言葉をかけることが出来なかったのである。
数十秒後、フラウジアはようやく肩の力を抜き、口を開いた。
「分かりました。民の救出は他の者に任せましょう。まずは石を取り戻すことが先決です。」
やっとついた決心に、アルトレイトはほっと息をついた。
「では任せましたよ。通行手形は明後日までに必ずお渡しします。」
「ええ。よろしく頼むわ。」
「それではまた何か分かりましたら通信致します。」
「あっ!ちょっと待って!」
一瞬切れそうになった通信に、フラウジアが待ったをかける。
「そういえばココル=アニアスが怪しいからと、キリュウ大将が部屋に閉じ込めていたけれど、嫌疑が晴れたのだからもう解放してあげたのかしら?」
その言葉にキリュウ大将は片眉を上げた。
「姫様!あの者が完全に潔白であるという証拠はありませんぞ!」
「キリュウ大将。ココル=アニアスが犯人であるという証拠もありませんよ?」
「しかしあんな田舎貧乏娘!怪しいに決まっております!きっと金を積まれて魔精石を…、」
「いい加減になさい!証拠も無いのに監禁などして良いはずがありません!」
フラウジアの剣幕に、キリュウ大将はぐっと押し黙る。一瞬沈黙が流れ、それをアルトレイトが明るい声で打破した。
「おおっとそうでした。伝えなければいけないことの三つ目が、ココルに関するものでした。」
「え?」とフラウジアはアルトレイトに顔を向け、首を傾げた。
「実は窓から逃亡した模様で、何処にも見当たらないのです。」