Ⅴ 桃花side
筒井さんが了の元カノということは知っていた。
だって、わたしは了が筒井さんと会えなくて落ち込んでいる所に付け込んで、筒井さんと別れて傷心中の了の彼女になったようなものだから。
最初は単純にかっこいい人だと思った。だけど、サークルとかで接して、筒井さんのことを愛しそうに話す了にいつの間にか惹かれていた。
元々、好きな人にはとことんアタックのわたし。了に頑張ってアタックしたけど、最初は相手にもしてもらえなかった。
だけど、3期生のときに了から告白してもらえて付き合えることになって。
大学を卒業して了の地元で就職が決まり、これからも了といられると浮かれていたわたしに、今までの幸せの代償だ,とでも言うように、了と、元カノの筒井さんとの婚約の話を疲れた顔をした了から聞かされた。
聞いた時は、「ふざけるな」「今すぐ解消してよ」とか思ったけど、筒井さんとのことで傷心中の所を付け込んだわたしが言えることではないと思って、グッ、と我慢した。
了は「桃花が反対すれば、この婚約は白紙に戻せる」と言ったけど、わたしにはそんなことはできない。
結局言った言葉は、わたしの元々の曲がったことが大嫌いな性格も混じった言葉。
「了と筒井さんで決着をつけなさい!」
この言葉を聞いた時、驚いた顔をした了。「なんでだよ」って言われたけど、わたしの性格を思い出したのか、最終的にはしぶしぶ納得した了。しかし今だに何も解決していない。なにをしたらいいのか分からないみたいだった。筒井さんとも連絡取りづらいみたいだし。
硬直状態の中、先にアクションを起こしたのは彼女の方だった。
しかし、彼女は了に連絡を取るのではなく、わたしに連絡をした。
彼女から会いたいというメールをもらい、わたしは終わらない仕事を無理矢理次の日に持ち越して、レストランに向かった。
6時ぴったりに来た彼女はものすごい美人だった。了にぴったりの人だと嫌でも感じさせられた。
お互い自己紹介をして少し話してみると彼女は了と似ていると感じてしまい。自分があまりにも滑稽な存在に思えて仕方がなかった。
そんなわたしとは正反対の余裕そうに話を進める筒井さん。それが、彼女の精いっぱいの強がりだということに気付いたのは、随分後だった。
すると彼女は昔話をしたいと言い始めた。しかも、こちらに拒否権はないと無茶苦茶なことを言って。渋々ではあるが了承すると。
彼女は優しい頬笑みをたたえた変わらぬ余裕な顔でわたしに昔話を始めた。
「わたしと了は生まれたときから、何をするにでも一緒だった。お風呂に入るにしても、寝るにしても。毎日一緒だった。でも、それも小学生まで。中学に入ると恋人だと勘違いされることが多くて、それが煩わしくなっちゃってね。その頃はお互い恋愛対象じゃなかったから。だけどそのころからお互い告白されることが増えて、わたしたちは恋人との時間を大切にするようになったの。でもなぜか2人とも長続きしなくて。結局は2人でいたの。そんな感じで中学を卒業して同じ高校に進学した。高校でも中学と一緒なんだろうなーって思ってたら、高1のとき、わたしたちに告白してきた人がいたの。お互いフリーだったからなんとなく付き合ったんだけど、それが2人とも恋人に本当に惚れちゃったのよ。そうすれば必然的に大切なのは幼馴染とのじかんより恋人との時間。2人でいることが極端に減ったの。わたしは彼に全てを捧げた。何もかも彼が中心で。それぐらい彼が大好きだった。高校生ながらに結婚も考えたわ。それは了も同じ。とっても幸せだった。そこから1年ぐらいかな。すべてが終わって始まったのは。高2の夏にわたしと了はお互いの恋人に同じ所に呼びだされたの。2人で何かなーって呼びだされた場所に行ってみると、そこには信じられない光景があった。わたしたちの恋人が抱き合ってキスをしていたの。すぐに分かった。わたしたちは遊ばれていたんだって。騙されていたんだって。あの時のあいつらの顔は絶対に忘れない。悪びれる様子もなく、笑って言ったの。『ごめんね。あなたたちのことは遊びだったの。こういう遊び、やってみたかったんだー。最終的にネタばらしして、悔しそうな顔を見るの。今のあなたたちみたいなね!あはは!』ってね。家に帰って2人で落ち込んだ。そして気付いたらキスをしてた。多分、お互いの傷をあの行為で舐めあっていたんじゃないのかな。そしてわたしたちはお互いの傷をなめあうために、そして同じような目に合わないために付き合い始めた。わたしは了に本気になるつもりなんてなかった。でも、気付いたら本気になってた。了が誰よりも好きになってた。了もそうだったと思う。わたしたちは誰よりも長くいた分、相手の感情が分かるから。でも大学は離れちゃって。辛かったけど、わたしは我慢した。半年に1回しか会えなくても、わたしは我慢したのよ。…でも、それも2年生までだった。最初に白旗を上げたのは了だった。『好きだから、たまにしか会えないのが辛い。別れた方がお互いのためだ。別れよう』そう言われた。わたしは別れたくなかったんだけど、了が大切だから、了が辛いなら別れようと思ったの。それでわたしたちは別れた。これがわたしと了の過去。ね?あっけないでしょ?」
10分くらいで終わった2人の過去。たった10分だけど、そこには確かに2人の絆があった。
わたしは溢れそうになる涙を堪えて、
「了は、あの時、筒井さんしか見えてませんでした。わたしなんか眼中にもなかった」
と言った。
そう言うと、筒井さんは嬉しそうに「そう…」といつの間にか来ていてすっかりぬるくなったカフェオレをすすった。
そしてカフェオレをソーサーに戻すと、わたしをまっすぐに見て、
「この前、あなたたちの幸せそうな姿を見てわたしは身をひこうと決めた。この婚約は破棄するつもり。あなた、了のこと生涯ちゃんと愛せる?」
と、どこか寂しそうに聞いてきた。
この目を裏切ってはいけないと、直観に近い部分で思った。
わたしも筒井さんの目をまっすぐに見て、
「はい。必ず」
と確固とした意思を持って答えた。
筒井さんは安心したように、そして満足そうに笑って、鞄から10000円札を取り出し、
「お幸せに」
と言ってわたしに押しつけるように手渡した。
「今回のお詫び。もうそろそろ了が来るはずだから、2人で楽しんで」
困惑するわたしに綺麗に微笑んだ筒井さん。
「ありがとうございます」
深く頭を下げた。いろいろな思いを込めて。
「あ、1つ。わたしが彼のことを好きなのは口が裂けても言っちゃだめよ」
「それはもう。分かってます」
「あと、了に明日、いつもの喫茶店に6時に来るように言っといて。話がしたいと」
「…分かりました」
察したわたしに変わらない笑顔で微笑んで彼女は「今回のこと、本当にごめんなさいね」と言い残して、去って行った。
それと入れ違いのように入ってきた了。そうとう動揺しているのか、椅子に足をぶつけている。了はわたしをみつけると店員さんの制止を振り切り、駆け寄ってきて、
「沙良は?」
と聞いてきた。
「帰ったよ」
「え?」
「用事を思い出したんだって。沙良さんがお詫びに2人で食事をしてって、お金をくれたの」
了は綺麗な顔に困惑の色をにじませながら、椅子に座った。
「それならいいけど…。何を話したんだ?」
「秘密。あ、明日6時にいつもの喫茶店で待ってるって沙良さんが言ってたよ」
「え?」
「絶対に行ってね」
念を押すと、了は困惑しながらもうなずいた。
そこからは、2人で食事を楽しんだ。2人とも、どこかで沙良さんのことを考えながら。