Ⅳ
それからわたしたちは、母たちに迫られても、何かと理由をつけて断わり、結婚式の会場を探すでもなく、衣装を選びに行くでもなく、ただただ連絡をとらない日が続いた。お互い、このままじゃ駄目だと分かっているけれど、どうしたらいいのかすら分からない。
あの日から、気付いたら時が流れて、わたしは新入社員として会社に入社してからすでに1カ月が経過していた。
中山隆太は、わたしの会社と割と近い会社に勤めていて、わたしが帰る時間になると1週間に3日の確立でわたしの会社の前に立っていて、そのまま一緒に食事に行っていたりしていた。
「では、お先に失礼します」
仕事がはかどり、いつもより定時ぴったりに上がれたことに大きな幸福を覚えながら、荷物を手に取った。
「お疲れ様ー」
棒読みのセリフを背中に受けながら会社を出ると、わたしの目の前を了が通り過ぎた。
了はわたしに気づいていないらしい。
それもそのはずだった。
彼の隣には、とてもかわいらしい女性がいたのだから。
幸せそうな2人。
お互いがお互いをとても大切にしていることが分かる。
ああ、あの子が了の彼女か。
妙に納得した自分がいた。
わたしは都会らしいゴミゴミした空を見た。
(なんだ。わたしが入る隙なんて、ないじゃない)
わたしは話したこともない彼女に敗北を認めた。
わたしの瞳から1筋の涙がこぼれた。
そこからわたしは早かった。
まずは彼女と話そうと思い、連絡先を知っているという隆太に彼女の連絡先を聞いた。
「彼女に嫌がらせでもするつもり?」
ニヤニヤと聞いてきた隆太。
そんな彼の頬を引っ張りながら、わたしは優しく微笑んだ。
「違う。解放してあげるの」
隆太は何かを察して、顔を引き締めた。(顔を引っ張られながらだから面白いことになってるけど)
隆太の頬を離してあげる。
「…決着をつけるつもりか?」
「ええ。わたしは了が好きなの。だから彼の幸せを作ってあげるの。その幸せを邪魔したわたしがいうセリフじゃないけどね。…そして、謝るわ」
「終わったら俺と食事に行こう。慰めてあげるよ」
「フフッ。期待してるわ」
わたしはその場で彼女にメールをした。
『こんばんは。私は了の幼馴染の沙良と言います。あなたとお話をしたいので、明日、会えませんか?時間は6時。場所は○○駅前のレストランで。このことは了には内緒にしておいてください』
一方的なメールを送りつけて彼女からの返信を待つ。隆太はジー、とわたしを見ている。その目は、わたしを応援しているようで、どこか心強く感じた。それでわたしは気付いた。わたしが自分でも気付かないうちに緊張していることに。
彼女からの返信はすぐに来た。
『分かりました。わたしもあなたとお話がしたいと思っていたので丁度良かったです。了には秘密にしておきます。では、明日』
わたしはフーッ、と息を吐いて目の前にいる隆太に微笑んだ。
「明日が、決着の日よ」
次の日の6時。
わたしは時間きっかりに約束のレストランに着いた。彼女はすでにいて。わたしを見つけると軽く会釈をした。わたしも返す。
彼女の目の前に腰を下ろすと、カフェオレを頼み彼女の顔を改めて見た。
可愛らしく、美人としか言われたことがないわたしとは正反対の顔立ちをしていた。
「こんばんは。川崎桃花と言います」
見た目に負けない可愛い声で自己紹介をしてくれた川崎さん。その声が固いのは仕方がないのかもしれない。わたしは、態度だけは余裕を持たせていようと決めていたので、やわらかく微笑んで、自己紹介を返す。
「筒井沙良です。…今日、あなたを呼びだしたのは、わたしたちの婚約についてなの」
「だろうと思いました」
声こそは固いものの堂々としている彼女。見た目とは裏腹に強い。
「あなたは、何も言わないの?わたしたちの婚約に。あなたが一言嫌だって言えば、この婚約は白紙に戻せるかも知れないのよ?」
「…それは、なんか許せなかったんです。彼にも、筒井さんと同じことを言われました。だけど、わたしは筒井さんと了の間でちゃんと決着をつけてほしかったんです。だから、わたしは今回のことには口を出さないようにしようと思いました」
驚いた。
彼女は強く優しい。
そんな川崎さんに了は惹かれたのだろう。
わたしは、彼女に話すことを決めた。わたしと了の過去を。それを知った上でわたしは身を引き、彼女には了と幸せになってもらおう。
「…昔話をしてもいい?」
「…え?」
「まぁ、あなたに拒否権はないけど。わたしと了が恋人だったころの話。大丈夫。そんなに長くはならないわ」
フッ、と笑うと、彼女は「分かりました」と答えた。
そして、わたしは話し始めた。わたしと了の過去を。