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「わたしと了が婚約者…?」

 自分の耳を疑った。

 そして、この人たちは、頭のネジが吹っ飛んでしまったのかと思った。

「ちょっと待ってくれよ!なんでそんな話になってんだよ!」

 隣でガタッ、と大きな音を立てて立ちあがった了がお母さんたちに怒鳴る。

 しかし、お母さんたちは涼しい顔をして

「だって、わたしたち早く孫の顔が見たいんだもの」

 とお母さん。

「そうよ。2人の子供ならきっと可愛いわ!」

 本当にうれしそうなおばさん。

「ちょっと待ってくれ。俺と沙良はもうとっくに別れてる。沙良だって嫌だろう?な?」

 困り果てた顔でわたしに同意を求める了。

 このとき、わたしには魔が差したんだと思う。

 このとき、わたしが嫌だと言っていれば、了もあんなに悲しむことはなかっただろう。わたしの、いや、わたしたちの最大の間違いは、わたしがこのとき言った


「別にいいわよ」


 という言葉だろう。

 了の顔が驚愕の顔に変わる。了の顔を見ていた訳ではないけれど、そこは幼馴染。手に取るように分かった。

「ほらぁ。沙良ちゃんは良いって言ってるわよ?了も沙良ちゃんのこと嫌いじゃないんでしょ?決まり!2人は今日から婚約者ね!」

 おばさんの弾んだ声がクリアに耳に響いた。丁度良かった部屋の温度が分からなくなった。

「じゃあご飯にしましょ?私たちあなたたちのために頑張ったんだから!」

 おばさん以上に弾んだ声でお母さんが手をたたいた。

 もしかしたらおばさんより、お母さんの方が婚約を喜んでいるのかも知れない。

 その理由は分かっているけど。

 わたしはお箸を手に持ち、好物ばかりが並ぶ食卓を一通り見まわした。これを4人で食べきれると思ったのか?と疑問に思わざるを得ない程所せましと並べられている。

「いただきます」

 了もわたしに続いてお箸を手に持つ。

 食事中は久しぶりの了との食事なのに会話が弾むはずもなく。好物のはずのおかずの味が、よく分からなくなっていた。



 次の日。

 わたしはメール受信を知らせる音で目を覚ました。

 メールの差出人は了。

『話がある。今からいつもの喫茶店で会えないか?』

 やっぱり。と思った。

『いいよ。1時間後で』

 短く返信をして携帯を乱雑に置く。

 昨日、あの後、わたしたちの間には気まずい空気が流れていた。お母さんたちは有頂天で気づいていなかったけど。

 了もわたしも何も気にしてませんという風を装っていたけど、お互い、動揺していることがもろバレだった。しかも了は、本人は気付いていなかっただろうが、わたしとの婚約に最後まで抵抗の雰囲気を醸し出していたし。そしてわたしは分かった。多分、了には新しい恋人がいると。

 

 1時間後。わたしは学生時代、了と学校帰りによく寄り道をした喫茶店に来ていた。わたしたちの間でいつもの喫茶店と言ったら、ここしかない。

 久しぶりに来たけど、全然久しぶりという感じがしない店内に入り、広くない店内を見渡すと、一番奥の席に了が難しい顔をして座っていた。

「了」

 声をかけ、歩み寄る。

「沙良、悪いな。呼びだして」

「別にいいよ。…あ、カフェオレ2つ」

 丁度注文を取りに来た店員さんに了の分と合わせて頼む。

「サンキュ」

 難しい顔を変えず、了にお礼を言われた。

「…それで、話って?」

 嫌になるくらい冷静な自分がいる。

 了はせっかちなわたしの性格を知っているので、直球にわたしに話をし始めた。

「婚約のことだよ」

「やっぱり」

「…沙良には言いづらいけど、俺、沙良と別れてから彼女ができた。今も付き合ってる。経済的に安定したら結婚も考えてるんだ。沙良も、俺と婚約なんて嫌だろう?…婚約解消しないか?」

 真剣な顔で訴えてくる了。その顔で了がどれだけこの婚約を拒否しているのかが手に取るように分かった。彼女がいる、という予感は当たったけど、結婚を考えているなんて思いもしなかった。

 ふと思った。

 わたしはこんなに大切にされただろうか?

 と。

 そう思い始めるともう止まらなかった。胸の中が、悲しみやら怒りやらでぐちゃぐちゃになっていく。

 わたしの方が、絶対、彼のことが好きなのに。

 その刹那、わたしの心に住む悪魔がわたしに甘く囁いた。言えと。

 

「嫌よ」


 このときの、あなたの顔をわたしは絶対に忘れない。

 わたしの言葉によって絶望に染まった、あなたの顔を。


「…なんでだよ」

 声を出すのが精いっぱいみたいな弱弱しい声でか細く言った了。

 わたしの胸の中にはさっきみたいな感情が居座っていたけど、わたしはひどく冷静で。了の絶望の顔をどこか客観的に見ていた。

 でも、わたしはどうやったって可愛くなくて、最低な女だった。

 了との婚約の理由を。

「…お母さんのためよ」

 ただ自分が了が好きだからとは言えず、母のせいにするなんて。 

「…おばさんのため?」

「ええ。わたしの家って小さいころにお父さんを亡くしたでしょ?わたしも仕事を始めるからいつかは家を出るかもしれない。でも、わたしたちが結婚して子供が産まれたら、お母さん絶対喜ぶ。それが了との子だったらなおさらだよ。お母さん、本当はわたしに仕事につかずに早くお嫁に行って欲しいのよ。だから、わたしはお母さんの願いを叶えてあげたい。だから、わたしは了との婚約を破棄しないわよ」

 いつも通りのあまり抑揚のない声で無感情に言い切った。

 了の眉間にしわが寄っていく。

「…それなら、俺じゃなくてもいいだろ?俺には結婚も考えている彼女がいるって言っただろ?大学で、沙良がいない寂しさで落ち込んでた俺を元気づけてくれたのが彼女なんだ。別れたくないんだ」

「勝手に向こうの大学に行くって言ったのはあなたでしょ?わたしに相談もしないで」

 鋭いわたしの切り返しに了は閉口した。

「彼女とは別れて」

「…無理だよ。それを言うなら、沙良だって、相手は別に誰でもいいだろ?」

 最低な言葉を口にしたわたしに、了も最低な言葉で返してきた。

 無意識のうちにわたしの顔がゆがむ。了はそれに気付かずに口を動かし続けた。

「そうだ。俺の知り合いに、沙良のことが好きなやつがいるんだ。いい奴で絶対幸せにしてくれる。そいつと会ってみたらいいんじゃないか?」

 バシッ!!!!

 店内に大きな音が響いた。時が止まる。わたしが作り出した空間だ。なぜなら、了のセリフに我慢の限界が来て、了の頬を叩いたのだから。

 今まで生きてきた中で一番むかついて、最大の力で殴ってしまったので、パシンッではなく、バシッという音が響いたことは致し方ない。

 目を見開いく了。

「…帰るわ。婚約は絶対に破棄しないから」

 無駄な時間を過ごした。

 1000円をテーブルに叩きつけて、わたしは店を出た。

 

「人の気も知らないで、馬鹿じゃないの!」

 了と別れた後、悪態をつきながら帰路をたどっていると、

「もしかして、沙良ちゃん?」

 と肩を叩かれた。

 いつものわたしだったら、笑顔で振り向くけど、生憎、今日のわたしはすこぶる機嫌が悪い。

「誰よ!」

 と、振り向いた。

 するとそこにいたのは、なんともかっこいい今風のイケメン。

 彼は、わたしの顔を認識すると、感激したように顔を緩めた。

「本当に沙良ちゃんだ!俺、了の友達の中山隆太(ナカヤマリュウタ!了に君の写真を見せてもらってから一目ぼれしちゃってさー!仕事でこっちに引っ越してきてよかった!ね、今1人?これからどっかでかけない?」

 第一印象はとても軽い男。

 わたしはこんな男を何度も見てきた。そして、最終的に良い終わり方をしない。冷たく接するのがお互いのためだ。

「あなたが了の友達。さっき了に言われたわ。あなたに会ってみたら?って。でもお生憎様。わたし、あなたみたいな出会い頭にそんな非常識なことを言う人とは付き合わないって決めてるし、仲良くしたいとも思わないの。もうひとつ言わせてもらえば、わたしは今、すこぶる機嫌が悪いの。分かったらとっとと失せて頂戴」

 刺々しく言うと、目の前にはぽかんとした顔の中山隆太。

 すると、中山隆太は、アハハッと笑いだした。

「本当に了の言った通りの人だ!俺の好みドンピシャ!沙良ちゃん!ね、付き合ってよ!」

 この男は馬鹿なのかと思った。

「ふざけないでよ。それにわたしは好きな人がいるの!」

「了だろ?」

 体が固まった。この男はどこまで知っている?

 彼はそんなわたしの心のうちを知っているかのように、

「全部知ってるよ。あいつ、そんなに友達いないから。全部俺に話すんだ。大学時代、君と付き合って相思相愛だったこと。だけどそれが災いして…」

「うるさい」

 彼の言葉を遮った。その先は言ってほしくなかった。

 そんなわたしの心境を知ってか知らずか、中山隆太はフッと笑って、

「あいつは諦めなよ。さっさと婚約解消して、俺のとこにきな。沙良ちゃん」

「…婚約解消はもしかしたらあるかも知れないけど、あなたの所には行かないわ」

 フンッ、とそっぽを向いて、わたしは歩を進めた。

 あいつの言うことは事実だからむかつく。

 嫌いあって別れたのだったらどれだけ楽だっただろう。

 好きなのに別れる方が、ずっと辛い。

 わたしは溢れそうになる涙をグッ、とこらえた。

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