Ⅱ
あの時、わたし、筒井沙良は22歳だった。
就職先も決まり、あとは大学の卒業を待つだけの身だった。元々人との交流を好まないわたしは毎日ごろごろして、暇をもて遊ぶ日々が続いた。
そんなわたしには幼馴染がいる。
佐々木了
かっこよくて、優しくて、頭もよくて、運動神経も抜群。
まさに、完璧人間。
わたしたちは、小さいころからいつも一緒で、どこへ行くにしても、離れたことなんてなかった。
だけど、それが変わったのが、高校の卒業式。
わたしは地元の大学に進学することが決まっていた。勿論彼もわたしと同じ所へ行くものだと勝手に思い込んでいた。
だけど違った。
彼は、地元からじゃ通えない、遠い大学へ進学することになっていた。
さびしくなかったと言えば嘘になる。
彼の引っ越しの日、わたしは涙を堪えるのに必死だったのだから。
…まぁそんな感じで、お互い離れ離れになった。
大学生活は毎日楽しくて、忙しくて、了のことを思い出すことなんてなかった。
だけどわたしは信じていた。わたしと彼の間にある絆みたいなものを。
…そして4年後。
こちらで就職が決まり、地元に戻ってきた彼の傍らには、彼の彼女がいた。
「沙良!」
「了?」
ドクン、と心臓の音がした。
久しく会っていなかったわたしの思い人であり、幼馴染の声がしたから。
「沙良…。久しぶり」
これから出かけるのか、ラフな格好をしている了がこちらに駆け寄ってきて、わたしにそう声をかけた。わたしたちの間に、若干気まずい空気が流れる。
「だね…。こっちで就職決まったんでしょ?おめでと」
「ありがとう。…本当にごめんな」
了が何を謝っているのかなんてすぐに分かった。
了は、本来自分から謝ることなんてしない。完璧に自分の否を認めてからじゃなきゃ、総理大臣に謝罪をしろと言われても、絶対にしない。
その彼が唐突に、しかも自分から謝る出来事。そんなものは、わたしたちの間では数えるほどしかないが、今の状況などを考えると、1つしか思い当たらなかった。
「…あれは、お互い了承したうえでのことよ。今さら気にしないで?」
無意識に顔が下を向く。
その態度で了は、話しをそらした。
「…沙良も就職決まったんだろ?さっきおばさんに挨拶行ったとき嬉しそうに話してくれたよ」
「うん。小さいけど、出版社にね」
話しを逸らしてくれたことには感謝するが、悪くなった空気はどこかへ行ってはくれない。お互い、どうにかして空気を盛り上げようとする。だけど、それはあまり効果がない。
「これから出かけるの?」
了といることで、ドキドキと何とも言えない空気で疲れてしまったわたしは、早く話を切り上げようとそう話をふった。
すると、了は、あれ?という風に首をかしげた。
「おばさんから聞いてない?この後、みんなで俺の家で食事するって」
「…聞いてないけど」
思わず眉をひそめた。
あの母のことだ。絶対にわたしに伝えることを忘れているに違いない。
了もそのことに気付いたのか、苦笑いをして、
「約束の時間までもうすぐだから、このまま一緒に行こうぜ?」
と言ってくれた。
確かに、もう夕飯時の時間だ。近所の小学生が笑い声をあげながら走って帰っていく。
「そうだね」
クスリと笑って了と一緒に足を進める。
わたしたちは、何年かぶりに一緒に歩いた。
「あらー!沙良ちゃんいらっしゃい!」
「おじゃまします」
わたしの家から徒歩5分ぐらいの所にある了の家。
久しぶりにくぐった了の家の門はいつもと少し違って見えた。
「あら。沙良ずいぶん遅かったのね」
リビングからヒョイと顔を出した、我が母。
その顔は嬉しそうに緩んでいて、無性に腹が立つ。わたしは靴を脱いで揃えると、母にグイッと詰め寄った。
「お母さん、今日了の家でご飯だってわたしに伝え忘れてたでしょ!」
「…そうだっけ?」
「そうよ!そこで了に会わなかったら、わたし今日夕飯なしだったんだから!」
「ごめんねー。まぁでも、結果的にこれたんだからよかったじゃない」
わたしの怒りをいなして知らん顔をする母。怒ってるこっちが馬鹿みたいだ。
「まぁまぁ、そのぐらいにして。夕飯出来てるから、食べましょ?それに、大事な話もあるし」
やわらかな物腰で仲裁に入ったおばさん。人間が出来てる。
それにしても。
「大事な話?」
「なんだよ、大事な話って」
了がきくと、母2人はにんまりと笑って、
「気になる?」
と聞いてきた。
その顔に若干イラッ、としつつも、抑えて
「聞きたい」
とわたしが言うと、
「やっぱりそうよね!聞きたいわよね!いいお知らせだし、食事の前に話しちゃいましょうよ」
と母がおばさんに言った。
お知らせ?
了と顔を見合わせて首をかしげる。
一方で母たちは
「そうね!じゃあ2人とも、入って席について!」
とわたしたちを促して、席に座らせた。
母2人も座るのを待って、了が再度聞いた。
「それで、話って?」
母たちはその問いに、待ってましたとばかりに声を揃えて言った。
「あなたたち、今日から婚約者よ」