おもい
どこの学校にも有名なことは1つや2つ、3つ4つとあると思う。
部活動が大会などで優勝したり、地域貢献で好感度が高かったり、その反対に悪いことで有名だったり…とかね。
俺の学校で1番有名なことといえば、多分知り合いにいる年の差カップルのことだろう。
つまり、3年の白木澪先輩と1年の桃川陸のこと。
まだ夏前だというのに急にくっつくものだから周りは驚いたけれど、そんなことは些細なことだった。
実はこの2人、かなり有名で成績優秀であり学級委員を任されるような人望の持ち主でもある。
まあそういった理由から顔を知らなくても数多くの生徒から慕われているし、お似合いだと10人が10人、そう言うだろう。
他に有名になった理由としては、決して冷やかしが入る程のラブラブぶりなどではなく、穏やかで互いを思いやる夫婦、とでも言える雰囲気に生徒はもちろん、教師でさえ憧れを持つということらしい。
そんな2人が付き合ってそろそろ3ヶ月を迎えるだろうってときに、事件は起こった。
2人が初の、しかも大ゲンカをしたのだ。
廊下で目を合わせないのは当然、ときには声を荒げて口論することもあるのだとか…。
理由はまだ不明だと噂ではいわれているが、当事者以外で知っているのは俺だけだと思う。
俺とこの2人の関係は、部活の先輩と後輩。
そしてこの2人の相談相手…。
そのことは2人とも知らないんじゃないかな。
ただ信用している後輩、先輩ってぐらいだろうし。
いやまあそれで光栄だし、だからこそ、こうして2人の言い分を聞けるわけだが…。
白木先輩の言い分。
「陸ったら酷いのよ!私が受験勉強で忙しいのに、メールだ電話だって!それで少し気付かないでいたら、すぐさま家に電話するの!浮気なんかじゃないっていうのに、この束縛が意味わかんない!私はそんな信用ないっていうの?」
桃川の言い分。
「澪さんは受験勉強で忙しいっていったって、バイト先の喫茶店に遅くまでいるんですよ!信じられますか?同僚の方に教わっているとしても、同僚の何人かは澪に気があるっていうのに…。澪さんの受験は応援したいですが、彼女の男性関係を恋人として心配するのは当然じゃないですか!」
白木先輩の言い分。
「夜遅くまではいないわよ!まあ遅くても21時にはあがらせてもらってるし…。それに、暗くて危ないからって帰りは駅までバイト先の先輩と一緒に帰るもの!もちろん女の先輩にね。私のことより陸はどうなのよ!私が受験で本格的に忙しくなる前に、出かけようとしてもいっつもクラスの女の子達と遊びに行ったりしてるくせに、私には何の知らせもないままなのよ!酷いと思わない?しかもデートの約束をしてた日にも出かけてるのよ!」
桃川の言い分。
「行事があったらクラスの子と遊び行くのは普通だとは思いませんか?役職が役職だから事前の買いだしは率先しないといけないし、打ち上げとか参加しないとあいつ空気読めてないとか言われて、ハブられるの嫌ですし!澪のさんクラスは盛り上がっても女同士、男同士の打ち上げで、自分のクラスみたいに男女一緒じゃないからそんなふうに思うんですよ!それに打ち上げのことでとやかく言うなら澪さんの場合、委員会でいつも男子と話して頼ってるところを見てもオレはグッ…と我慢してるっていうのに!大事な仕事が多いし、自分はまだ知らない仕事だから何も力なれないし…。だから、それぐらい自分としては我慢してほしいって思いませんか?」
と聞けば聞くほど話はややこしくなる。
普段温厚な2人だからこそ火がつくと一気に爆発するのだろう。
どうしたものかなぁ……。
「何ですか、話って?」
相談にのってから、だいたい1週間がたった頃、俺は桃川を呼び出した。
「や~悪いな。急に呼び出したりしてさ。」
呼び出し場所は部室。
よほど大きい声を出さなければ周りに洩れることはない。
この2人の人気ぶりにこういった接触をはかるとすぐ聞き耳立てる部外者が多いんだから困ったものだ。
「…白木先輩のことでちょっとな。」
先輩の名前が出た途端に顔をこわばらせる桃川。
「…澪のことで何かあるんですか?」
まだ何かいいたそうな顔してるなあと思いつつ、俺は言葉を続ける。
「その前にお前さ、白木先輩のことどう思ってんの?まだ好きなの?それとも嫌いになった?このままだとお前ら別れるぞ?」
矢次早にいってしまったからか桃川はさすがにたじろぐ。
「それは…。」
「お前だって分かってるだろ?あの白木先輩をこのままにしたら、他のやつが行動するってことぐらい。」
そのことを言った瞬間、桃川は俺の胸ぐらを掴み、詰め寄った。
「それ、誰ですか!誰か澪さんに告白しようとしてる人がいるってことですよね!?」
「…仮にも相談相手の、しかも先輩にその態度…か。」
そう呟くと桃川ははっとしたように手を離した。
「すみませんでした…。先輩に失礼な態度をとってしまい…。」
「いいさ。誰だって彼女に告白するやつがいるってきいたら気になるとこだ。が、しかし、相手の名前は教えられない。ただ想いを伝えようとするだけだしな。それを受けるか受けないかは先輩次第だ。ちなみそれは今日の放課後、ここで行われる。まあ邪魔する、しないはお前の勝手だが、お節介な先輩からのお知らせだ。」
それだけ言い残して俺は部室から出た。
どうなるか見物だなぁと軽く期待しながら。
「先輩、やっぱり元気ないですね。」
放課後、部室に白木先輩を呼び出した。
これは相談をきくこと以外を目的として。
「…そう見えるかしら。」
そう力なさげに微笑みつつ長い髪を耳にかける先輩。
「先輩って元気ないときは髪を耳にかけるんですよ。知ってました?」
「私のことよく見てるのね。なんだか意外だわ。」
そう苦笑していう先輩の目には隈が出来ている。
しばらく寝てないのだと考えると、なんだかその寝れない理由である桃川に文句を言いたくなるほど先輩の顔には似合わないほどひどい隈である。
「その隈や元気のない原因、やっぱり桃川のこと絡みですよね?彼氏、いや元彼っていうべきですか。」
「それは…どういう意味?」
この話には少し興味があるようでさっきから床に向けていた視線を俺に向けた。
さっきとは違い、ハッキリと敵意を感じさせる視線を。
「あいつ結構人気あるんですよ?2人がこのままだとケンカ別れしたってみんなそう思います。そうなったら誰かが告白してきてもおかしくないとは思いませんか?。」
「…陸に?」
「もちろん先輩も。」
「私はそんなことないわよ…。」
ニッコリ微笑んでいっても先輩は声を震わせて視線を床へと戻す。
まだ圧しが弱いか…。
「先輩がいつも気張って周りからのプレッシャーに耐えてること、俺知ってますよ。」
「プレッシャーだなんてそんな…。」
「先生方からは好成績を、クラスメートからは頼れる存在を、後輩からは慕われる先輩を。そうやって頑張っている先輩を俺は、いつも見てきました。」
一気に、畳み掛けるように、一歩一歩近づきながらそう伝える。
「…それはどういう意味かしら?」
自分に近づいてきたことに気付いたのか視線を俺へと移す先輩。
少々不安げな顔をしているのは、このあと続く言葉を察しているのだろうか。
「自分も先輩争奪戦にエントリーしたいんです。いやー裏方にいるのもそろそろ限界なんですよー。それに、桃川だけが先輩を理解してるとは思ってほしくないんです。」
ここで一旦切り、一息入れた。
いくらなんでもこの言葉を続けていうには酸素が足りない…。
「俺、先輩を好きなんです。」
その言葉をきくなり先輩は顔を真っ赤にしてしまった。
こんなかわいい状態をあいつは独占出来るのかなんて思うと、それはちょっとうらやましい気がする。
「急にそんなこと言われても…。」
先輩が言葉を濁したその時、部室の扉が勢いよく開いた。
あまりに勢いよく開けるものだから扉が壁にぶつかってすぐ戻ってくるほどに。
「どこの誰だか知らないが、澪さんの彼氏は自分だけです!自分が1番澪さんを好きだから! …って先輩じゃないですか!?」
部屋に入るなり先輩に負けず劣らず顔を真っ赤にしてそう叫ぶ桃川が現れた。
もちろん最後のほうは自分の彼女に告白している相手にびっくりして。
「陸!…ごめんなさい!陸の気持ち考えなくて…ほんとうにごめんなさい!」
対する先輩は桃川を見るなり泣き出す始末。
「え??あ、えっと…。これは一体どういうことですか??」
1人状況を理解してない桃川の頭の中には、多くの疑問符が飛び交ってるんだろうなぁと、少し冷静になって考えてみる。
「もしかして…。澪に告白する人って先輩のことなんですか?」
すうと目が細くなり俺を睨んできた。
いやはや、彼女に手をだそうとしている相手への男の睨みは年下であってもなかなか迫力のあるものである。
「そうよね…だったらちゃんと答えなきゃよね。」
そう言って先輩は目元をぬぐり、俺をまっすぐ見て厳しい顔もちで見つめた。
これがさっきまで泣いていた人の顔だとは信じられないほどなんだから、ほんっと先輩はさすがだ。
「あのね…。」
「[見ればわかると思うけど]でしょ? さすがにそんなこと[見れば]わかりますって。…ただ1つ、2人とも勘違いが。」
「勘違い…ですか?」
「それってどういう意味なの?」
先輩の言葉を奪い、そう伝えると、思っていた通り、2人はなんだろうって顔をして自分を見つめる。
なんだか今日は見つめられてばっかだなぁと、思いながら俺は言葉を続けた。
「ヒント1、最初2人の橋渡ししたのは自分。ヒント2、実は俺は2人の気持ちはわかっていた。そしてヒント3。ここはどこの部室で、俺の役職はなんでしょーか。」
そこまで言うと、2人は思いだしたようで声をそろえて「あ!」と声を出した。
「ここは演劇部で!」
「脚本家!」
2人で1つの答えを出され、やっぱり2人はお似合いだなぁと思い、俺は思わず笑ってしまった。
「せーかい。2人がケンカしたせいでまともに活動してないから、一芝居うってみました。まさかここまで台本通りとはねぇ。」
俺はにやりと笑い、ブレザーのポケットからある紙の束を出した。
それが今までの行動を軽く書いた〝台本″である。
「…すごーい!脚本だけじゃなくて演技の才能もあるんだね!騙されちゃった!」
「どこが裏方仕事しかできないですか!これからは役者もやってくださいよ!」
「まさか全部よまれてたなんて。驚きだわ!」
「全て先輩の計算通りとか…。すご過ぎますよ!」
とつぎつぎと2人から賞賛の言葉をもらった。
そういってもらえるのは脚本担当冥利につきるが、計算通り…ね。
少しミスったとこあったけど、やっぱり、2人は笑っていたほうがいいや。
そう思いながら俺は、俺が作った台本を見て笑いあう2人を見て静かに微笑んだ。
どこの学校にも有名なことは1つや2つ、3つ4つとあると思う。
俺の学校で一番有名なことといえば、知り合いの年の差カップルのことだ。
『相思相愛』って言葉がよく似合う2人。
1度は大ゲンカしたものの、仲の良い恋人同士のような雰囲気には多くの生徒からの憧れの的として有名になった。
噂ではそれを仲介役として活躍した生徒がいるらしく、恋愛に燃える生徒がその人物を探している、らしい。
裏方は裏方らしく後ろで地味に、決して目立たず、しかし最高の仕事をするものだとは思う。
ヒロインやヒーローが困っていたら、なんとかするが俺の仕事だし。
たまには主役になってみたかったんだけど…ダメだったんだから仕方ない。
まあ騙されてくれたんだから結果オーライだよな。
「やっぱ俺ってお人好しかなぁ。」
そう過去のことを思い出すと俺は呟いていた。
そして少し駆け足で今日もお似合いの2人のもとへ駆け出す。
「あ、やっときましたね。」
「遅いわよ。」
2人は今日も遅くなった俺を笑顔で迎えてくれる。
大好きな人には笑顔でいてもらいたいから、俺も笑顔でこう伝える。
「相変わらず、今日もお2人さん、仲良いですねー。」