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悠久の世界は月のために  作者: 鳴海
第2章
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4 追跡

「そう。たぶん白い服を着てるんだと思う」


「白い服を着ている人を探すのは容易ですが、あなた方を襲ったのが誰かをその情報だけで特定するのは不可能だと思います」


 月宮は先ほど射干玉が見たという影のことを長月に報告していた。アリスや如月でもよかったのだが、なんとなく彼女たちは避けたいと思い長月を選んだ。


 白い影の正体を探るため、射干玉がそのあとを追っている。暗器使いだからといって武器だけを隠し持っているわけじゃなく、どうやら正体を隠すいつものコートをどこからともなく取り出し、それを着て駆け出していった。


「それらしい奴が見つかればいいんだ」


「難しい注文です。それらしくない振る舞いをできる相手かもしれませんよ? あなたもその部類ではありませんか」


「そのときは……まあ、同族の勘が働くんじゃないか?」


 たとえそれらしく振る舞っていても、些細なことで正体を晒してしまうこともある。一般人に紛れようとして、その行為が逆に一般人らしさから逸脱している場合も考えられないわけじゃない。意図していないところで、やりすぎてしまうのだ。


 その様を確認できれば、特定するのは難しくないはずだ。


「期待はできませんね。多数の目があるからといって、死角がないわけじゃありません。入念な調査を行っているのだとしたら、その目を避けていることでしょう」


 ただ長月の言うことは正しく、その様を確認するまでが困難であるため、監視カメラの映像を頼る手段は好ましくない。やはり特定に繋がるのは今その影を追っている射干玉である。


「それに、なにも道の上を歩くだけが移動ではありません。《欠片持ち》であれば、立体的な移動ができるでしょう。もちろん、そうでなくとも訓練を積んだ者ならば、少しの足場さえあれば建物を登ることも容易です」


「お前たちみたいなのはいないと思うけどな」


 長月や如月は姫ノ宮学園に在籍している間に、様々な訓練を受けている。日神ハルを守るための術を得ることは、つまり日神ハルに向かう者を排除することだ。逃走や撃退などではなく、その脅威を完全に排除する。


 相手を逃さないための術も体得していることだろう。相手がどんな逃走術を使おうとも、それを無効化できるだけのものを持っている。


 月宮は白い影の正体を長月たちのような訓練を受けたものだと思っている。まだ確信しているわけではない。そうするために確認すべきことがあった。


「それは、あなたにも言えることでしょう」


 意外といるものだ、と月宮は内心で呟いた。


 鏡映しのような魔術師。


 到達しうる可能性の一つだった剣士。


 酷似しているのはこの二人だが、近しいだけでいえばもう二人は思い浮かべることができた。


「とにかく、疑わしい奴を見なかったか?」


「今し方報告を受けたばかりですから、まだ確認していません」


「監視カメラの映像を見てたんだろ? そのときに不審な奴はいなかったかって訊いてるんだ」


「……どうしてそれを?」


「白い影については報告したが、同行していた奴のことは言ってない」


 なるほど、と長月は自分の失言に気付いたようだ。


 月宮は射干玉のことを話していない。秋雨にも、茜奈にもだ。月宮が射干玉といることを知っているのは発端を生みだしたアリスだけで、そのアリスも誰かに吹聴しているとは考えられなかった。


 だから長月が「あなた方」と言うには、月宮をどこかから見ている必要があり、課題の終わっていない如月のことだから、事務所に居座っているのだろうと考えたのだ。パソコンという気分転換になるおもちゃもあるのだから可能性は高い。


「そういえば、琴音さんのような人影を見ました」


 月宮の心臓がドクンと鳴る。月宮が「白い影」と射干玉から聞いたときにまず連想した人物が彼女だからだ。


「……本人か?」


「おそらくは別人だと思います。ですが、複数の映像で唯一気になったのは、その人影だけでした。なにか異質なものを感じ取ったのだと思いますが、その正体はまだわかりません」


「如月に頼んで解析できないか?」


「そうしたいのは山々なのですが、あいにくトモは不在です」


「どこ行ったんだ」


「すぐわかります」


 長月の言葉に首を傾げそうになったが、彼女の言うとおり、如月の居場所はすぐにわかった。


 気配を感じ、視線を向ける。


 おそらくこの暑い中を走ってきたと思われるのに、如月トモは息一つ乱していない。汗もかいていなかった。ただ不機嫌そうな表情を月宮に向け歩いてくる。


 携帯電話を耳から離し、如月を迎える。


「つっきー!」


 と、如月は大声を出す。壁に挟まれた場所であるため、その声は少し反響した。


 如月は長月とは反対で、そのままの感情を表に出す。故に彼女の不機嫌さを表情だけではなく、声からも察することができた。


「ど、どうした」


「一緒にいた人は! どこ! 誰なの!」


 血眼になって射干玉を探す如月。いつも以上に感情の揺れが激しいように感じられた。感情のままに動くことの多い如月だが、いつもきちんと脳が働き、抑制ができている。しかし今はそうじゃない。


「仕事仲間……かな」


 ふっ、と如月の表情が穏やかになる。冷静になってくれたようだ。


「事務所の人なんだ。でも、今日は非番だし、あっきーの課題を手伝ってるんじゃなかったの?」


「命に関わる借りがあったんだ。だからこっちの頼みを断ることができなかった。秋雨には悪かったけど」


「それじゃあ仕方ないね。うん、わかった。それなら許そうかな」


 いったいなにを許されたのか甚だ疑問だったが、今はそれを言及するよりも、「白い影」の正体を探ることの方が重要なため、憶えていたらそのときに訊くことにした。


 携帯電話を再び耳にあて、如月が訪れたことを報告する。


「そっちで体力を消費させてください。最近部屋に籠りっぱなしですから、たまには身体を動かすべきです」


「母親みたいだな」


「そうなんですか? そんなもの知りませんからわからないです」


「いや……、俺もあまりわからない」


 受話口の向こうから溜息のような音が聞こえてきた。どうやらいつもの冗談に呆れているらしい。そんなつもりはいっさいなかったのだが。


「まあとにかく、そういうことですから、監視カメラの映像の方は任せてください。トモから簡単な操作は聞きましたから」


「わかった」


「それでは」


「あ」月宮は思い出したように声を出した。


「なんです?」


「アリスに報告しておいてくれ。所長がいればそれでいいけど」


「了解しました。他には?」


「いや、それだけだ」


 それでは、と通話が切断された。


 指示を待つ如月を見る。長月の言うとおり、ここのところ彼女は主にバックアップばかりで現場に立つことはなかった。身体を動かした方がいい。事務所にいるかぎり、どんな命令が下ってもおかしくはない。そのときに備えて、感覚を覚えておくべきだ。


 携帯電話をしまい、次のことを考える。


「これからどうするの?」如月が訊く。


「事務所からの指示待ちだな」


 正確にいえば、事務所の意思であるアイリスの指示を待つ。彼女が危険だと判断すれば、その「白い影」が誰であろうと排除すべき対象だ。



     ※



 長月は切り替わっていく監視カメラの映像をしばらく見たあと、その部屋を出て、いつもの部屋に向かった。


 如月一人いないだけで、建物内部は心地のいい静けさが漂っていた。今日はさらに如月に次ぐ喧しさを誇る茜奈もいない。もしかしなくとも、今日は珍しい日だ。こんな日はあの二人がいるかぎり、滅多に過ごすことはできないだろう。


 いつもよりも少しだけ深く息を吸ってみる。悪くない感覚に満たされていく。


 静けさは好きだが、同時に静けさを嫌う自分がいた。矛盾しているとわかっていても、どうすることもできない。


 本来、長月は静寂を好む。しかし姫ノ宮学園で家族を得たことで、その賑やかさに温もりを覚えてしまい、どちらも好きでどちらも好んでいないという矛盾が生まれてしまったのだ。


 いつもの部屋の扉を開くと、そこにはアリスだけではなく茜夏と琴音もいた。珍しい組み合わせだと思ったが、そもそも茜夏が事務所に入ったのが最近であるため、珍しくて当然だった。


「あら、どうしたの」アリスの態度は言葉とは裏腹に興味なさそうだ。「騒がしく出ていった如月と一緒だと思ったけど」


「いつでも一緒にいるわけじゃありません」


 壁際でティーカップを持つ琴音と、ソファで仕事をしている茜夏を横目で見ながらアリスのもとへ向かう。二人とも長月を一瞥もしない。


 如月が残していった課題はテーブルの端に積み上げられていた。まだ捨てられていないようだ。


「月宮湊から報告があります」


 またか、と言わんばかりの表情を一瞬見せたあと、アリスは話を続けるように手で促してきた。長月はそれに従い、月宮から聞いた話をそのまま伝える。


「――と、いうわけです」


「なるほどね」アリスは背もたれに身体を預ける。「また厄介事に関わってるのね、湊は。ほんっと、いったいどんな星の下で生まれたら、ああいうふうになるのかしら」


「そういうものを寄せ付ける体質なのでしょう」


「それならいいんだけどね」


 なにか含みのある言い方だったが、長月は無視した。今は彼女の思惑を知りたいわけじゃない。月宮からは今後について訊くように指示されているため、話を先に進めようとする。


「どうしますか? 意図的な攻撃であることは間違いないようです。相手がどういった対象を狙っているのかは不明ですが」


「事務所を狙っているかもしれないわね。湊はそれこそ陽動員として働いていたから、意外と有名なのよ。それで事務所に恨みを持つ誰かに、まず一人目として選ばれたのかもしれない」


 救われる者もいれば。貶められる者もいる。長月たちは救われた側だが、その陰で貶められた者もいたはずだ。たとえばミゼットの一件。彼の雇った魔術師や殺し屋の中には家族がいたかもしれない。そのとき、その家族は事務所を恨んでもおかしくはない。


 長月が認知している以上に、この事務所は依頼を受けているし、それ以外に独自の仕事をしているようだ。多くの人間と関わり、その度に誰かが傷ついているのだとしたら、その人数は計り知れない。


 故に今回の相手が誰であるかを特定するのも不可能だ。どこで繋がりができ、どんな恨みを抱いているのかも把握しかねる。


 手掛かりといえば――。


「琴音。あなたなにか知らない?」


 アリスの視線を追って、長月も琴音を見た。表情には曇りもなく、不思議なことだが彼女が感情を持っていることが信じられなかった。すべてを身のうちに秘めてしまっているではなく、その必要すらない「無」が彼女にはある。


 月宮や茜奈のような“特殊な力”を持った人間とは違う。


 人知を超えたものを秘めているわけじゃない。


 人間の限界点にいるからこそ畏れる。


「知らない」琴音は視線をティーカップに落としたまま答えた。


「そう」アリスは視線を茜夏に向ける。「あなたは? 茜夏」


「知ってるわけないでしょう。俺がここに所属したのは最近なんですから」


「そんなことはないわ。あなたが狙われていて、そのついでに湊が攻撃されたのかもしれないじゃない。裏組織なんてものにいたんだから恨まれることしかしてこなかったでしょうに」


「そういうのは徹底的に排除してきたんで」


「じゃあ、あなたを狙う可能性はないのね」


「ないわけじゃないですよ。俺たちは都市警察に手を出してますから」


 長月もそれは知っている。茜夏たちと都市警察が争った現場を、月宮たちと訪問していた。今でも鈍銀色の大樹がそびえ立っている。


「都市警察とはいえ、過激派もいるはず。仲間の復讐のために事務所を襲ってもおかしくはないとは思いますけど」


「彼らがね……。ありえないと断言できないけど、可能性としてはかなり低いわ。彼らはヒーローでありたいから『都市警察』という組織に所属してる。その名前を汚すような真似はしないと思うわね」


 長月はどのレベルの危機であるかを知るために、アリスに問う。その人物がこの現状を前もって察知していたかどうかで、その規模は大きく異なる。


「所長はなにか言ってないのですか?」


「ええ。姉さんからはなにも聞いてないわ」


「そこまで大事おおごとではない、ということですね」


「そうとも言い切れないのよね」アリスは一瞬だけ長月に向ける視線を強め、嘆息をした。「まあいいわ。とにかく相手の正体が知らないといけない」


 茜夏、とアリスは名前を呼んだ。


 まさか自分が呼ばれると思っていなかったのか、彼は驚いた表情をみせた。


「あなたと茜奈には捜索に向かってもらう。彼女、鼻も利くらしいじゃない」


「相手によると思いますけどね」


「長月は湊の指示に従って」


「はい」


「それじゃあ、追いかけっこ開始」

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