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悠久の世界は月のために  作者: 鳴海
第2章
175/179

1 創壊遺物

「至福! これがあの天上の世界か!」

「うるせえ!」

 茜夏の怒鳴りを聞きながら、茜奈は両手を広げ踊るように周囲を見回した。憧れの場所の空気と景色は当時のものとはかけ離れ、想像よりも寂寥感せきりょうかんに満ちていたが、それでも高揚は避けられなかった。


 姫ノ宮学園。


 花と天使の世界。

 茜奈の認識ではこの場所は天国であり、それはまるで御伽の国のようですらあった。

「ここでいったい何人の天使たちがまぐわったんだろうなあ……」

「想像するな」

「私も参加したかったのに、招待状が届いたことがないとはこれいかに」

「お前を招待する義理がねえよ」

 茜夏の言葉を無視して、茜奈はその匂いを堪能するためにじっくりと鼻から空気を吸い込んだ。すでにかつての匂いは失われているが、それでも茜奈には充分すぎるほど、ここで生活をしていた者たちを感じられた。


 瞼を閉じれば女学生たちの笑顔が浮かぶ。可愛い雑貨に喜び、甘いスイーツに舌鼓を打ち、新作の季節ものの服に手を伸ばしている。

 そんなうら若き彼女たちに食指が伸びないはずがない。彼女たちと同じように、茜奈も笑顔が浮かぶ生活を楽しめただろう。

「食べたかった……」

「お前が生きている以上、遅かれ早かれこうなってたんだろうな」

「だったら、私が食べてもよかったんじゃないか! くそう! なんて愚かなことをしてしまったんだ! 私の人生の一番の汚点だ!」

「なに輝かしい人生を送ってるみたいな言い方してんだ。お前の腐った汚点は汚点にすら数えられなくなったのか?」

「デトックスしたんだよ。もう穢れはない」

「穢れの本体が残ってんぞ。綺麗さっぱり消えてこい」

「どうした、今日はやけにご機嫌な調子じゃないか。もしかして茜夏も舞い上がっているんじゃないか? このむっつりめ。仕方ない、一緒に家宅捜査に行ってやるよ」

 茜夏からの返答はなく、ただ侮蔑の目だけ向けられた。


 その後も調子を落とすことなく姫ノ宮学園を満喫した。人さえ来ればいつでも活気を取り戻すことができるだろうと思える程度には建物が綺麗に残っている。中に入ってみても荒れた形跡はなく、まだ当時の匂いが微かだが感じられた。気づけば物色を始め、いくつか持ち帰ろうとしたが、茜夏に「あとにしろ」と首根っこを掴まれてその場をあとにした。


 姫ノ宮学園について、茜奈はなにも知らないわけじゃない。どこかの国のように滅ぼされたことも、その後にも魔術師が現れたことも知っている。

 その渦中に誰がいたかも、当然ながら知っている。

 また彼か、とは思わなかった。

 どうして彼が、と思うばかりだ。

 事務所という組織の性質上、彼の性格上仕方がないのかもしれない。組織から命令されることもあれば、その性格が迷う羊を放っておくことできない。茜奈と茜夏も羊の一匹だった。彼がいなければ事務所によって亡き者にされていただろう。


 そんな恩人の消息が現在わからなくなっている。事務所の誰もその所在を知らず、あの一件から姿どころか声を聞いた者がいない。

 無事を祈りたいが、その希望の陰にヴォルクの姿がちらつく。あの男の用意周到さ、狡猾さならば、月にも手が届いてしまうだろう。いや、彼ならば精いっぱい手を伸ばすことなどしない。きっと月を落とす。

 あるいはその牙をもってして、砕き壊してしまうかもしれない。


「これが聞いていたやつか」

 その声に誘われるように隣にいる茜夏を見やり。そしてすぐに彼の視線の先を追った。

 そこにあったのは、崩れた建物だった。両側の壁は残っているが、屋根は崩れ落ちてしまっている。ただそれだけ。それだけしか、この建物の形跡がない。まるで砂場で作るトンネルのようだと茜奈は思った。内部が削がれ、どこかに消えてしまっている。

 茜奈たちはもちろん事前にこの情報を得ている。実際に目の当たりにすると、その存在がいかに強大だったかが身をもって感じられた。


 その攻撃の通過は視線を落としても確認できる。他の個所とは違い、焼け焦げているかのように黒々としている。目で辿って行っても、学園の外まで続いていそうなほど、長く伸びていた。

「これを辿ればいいみたいだな」学園の奥を見て言う茜夏。「嫌な気配は感じさせるくせに、妙に引き込まれる」

「実際いろんな意味で相当やばいぞ、この学園は。様々な気配が清々しさすら覚えるほどに混濁している。あれだな。ドリンクバーで混ぜまくったのになぜか美味しいみたいな感じだ」

「アホほどわかりやすいじゃねえか」


 しかし清々しさを感じられたのは、その場かぎりのことだった。黒々とした道を辿って学園の内に向かうにしたがって、その空気の質は徐々に変化していった。壁や天井などないはずなのに、小さな箱に詰められていくかのような閉鎖感とそれによる息苦しさが増していく。

 どうしてそんな感覚に陥ったのか。それは空間いっぱいに散り散りと広がっていた気配たちが収束しているからに他ならない。入混じって分散していたものが押し込まれるように収束しているために抱いた閉鎖感。

 そのおかげで進む方向が間違っていないと確信できた。


 この先にいるのが、

 あるいは現れるのが、

 かつて《蒼月》と呼ばれた存在。


 話によれば、魔術師の世界に現れたそれは多くの魔術師の命を奪ったらしい。果たして魔術師たち“だけ”の命が失われたかは定かではないが、かなり厳重に秘匿された事実だったのは間違いない。末端にいたとはいえ、裏組織にいた茜奈たちも噂話ですら聞いたことがなかった。

 魔術の世界に足を踏み入れていなかったとしても、それに近しい話を見聞きしてもおかしくはないはずだ。事実そのままに流れることはなくとも、巧妙に事実を伏せた状態でどこかに流れ着く。ヒトの口に戸は立てられない。ヒトの欲望が完全に抑え込められるはずもない。

 誰かが求めれば、誰かが提供する。

 この両者が揃ったときに真っ当な取引が行われなかったのだろう、というのが茜夏の推測だった。そもそもお互いの意思が一致しているとはかぎらない。誰が、どんな、なにを求めたのか。

 そこまでして隠していた存在がこの街に現れるという。茜奈たちは出現したそれの監視と調査をするために姫ノ宮学園に訪れていた。


「人影があるな」

 それが見えていないだろう茜夏に報告する。

「かなり小柄だ。女の子だろう。迷い込んだにしては動きがないな。もしかしたら幽霊かもしれない」

「最後のはいらん」

 茜夏のハンドシグナルを確認する。構わず進め。たとえ罠だったとしても、茜奈の右手による反射的察知と、左手による能力の吐き出しがある。茜夏の《欠片の力》を使うことで緊急回避が可能だ。能力による封じ込めも右手を使えば問題ない。

 多くの事態に対して幅広く適応できる。

 いままでがそうだった。

 けれども、今回は少し違った。もしもこれが罠だった場合、茜奈の行動は数舜遅れていただろう。命取りだったかもしれない時間を、無の状態で過ごしていた。


「秋雨ちゃん……なのか?」


 天を仰いでいた彼女の顔が、問いかけた茜奈に向けられた。その容姿は見紛うことなく秋雨美空だった。どうして、という疑問よりまず浮かんだのは、本物かどうかだった。こんなところにひとりでいるはずがないと思ったからではない。

 雰囲気があまりにも別人のそれだったからだ。

 まるで秋雨美空という容器に、別のものが詰まっているかのような。

「茜奈さんじゃないですか。それと茜夏さんも。こんなところで奇遇ですね」

「偶然出くわす場所じゃあないな」と茜夏。

「偶然ですよー」秋雨は無邪気な笑みを浮かべる。「まさかわたしが茜奈さんたちを待ち伏せしてたとでも? ありえないですよ」


「じゃあどうして」

「湊くんを捜してるんです」

 その返答を受けて、茜奈の心は静かに切り替わった。対峙している彼女は、茜奈の知っている秋雨美空ではない。月宮がいなくなったのは事実だ。誰に聞いても「わからない」のひとことが返ってくるだろう。だから自分で捜そうとしても不思議ではない。

 しかし、ひとりで姫ノ宮学園に訪れるのは不自然だ。月宮と姫ノ宮学園の関係を知っているのは、如月たちの経緯があるため当然だと言える。だが、その如月たちが月宮を捜しているという秋雨をひとりにするとは考えられない。如月たちにとって月宮はかなり大きな存在だ。彼が守ってきた秋雨もまた同様なのは、彼女たちを見ていれば明白である。だからこそ、月宮が不在のいま、秋雨をひとりにすることを如月たちがするはずがない。

 つまり、秋雨は誰かに相談せずに月宮を捜している。

 誰にも聞かずに月宮が不在だと知っている。

 そしてこれらの考えも、茜奈にとっては些末なことでしかない。一番不自然に感じたのは、秋雨が――あの恥ずかしがり屋の秋雨美空が月宮のことを「湊」と呼んだことに他ならない。もしかしたらふたりのときは呼び合っていたのかもしれない。だとしても他の者の前でそれを口にすることが決してできないだろう。秋雨美空とはそういう人物だ。

 照れ屋で恥ずかしがり屋。

 恋をするただの女学生。

 では目の前の彼女は?


「ここは見当違いじゃないかな」

「そんなことないですよ」秋雨はあっさり否定する。「ここは湊くんが二回も頑張ったところなんです。かっこいいですよね。まるで王子様のように駆け付けて、まるで騎士のように戦う男の子って。女の子なら憧れて当然です」

「秋雨ちゃんもそんな姿に惹かれたのかな?」

 ふふふ、と秋雨は笑う。

 その笑みに全身の産毛が逆立ち思わず右手が反応しそうになった。秋雨から感じる得体の知れなさに対して、生存本能が危険だと訴えかけている。


 けれども生存本能が反応したのは、前方の秋雨ではなく、右方のなにかであり、なにに反応したのかは直後に聞こえた破裂音ですぐに理解できた。

「銃撃だ!」

 そう叫ぶより早く茜奈は動き始めていた。この場でなにより危険に晒されるのは秋雨だ。彼女を守らなければならない、と射線の間に割って入り、二発目を右手で受けた。

 今までなかった人の気配が周囲から感じ取れた。距離からして銃撃をしてきた者とは別だろう。意図は不明だが、こちらに気付かせるためにあえて動きを見せている。なんともわざとらしい。


 しかしそんなことよりも、茜奈は気がかりなことがあった。銃声を聞いたはずなのに、秋雨が平静を保っている。身を屈めることもなければ、銃声を気にしている素振りもない。こちらの焦りも意に介していない。

「秋雨ちゃんは怖くないのかい?」

「怖い? なにがですか?」

「この状況がだよ。聞いただろ、あの銃声を。それと――」

 周囲を警戒していた茜奈の前に十数体の飛行物体が現れていた。四つのプロペラが静かに回転し、その胴体下部からは銃口がこちらを覗いている。銃火器のほかにも鋭利な刃が見える。

「あのラジコンだ」

「ドローンだ。ど阿呆」といつの間にか傍にいた茜夏。

 そうか、ドローンというのか、などと茜奈は納得しなかった。ドローンとラジコンの違いが名前以外にどこにあるのだろうか。その違いで自分が困ることがあるのだろうか、と反発したかったが、秋雨の手前、そうしなかった。


「この状況どうする? 秋雨ちゃんを抱えて逃げるか?」

「それが良さそうだが、五分五分ってところだな」

「というと?」

「最初の一発でお前を仕留められなかったのに追撃をしてこない。おそらくお前のことを多少知っている可能性がある。ここで追撃をしない、出方を見ているとなれば、目的はその多少を埋めるつもりだろう」

「なるほど。私を知っているとなれば、茜夏のことはより多く知っているってわけか」

 それを念頭に考えれば、飛んでいるドローンが無差別な配置をしていないのがわかる。ドローンだけじゃない。わざとらしく周囲から感じられる気配もそれが織り込まれている。こう逃げろと言わんばかりだ。

 秋雨とは違い、彼らとは偶然出くわしたわけではないようだ。計画性を感じられる。銃口と刃も本物であるかどうかでさえ怪しい。


 しかしそれは秋雨がいるからそうであってほしいという茜奈の希望でしかない。この場で誰よりも危険な状況なのは彼女だ。茜奈も茜夏も自分の身を守るだけならば、大概の状況を切り抜けられる。今回はその大概から外れていることも厄介だ。

 そうこうしているうちに右手が再び反応した。狙われたのは秋雨だった。それもそうだろう。彼らが欲しているのが情報であるのならば、秋雨の情報量が一番少ないはずだ。特にこの場所に訪れるような情報が欠落している。


 彼らにしても、茜奈たちにしても。


 おそらくは次の一発が放たれれば、一斉射撃が開始されるだろう。茜奈はそのことを茜夏の警戒が強まったことで知った。

「もしかして困っているんですか?」

「わりとね。なにかいい案はないかい?」

「ありますよ」

「それは――」

 それは本当か?

 その言葉が声になったかは茜奈にはわからなかった。眼前に広がる光景にただただ目を奪われてしまった。

 翼。

 おもむろに茜奈の前に立った秋雨の背中から一枚の翼が現れたかと思うと、次の瞬間にはすべてのドローンから炎が上がり、まるで落ち葉のように不規則に揺れて地面に落ちていった。


(これが茜夏の言っていたやつか)

 茜夏と月宮の会話を思い出しつつ、舞い上がっていた白い羽根に触れた。それは右手の上で消えることなく揺りかごのように揺れる。物体としての重さは感じないが、言いようのない“なにか”が込められた重さがあった。

 銃声が聞こえ、茜奈は我に返る。右手が反応していない。傍にいる茜夏でもないということ。ならば狙われたのは――。

 秋雨に目をやると、また銃声が響いた。

 右手に反応はない。

 彼女も動じていない。


「茜奈さん、訊きましたよね、怖くないかって」

「あ、ああ……」

「怖くないですよ」秋雨はいつものように微笑む。「こんなもので死ねないことは、わたしも、湊くんもよく知ってますから」

「不死身、なのか?」

「試してみますか? もしかしたら茜夏さんが死んでしまうかもしれませんけど」

「どういうことだ?」

 秋雨はそれには答えず、茜奈の横を通り過ぎていく。欲しいものに手が届かないことは幾度もあった。だが、恐ろしくて手を伸ばせないのは初めてだった。ただ目で追うしかできない。

 嫌な汗で衣服がべったりとくっついている。


 喉に詰まっていた言葉を一度飲み込み、改めて吐き出す。

「どこに行くんだ」

「ちょっとそこまでです。わたしのこと知りたいなら教えてあげようと思って」

 それじゃあ、と秋雨は小さく頭を下げた。手を後ろで組み、本当に散歩にでも出かけるかのようである。

 翼と、彼女を狙うドローンが落ちていく様子がなければ。

 やがて秋雨の後ろ姿は見えなくなり、小さな炎だけが点々と見えるだけになる。

 茜奈は深く息を吐き出す。

「ずいぶんと静かだったじゃないか、茜夏」

「触らぬ神に祟りなしだ」

 たしかに、と茜奈は秋雨の姿を思い返す。心を弄ぶかのような視線と語気は好みではあるが、あの“中身”は受け入れることができない。触っていればなにが起きていたか、なにを起こしてしまっていたか。

 彼女の言葉も、それを示していた。

 秋雨の情報を得るために、彼らはどれだけの代償を払っているのか、それを想像するのは茜奈には難しいことだった。


「おっと、ゆっくり話してはいられないみたいだな」

 気づけば、またドローンに囲まれている。数は先ほどより少なく、槍の先端が二又に分かれたかのような形状のものに変わっている。俊敏に切り返す動きは蜂を連想させた。


「次は全部、女の子の姿にしてほしいもんだ」


     ※


 モニターに映し出される二人の姿は、倍速で再生しているかのように素早く、送り出し続けているドローンが次々と破壊、もしくは消滅していた。

 男の方は《欠片持ち》でひとりだけが別次元にいるように動きが速く、自身の身に危険が迫るよりも早くドローンを破壊している。こうして姿を捉えられる程度の速度しか出さないのは、一定の速度を超えると自己コントロールが難しいからだろうか。きっと優秀な彼の理性が、外側へ踏み出すことを拒んでいるのだろう。


 女の方はとうの昔に外側にいる《異能者》だ。彼女自身の動きが素早いというよりは、右手の反応に身体が動かされている。遠距離からの狙撃に対しても対応できるのは、彼女の中に宿る“なにか”がよほど彼女を死なせたくないらしい。


「祖国の技術がこんなふうに扱われるとわね」

 アトラスの語調は呆れるよりも楽しそうだった。

「しかしあの二人にこだわるのはなんだ?」

「理由は二つ。二人が常人でも魔術師ではなく、《欠片持ち》と《異能者》であること。二人が俊敏に動くことが可能で、ドローンの対応もほぼ物理によるものであること。秋雨美空のような相手ではドローンのテストもままなりません」

「たしかにまだ実験していない相手だったな」

「その中でも『速さ』はかなり重要です。こちらの処理能力の限界を知られますから」


 ドローンの操作は『人工知能』にさせている。障害物を避けて操縦するように命令すれば掠ることなく操作してみせる。空間把握は問題ない。《表の世界》での活用は充分に発揮してくれた。

 問題は残りの二つの世界。そこに存在する二つの象徴的能力。

 魔術と《欠片の力》。

 魔力と波動を認識させることで二つの能力に対応させることはできる。ただそれは完全じゃない。個の認識、環境の変化などに、柔軟な対応ができないのだ。魔力という概念の認識に『十五個』も『繋げる』必要があった。

 数を増やして解決できるのならいいが、そう単純にはいかない。


 別のモニターに目を移し、人工知能の処理能力に余裕があるか確認する。やはり《異能力》のせいでかなり逼迫している。どう働いたところで答えは出ないのに、答えを出そうとしているためだろう。

 考えても答えは出ない。だが答えに至ろうとする。そこから想像、想定、推測を学ぶことができれば大きな進歩となる。

 ただその時間を与えてくれるかどうかは相手次第だ。

 秋雨美空の方に送り出したドローンは学習する間もなく、学習するための材料を得ることもなく破壊されていた。


 ただ一台を除いて。


 その一台から送られてくる映像には、秋雨美空が映し出されている。背中には一枚の白鳥のような白い翼。彼女の《異能》の一端なのだろうが、その能力はまるで想像がつかない。彼女はカメラに向かって手を振り、なにかを言っている。

 下げていた音量を上げてもらう。

「――もしぃ? 聞こえてますかぁ? おーい」

「あなたの目的はなんですか?」

変声機能を通した機械的な声がドローン側から収音されて部屋に響いた。

やっと繋がった、と秋雨は手を振るのをやめた。

「湊くんを捜しているんですよ。誰かは知っていますよね?」

「知っています。捜索に力を貸す代わりに、私たちと行動をともにしませんか?」

「えー。あなた、なんか嘘吐きっぽいから嫌です」

「そうですか。残念です」

「ほら、嘘吐いた!」秋雨は楽しそうに笑う。「わたしのこと下に見てるのがまるわかりですよ」


 映像が乱れ始める。


「自分ならなんでもできると思ってるんでしょ」


 ブラックアウトから戻ると、彼女の足元が映し出された。ドローンが彼女に接近するように墜落したのか、墜落したドローンに秋雨が向かってきたのかはわからない。


「――笑えないよ」


 結局、秋雨の能力を掴むことはできなかった。そのために送り出した機体が余すところなくすべて破壊しつくされた。環境には影響はなく、ドローンだけが配置された位置に関係なく燃え上がった。能力の範囲もいまだ未知数である。

 潮時だろう。その他の機体と部隊を引き上げさせ、別の部隊に残骸の回収を命令した。残骸があれば『回帰遺物(アーティファクト』によって復元ができる。実質的な損害はないに等しい。

「《異能》の情報を集めることはできたが、しかしあれと敵対するのは芳しくないんじゃないか? いまのところ打つ手立てがまるでない」

「敵対はしませんよ。目的はほとんど同じですから」


「ほとんど、ね。その少しの差異がいつの世も争いの火種になるんだが。それに、あの初撃が今後重たくなりそうだぞ。埋まらない溝を作ったかもしれん」

 対人関係において埋まらない溝があるのは当然だ。どんなに親睦を深めようとも、愛情を育もうとも、結局のところ他人どうしであることには変わりないのだから。

それらで形成されるのは溝を渡るための『吊り橋』だ。

 架けることができるのと同様に、いつだって切り落とすこともできる。

 溝程度を気になどしてはいられない。


 ただ――。


「どうして撃った?」

「殺したかったからですよ」

「どうして」


「単なる私情です」


 ただその対岸を、強く、強く、切望してしまうのだ。

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