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悠久の世界は月のために  作者: 鳴海
星夜堕月 終章
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1 その星空は希望

 月宮湊の消息が不明になってから五日が過ぎようとしていた。ヴォルクたちが活動しなくなったのも五日前。つまり、月宮はヴォルクたちに連れ去られてしまったのだ。如月はそれが悔しくて仕方なかった。


 ヴォルクたちの残した爪痕はそれだけじゃない。


 愛栖から聞いた話によれば、音無舞桜は瀕死の状態で搬送されいまだに意識不明、虹凪四季も身体に鞭を打ってリースと交戦し再び入院している。如月もまだ入院中だ。


「林檎食べますか?」


 ベッドの横にいる長月が訊ねてきた。


 如月と同日に入院し、如月よりも重体だったはずなのに、如月より早く退院した長月。たしかに《欠片の力》による治療のおかげではある。しかし病院はあくまで「手助け」をするだけで、「死」から遠ざけてくれるだけで、全治までしてくれるわけじゃない。


 人間が本来持つ回復力を損なわせない配慮だ。それに、回復することを他者に任せていては身体が脆いままである。


 だからこそ医者や看護師は長月の回復力に驚愕していた。


 そこまで治した憶えはないと。


 相変わらず無駄に超人的な家族に、如月は頷いた。


「ウサギのかたちにして欲しいな」


「わかりました」長月がナイフを構える。「解体したあとのウサギのかたちにしてみせます」


「ただの枝肉じゃん!」


 そんな会話をしつつ、如月は街のことを訊いた。


「なにか変化はあった?」


「怖いくらいにありません。街中で起きていたヴォルクたちに関することが“なかったこと”になっていますから」


「雪柳研究所は?」


「糾弾されることはありますが、けれども“死者”を出していないので、今後の対応について話すばかりです」


 ヴォルクたちのことは街の「記憶」から消された。《欠片持ち》が暴走したことも、天野川高校が襲撃されたことも、すべてなかったことになった。


 建物の被害は磁場の乱れに《欠片の力》の波動が干渉し起きた現象となり、波動を監視している雪柳研究所は乱れの影響で機器類が正常に働かない不具合を起こし対応しきれなかったことになっている。


 そんな話が通るわけがない。


 通用するはずがない。


 だが、それで世間は納得している――納得させられている。「記憶」がそう改竄され、それ以外に納得できる方法がないのだ。磁場の乱れを多くの人間が身近で経験しているために、それが有力となってしまう。


 そして死者がいないこと。


 これは都市警察の迅速な働きのおかげになっている。特に音無舞桜だ。彼女がその《欠片の力》で磁場の乱れが強い場所をいち早く感じ取って避難を促し、人的被害は最小限に抑えられた。


 けれども彼女はその途中で崩れる建物の下敷きになってしまう。そして今も意識不明。


 こういう虚構シナリオで、音無舞桜は街の英雄になった。


 その陰では多くの犠牲者が出ている。


 存在ごと「記憶」は抹消されているが。


 こうして街は何事もなく今日も動いている。


 しかし異変はそれだけで留まらない。


「あっきーは?」


「まだ目を覚ましません」長月の林檎を切る手が止まった。「今日で五日間……月宮湊と同じですね」


 秋雨美空が昏睡状態に陥ってから五日が経った。まるで時間が止まったかのように眠り続けているらしい。愛栖はそれを「御伽話でも見ているようだ」と言った。


 いったい彼女の身になにが起きているのか。


 愛栖によれば所長であるアイリスが見守っているため大丈夫らしいが、かれこれ五日間ともなればアイリスがなにをしているのかが気になる。


 もしも昏睡状態を保つことが秋雨のためになっているならば……。


「これからどうなるんでしょうね」


「わからないよ。でもやるべきことは決まってる」


 今すぐにでもやりたいのは、月宮を見つけ出すことだ。けれど、その道筋は険しく、見通しも悪い。どれだけの時間と労力を消費するかもわからない。


 だから如月は気持ちを抑える。


 やりたいことではなく、やるべきことを優先すべきだと。


 もしかしたら月宮は、秋雨の今を知っていたのかもしれない。こうして昏睡状態に陥ることをわかっていたのかもしれない。


 だからあの言葉を残した。


 如月は両手を強く握りしめる。


「あっきーを絶対に守るんだ」


 なにから守るかなんて知らない。


 誰から守るかなんてわからない。


 だけど。


 それでも守るのだ。


 なにが来ても、誰が現れても。


 秋雨美空だけは絶対に。


「そうですね」


 静かな決意をした直後、扉がノックされた。


 入室を促すと、日神ハルが見舞いの品を持って現れた。


「調子はどう?」


「このとおりだよ」


 如月は日神にこれ以上心配をかけまいと元気であるように振る舞う。


 三人が揃うこの日常が、前よりもずっと愛しい。


 そして五人が揃う日々をまた――。



     ※



 小さなころから星を見るのが好きだった。なにも持っていなかったけど、天体望遠鏡だけはなぜか持っていた。誰にもらったのか、どうやって手に入れたのかもわからないそれを、今も大事に使っている。


(うん、今日も星は綺麗だ!)


 レンズから離れ、目で直接星を見る。


 近くて遠い、遠くて近い。


 その距離感も好きだ。


 手を伸ばしたくなる魅惑的な輝きもそうだ。


「アーシャ、今いい?」


 急に声をかけられて、アーシャは肩を震わせた。振り向くと、親友のアウルラが扉の前に立っていた。その腕には数冊の本が抱えられている。


「どうしたの?」


「いやさあ、明日の魔術史のテストやばそうだから教えて欲しいんだよね」


 申し訳なそうに言うアウルラだが、言いながらベッドに寝転んだ。さっきまで抱えられた本はベッドの上で無造作に広げられていた。


 魔術機関の育成プログラムに参加してから数カ月が経とうしていた。家も、家族もなく、天体望遠鏡だけを持っていたアーシャには一つだけ「才能」があった。


 普通に生きていたら必要のない才能。


 魔術の才能が。


 そんな才能を持っていたのも運が良かった。里親が魔術を知っていたのも運が良かった。そうじゃなければ、その才能は埋没されたまま、一生表に出ることはなかった。


「また星見てるの?」


「そうだよ。今日も綺麗!」


 ベランダから顔を出して、アウルラも誘ってみる。


 しかし彼女はまるで動こうとはしなかった。


「よくもまあ飽きないねー。なにが楽しいのか私にはわからん」


「星を見るっていうのはね、過去を見ることなんだよ」


「過去?」


「うんっ。わたしたちが見てる星の光って、数年前だったり、数百年前だったり、数万年前だったりするんだって。それって凄いことじゃない?」


「それは凄いけどさー」アウルラは置き上がって枕を抱えた。「でもだからって毎日見るほどかなって思うよ」


 星を見るのが好きなのは、その里親と同じ景色が見られるというのも理由の一つだ。今は離ればなれになってしまっているが、傍にいるように同じ星を見上げることができる。


 いつまでも傍に感じていたい。


 ただそれを話すことはできない。やはりどこか恥ずかしさがあった。


「毎日魔術の勉強をしてるでしょう? それと同じだよ」


「魔術と星は違うんじゃないかなー。まあ魔術にも星はあるけど」


「魔法陣には必ずあるよ。円も多角形も星を表してるっていう説もあるね。それくらい魔術と星の関わってる」


「なんか教科書の最初の方にあった気がする」


「ありましたー」アーシャは呆れ混じりに笑う。「それに、魔術も星も、過去から始まって今にまで続いてる。わたしたちが魔術師になって、魔術を未来まで届けられたら、それは星みたいに素敵じゃないかな!」


「わかったわかった。もうわかったから明日のテスト対策を……」


「そうだったね。待って、今片付ける」


 アーシャはもう一度レンズを通して星を見る。そして両親に「おやすみ」と心の中でそっと告げた。


(――あれ?)


 レンズから目を離そうとしたとき、ふとなにかを感じた。星空がおかしかったわけでも、変化があったわけでもない。


 もっと奇妙な、もっと異質な感覚。


 アーシャは導かれるように、その方角を見た。


 その先にあるのは暗闇だ。


 近い場所ならアーシャのいる建物から零れる光や設置された常夜灯によって視認できるが、遥か遠くとなるとただ「黒」があるだけにしか見えない。


「なに見てんの」


 アーシャが遅かったためか、アウルラがベランダに出てきていた。


「あっちってなにかあったっけ」アーシャは指をさす。


「あっち? まあなにかはあるけど……。まあ一番有名なところで《終焉の厄災》の黒球かな。夜だから全然見えないけどね、当たり前だけど」


 ああ寒い、と言って、アウルラは部屋に戻っていった。


 アーシャは改めてその方角を見る。


(《終焉の厄災》……)


 世界地図に黒を塗り込んだように現れたそれは、今もなお世界中に残ったままだ。その内部でなにが起きているのかは外側からではわからず、その解析もまだ終わっていない。それだけに、現代の魔術師の使命が《終焉の厄災》を解き明かすことなどと言われている。


 アーシャもそのために魔術師を目指している。


 諦められているその命と大地を救い出すために。


 そしてただ知りたいのだ。


 その内側から見る景色を。


 その黒の先に、星が広がっているのかを。

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