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悠久の世界は月のために  作者: 鳴海
第2章
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2 その興味は不快

 その夜、如月は月宮と共に街を徘徊していた。事務所から謹慎処分を受けているため「チーム」として行動はできない。だが、個人として、一人の友人としてならば問題はない。そう自分に言い聞かせ、それを根底に置いた説得を試みたところ、なんとか月宮を頷かせることができた。月宮の根負け、あるいは諦めによる成果だ。


 音無舞桜は別行動だ。都市警察の人手不足と実戦経験不足が解決したわけじゃないが、如月が手伝いとして加わったことで、それらを少し解消することができた。他の人員の面倒を見ることができる程度には、都市警察の力が戻ったということだ。


 如月と月宮は公衆の前で能力や魔術を使うわけにもいかないため、一目の少ない路地裏を担当する。


 しかし月宮と如月だけで行動させるとは、いささか信頼が過ぎるような気もした。事務所が信頼されているよりも、月宮個人の信頼が大きいのだろう。受けた依頼は完遂するため、信頼を得られているのは当然だが。


 そして受ける依頼のたいていは「彼女」に繋がる可能性があるため、完遂するのは月宮としては当然なのだが。


 なんにせよ、二人の利害は一致しているのだから、とやかく言う気はない。ただ如月もそれに乗っかるだけだ。


「日神たちには言ってきたのか?」


「当然だよ。なにも言わないで出歩いたら帰ったとき怖いんだから」


 長月に怒られるのは別になんとも思わない。彼女の言葉が右から入れば左から、左から入れば右から通り抜けていくだけだ。適当に返事をして、時間が過ぎるのを待っていればいい。


 だが日神の言葉は違う。長月と言っている内容は同じでも、申し訳なかったという気持ちがちゃんと湧き起こるのだ。だから心配させないように、どこへ、誰と行くのかは言っていた。


「子供みたいだな」


「違うよ。私が二人を親にしてあげてるんだ」


「……新しいな、それは」


 話が一区切りついたため、如月は切り替えることにした。


「あいつ――レオルはすぐ見つかると思う?」


 ノーナンバーがノーナンバーのままこの街にいることは許されない。《欠片持ち》である以上、雪柳研究所にデータを残さなければならなかった。


 それに、どうしてノーナンバーでいられたのかも問い質す必要がある。都市警察にとって、見逃すことのできない相手だ。音無は他の都市警察の面々とともにレオルの捜索を行うそうだ。レオルの場合、隠れもせずに平気な顔をして商店街にいそうであるため、都市警察が担当した方がいいという判断である。


「見つかってくれないと困る」


「だよねえ」


 なんといっても秋雨に言い寄る男だ。彼女がその好意を良くないと思っている以上、如月も月宮もレオルを野放しにしておくことはできない。


 今日は雲ひとつない夜空が頭上に広がり、街灯の数が少ない場所でもそれなりの明るさがあった。さすがに昼間のようにとも言えず、不気味さがないかといえばそれには頷けない。薄暗さは否めなかった。


「レオルの目的はなんだろうね。なにか仕事をしているみたいだったけど。どこかに所属してるのかな。それとも誰かからの依頼を受けてるのかな」


「そんなことは考えても無駄だろ。捨てられる可能性はないんだ。だから取っ捕まえるのが早い」


「正直どうなの? レオルは強い?」


 月宮と音無は、虹凪四季を相手取ったレオルの様子を見ている。その実力のすべてとはいかないまでも、その片鱗を垣間見ただろう。そこからある程度の実力が測れるはずだ。


「死を意識した音無なら同等くらいだろうな。都市警察のあいつのままだと、すぐにやられる。ノーナンバーをただ登録されていない《欠片持ち》だと思っていれば負ける」


 如月は音無舞桜の実力を知っている。アナトリア姉妹の一件で、暴走したフェリチタ、月宮、そして咎波とがなみを相手していた。都市警察として動いているときよりも死を傍に感じていたためか、彼女の動きは数段跳ね上がり、そしてその結果、数日動けないまでになったと聞いていた。


 感知能力の向上故の、防御と回避、そして反撃のための動きが、音無に普段の数倍の負荷を与えていたのだ。


 ほとんど未来予測に近いあの感知能力を持ってして、ようやく音無とレオルは同等だと月宮は言う。いったいどれほどの実力を秘めているのか、如月には想像できなかった。それは普段のレオルしか知らないからだ。秋雨に好意を寄せ、屈託なく笑う彼しか印象にないから、戦場での彼を想像できない。


「能力は『土』だっけ」


「たぶんな。それを決めているのは雪柳研究所だから『大地』でもそれ系統ならなんでもいいと思う」


「応用さは『風』の方が高いよねえ。あの人、もはや『風』と呼べるかどうかも怪しい領域まで感知できるし。それでも同等なんだね?」


「音無には枷があるからな」


「ああ、そっか。都市警察ってバレてるんだから、そこを突かれるのは当然だね」


 音無舞桜がどんなに感知能力に優れていても、未来予測に近い能力を有していても“それ”は明らかな欠点、弱点となる。都市警察は人を殺せない。どんな危険な相手でも守らなければならない規則だ。


 その規則を守らなければならないが故に、相手の命を差し出す無謀な行動が最上の防御となる。


 ただ直情的なレオルがそんな行動をとるとは、やはり如月には思えなかった。きっと馬鹿正直に、作戦も立てず、一直線に立ち向かっていきそうではある。


 とはいえ、きっと交戦にはならないだろう。都市警察はレオルを捕縛しようとするが、レオルがそれに立ち向かう理由はない。


 問題はその理由だ。


 理由があれば、交戦は不可避。


 やはりレオルの目的を聞かなければならないようである。


 気付けば、路地裏を抜けていた。目の前には横切る陸橋が見えていた。街灯も多く、自動車が走る音が聞こえていた。


 しかし陸橋の横は、陸橋自体が光を遮るため薄暗い。こういう場所にかぎって街灯の少なさが目立った。放置された自転車だろうか、寂しそうに倒れ、風で運ばれてきたチラシのような紙が引っかかっている。その柱にはスプレーを使ったような落書きがあった。


 空気に湿っぽさがあった。それにあまりいいものではない。嫌悪感を湧き起こす臭いが少しだが漂っていた。


 初めてきた場所であるため、如月は念入りに見回した。いつかなにかに使えるかもしれないと思ってしまうのだ。


「見るからになにか起きそうな場所だね」


「いや、もう起きてるみたいだ」


「そうなの?」


 月宮の方を向いてから、彼の視線の先に目をやった。バイクが通り抜ける音に混じって、フェンスかなにかがひしゃげる音が聞こえた。それも複数だ。


 月宮と目を合わせて頷き、現場へ向かった。


 陸橋に沿って走る道を進んでいくと、その惨状が視界に入った。数人の男がフェンスにもたれかかるように、あるいは地面に倒れている。意識はあるが上手く声を出せず動けない者、軽く痙攣している者などさまざまだ。


 如月はその中心にいる人物を――人物たちを見た。


 一人はブロンド髪の女。その髪は肩までの長さで、傘のように広がりのボリュームがあった。目は釣り上がり、怒りを表しているようにも見えた。服装はいわゆるパンク・ファッションと呼ばれるものだろう。


 もう一人も女だ。一人目の女とは対照的にすっきりとした長髪だ。だいたい肩下くらいまであるだろうか。これも対照的で、眠そうな垂れ目をしていた。ブロンド髪の女のうしろにいるためか服装などは詳しくわからない。


「ねえねえ、リースちゃん」垂れ目の女が小さく口を動かした。ちょうど自動車やバイクが陸橋を通らなかったためか、声は夜の空間に響いた。「見て、あの人」


「なにを見ろって、リノ」


 二人の視線が如月たちに――いや、月宮に向けられた。まさか月宮を狙っている魔術師だろうか、と如月は身構える。魔力を使った形跡は感じられない。徒手空拳でもそれなりに戦えるのかもしれない。


 リースと呼ばれた女は月宮を見るなり目を見開き、黄色い声を上げた。幸か不幸か、このときも他に音はなくよく響いた。


「うひょー! マジか! 上玉じゃん!」構えるかのように胸の前で両手をそれぞれ握り締めるリース。「なんて声をかけりゃあいいんだ」


「でもね、リースちゃん」リノはリースの背後からもたれかかった。「ああいう男はね、顔は良くても性格が悪いんだよ。澄まし顔をしているけど、内心ではエッチなこと考えてるに決まってるよ」


「バカか。見てくれがいい奴は性格もいいに決まってんだろ! きっとクールにエスコートしてくれるに違いない」


「そう言って、今まで何人の男に騙されてきたの」リノは力なくリースの胸を叩いた。「もったいないよ」


「いやいや待てよ。今回は大丈夫。絶対に間違いない。私の完璧な男運がそう言ってる」


「完璧なら『今回は』なんてことにはならないよね?」


 リノとリースの二人はこちらの介入を許さないほど喋り続ける。如月は自分が怪訝な顔をしているのがよくわかった。なんとも言えない気持ち。まるでレオルの話の聞かなさを目の当たりにしたときの感情に良く似ていた。


 ただし、似ているだけで同じではない。レオルのときとは違う感情が、如月の心から溢れ始めていた。


「ちょっと!」如月は二人の会話に介入した。


「あん?」リースの視線がようやく如月に向けられる。「なんだよ、ちんちくりん」


「ちんちくりん!?」


「どこから生えてきたんだ? ほら、土に帰れよ」


 髪が逆立ちそうなほど怒りが込み上げてきたが、今は“そっち”じゃない。如月自身のことは別になにを言われても、こうしてなんとか抑えることができる。しかし、月宮が馬鹿にされるのは許せなかった。


「つっきーはなあ! かっこいいんだぞ! 優しいんだぞ! いつも誰かのことを思って行動してるんだ! 好き勝手言うな!」


 如月の叫びは、しかし二人には届かなかった。正確には言葉自体は届いたものの、二人の関心は如月には向かない。


「ほら見ろ。見てくれがいい奴は性格もいいんだ。私、あれと結婚する。素晴らしい旦那様になると思うんだ」


「でもね、リースちゃん」リノはあくびを噛み締める。「ああいうのは相手の懐に入り切ったあとに本性を表すんだよ。こっちが執心してきたときに、別れられないとわかって酷いことを言ったり、酷いことを要求したりするに決まってる」


 そのときは、とリースは近くに倒れていた男の頭を踏んだ。


「こいつらみたいにすればいい」


「リースちゃんの男運よりも、男の方の女運がないよね。結局のところ」


「なんだと!」


 まるで如月のことが、ましてや月宮のことも視界に入っていない。二人だけの世界がそこに広がっていた。如月が目の前の二人を見ていて感じたのは、どうしよもないマイペースさだった。人の話をまったく聞かないタイプだろう。如月が苦手とする人種である。


「でも、男の方がリースちゃんより強かったらどうするの?」


「それはそれでありだ。むしろそっちの方がいい」


「じゃあ試さないとね」


 リースとリノの意識が前面に向けられた。如月はそれに気付き、臨戦態勢に入る。この街の人間であり、これだけの惨状を作り出せるのなら、まず間違いなく二人のどちらか、あるいは両方が《欠片持ち》だ。その瞳に欠片が浮かぶ瞬間を見逃さないようにする。


 なにせ魔力は感知できても、《欠片の力》の波動は感知できない。そのため周囲の空間に発生する“異常”は味覚を除いた五感でしか認識できず、相手に先手を譲ることになる。


 ただの《欠片持ち》なら別にこんな気構えはしない。飼い慣らされた《欠片持ち》ならば、相手を殺そうとはせず、黙らせようとするだけだからだ。


 目の前の二人は違う。そう訴えかけるなにかを感じ取れた。言い知れぬ圧力を感じる。


 一瞬の緩みも見せてはいけない。


 そう気構えていた如月の視界が、突如横にずれた。右から押し出された感覚があり、それがリースとリノからの攻撃ではなく、月宮からのものだと推測した。二人から視線を外し、月宮のいる方向を見やる。


(――え?)


 そこには一本の鎖があった。様々なかたちをした輪が順不同に並んだ鎖だ。月宮の胸辺りを隠すように、右から左へと流れている。少し左に視線を移せば、その鎖の端がコンクリートの地面を貫いているのが見えた。


 もしも月宮に押されていなければ、如月の頭部を直撃していただろう。あるいは貫いていただろう。その事実がリースとリノがただの《欠片持ち》ではないことを証明した。初撃で頭部を、ましてや破壊する勢いで攻撃することがどれだけ難しいことか、如月はよく知っている。


 深い憎悪を抱いているはずがないため、そう教え込まれているか、以前にも誰かを殺害し、それに対して罪の意識がないままかだ。


 どちらにせよ、二人から感じる“なにか”は杞憂ではなかったようだ。


 それよりも気がかりなのは、いつ《欠片の力》を発動させたかである。如月はたしかに注意を怠らなかった。そのときを静かに待っていた。


 それなのに、まるで気付かなかった。


 如月は二人に身体の正面を向ける。リースの瞳には欠片が浮かび、陸橋脇の暗さを僅かながらに照らしていた。


 いつからそうしていたのか、リノは瞼を閉じて眠ったような顔をしている。本当に眠っているかどうかはわからない。


「うへえ、あれに気付くか。完全に二人の死角を突いたと思ったんだけどな」


 露骨に嫌そうな表情を見せるリース。そんな彼女に対して追撃をかけるように、月宮は走り出した。その手にはいつものナイフが握られている。今の攻撃で「攻撃してでも止める相手」「危険因子」と見做したのだろう。


 如月もそのあとに続く。右太ももに付けたホルスターから小型のナイフを抜いた。


 そこからのリースの判断、行動は素早かった。如月たちが向かってくると、驚いた表情を見せて《欠片の力》を使った。


「撤退するぞ、リノ!」


 返事を待たずに、鎖が地面から伸びた。一つひとつの輪が大きく。そこに足をかけると、その射出された勢いで、リノは欄干らんかんまで辿り着く。そこは二階建の建物ほどの高さで、それ以上に伸びていたことから、彼女の「鎖」の射程範囲は十メートルを超すようだ。


 さすがに月宮も、その高さにはどうすることもできず、立ち止まって彼女たちを仰ぎ見ていた。


「じゃあな、つっきー。また会おうぜ」


 そう言って欄干から降り、リースたちの姿は角度的に見えなくなった。同時に鎖も蒸発するように消えていった。


 如月はナイフをホルスターにしまう。


「追いかけないの?」


「いや、いい」月宮は地面に目を向けた。「それよりもこいつらをどうにかしないとな」


 リースとリノによって蹴散らされた男たち。如月はその中で最も近くに倒れる男を見た。リースたちの足もとにいたせいで、さっきの「鎖」が身体を貫いていた。もともと何色をしていたのか判断できないほど、その服は血に染め上げられていた。

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