No.5
第一章開始です。
今日から一日一話投稿になりますが、近いうちに一週間に二~三話投稿となります。
そして第一章から本文が長くなりますのでご容赦を。
「……?」
目を開けると、そこには白亜の城が間近に見え、雑多な店が軒を構える城下町の姿があった。後ろにはこれまた白い壁が屹立している。間違いない、此処はエリア0の《クリスタルキャッスル》……足元には薄緑色に光る魔方陣……ワープゾーンがあった。俺はワープしてきたっていうのか? 何処から?
段々と思い出すのは、俺が意識を無くすまでの記憶。俺は何をしてたんだっけ。 《プレーナイトウッヅ》で強化されていたモンスターを狩ってて、コウタが攻略をやめようって言い出して、牡丹もコウタに賛成して、俺が一人で攻略するって言い出して、それから―――俺が両手剣で刺された。誰に? 六芒星の白仮面の男だ。 それで、HPが減っていって、死んだ。
死んだ?
じゃあ、なぜ俺はこんな所に居るんだ? まさかデスゲームじゃなかったとか? ……それは無い。《Brave Worlds Online》の復活地点はワープゾーンなんかじゃなかったはずだ。
何が? 何が起こっているんだ? わけがわからない。死んだはずの俺が俺がどうして此処に居るのか、今の俺の頭で答えが導き出せるはずも無かった。
死んだときに、何かシステムメッセージがポップした気がしたけど、あれは何だったのだろうか。『復讐者』やら、『不死鳥』やら。最後のメッセージはもやが掛かっていて見えなかったし。
何分経っただろう。もしかしたら十分以上経ってたかも知れない。背中から軽い衝撃があった。後ろを振り返ると二人組の男が丁度何処からかワープしてきたみたいで、俺は押し出される形となる。しかし、その男達の風貌は異様だった。一人は青い鎧に黒髪の中年男性だった。手に持つのは、天まで伸びそうな大きな三叉槍。もう一人は黒い衣装に銀髪で眼鏡、そして手には分厚い本を持っている若い男。どちらも俺より背が高い。
……初期装備の俺とは雲泥の差だが、問題はそこじゃない。開始三日目……いや、もしかしたら四日目かも知れないが、なんでそんな装備を持ってるんだ!?
「おい、邪魔だぜ坊主。 さっさと―――……あ? おい見ろよエンペラ。 コイツまだ初期装備だぜ?」
俺の後ろに居た青い鎧の男が俺を手で退けようとして―――それに気づいた。野太い声で言うエンペラとは隣の黒い奴か。それより、まだってどう言う事だ? 始まって三日……お前らみたいな装備を持っているほうが、珍しいだろうに。青鎧に言われた黒衣装のエンペラは、俺に……というより俺の装備に気付くと、へぇ、と俺を横目で見た。
「……確かに。……デスゲーム内で縛りプレイとは新しいですね。死んでしまっては、元も子もありませんよ? ま、あかしみたいにガチガチに固める必要もないと思いますが」
……俺があえて初期装備をしてるっていうのか? 優しげな声で言ってはいるが、内心で馬鹿にしているのが丸見えだ。あかしと呼ばれた青鎧がガハハと豪快に笑う。
……だが、俺が納得行かないのはそれじゃない。大体、コイツらの装備はβ版でも見た事も無い奴だ。何故お前らは、開始三~四日で未知の装備を手にしているんだ―――そう疑問を投げかけた俺。二人は顔を見合わせ不思議そうに顔を歪ませると、その顔のまま俺に言い放った。
―――そもそも、前提が間違っていた。
「……何言ってんだ坊主。《Brave Worlds Online》は始まってもう一年半経つだろうが。―――あー、成程な。初期装備でもう一度あの頃に帰りたいってか?」
「そんなことしても称号なんて得られませんよ……ま、始まって数か月はやってた馬鹿が居ましたけれども……」
呆れたようなエンペラの言葉など、耳に入っていなかった。え? 1年半? 嘘だろ? だって俺は、始まって三日でPKされて……?
次に視線を移したのは、視界の左上。情報バーだった。そこにはHPとSPのバーと共に時刻と日付が表示されている。見たくは無かった。しかし、視線が勝手に動いてしまう。HPSPは共にマックス。時刻は午前11時、日付――死んだときは、2033年の5月26日だったはず――は。
2034/11/20
「――――すまなかった」
あかしとエンペラに詫びて、横にずれる。二人は俺を不審がりながらも何処かへと歩いていった。……いや、もう二人の事は良い。事実の整理に精一杯だった。殺されたと思ったら生きていて、しかも一年半後の世界でって、頭がおかしくなりそうだ。俺は真実を知らなかったほうが良かったのかもしれない。真実を知らなければ、混乱することも無かった。俺はコウタの様に冷静じゃないから。
コウタ。
コウタと牡丹は? 俺の親友は? 俺が生きてて、何故二人が居ない?
フレンド登録画面を開く。二人は真っ先にフレンド登録をしてある。フレンド登録をすれば1:1や多人数でのチャットの他、ログインのチェックや今居るエリアの確認などが出来て便利だ。
―――俺が生き残っているんだ。二人だって、居るよな? なぁ。居るんだよな? 俺は殺されたにも関わらず生きてんだよ。 だったら、お前らだって居るんだろ? 一年半だって関係ない。何処か攻略されたエリアでやってんだろ? ……いや、二人とも《傍観》するんだっけ。どこかの宿に居るんだよな? な?
『フレンド情報がありません』
……おい。嘘だろ? 情報が無い? 無いってことは……死んだ? ありえない。だったら何で俺は生きてんだよ。なんでまだデスゲーム内に居るんだよ。それで、どうしてお前らが居ないんだよ。どうしてだよ。……自問自答しても、何も得られるものは無かった。
確かなのは、俺が殺されたにも関わらず生きてて、コウタと牡丹が居ないという事。まだ自分の事さえも良く分ってないのに、俺の頭の中はそれで一杯だった。PKに殺された俺。その直前、馬鹿みたいに意地を張って殺された俺は、生きている。殺されかけたコウタと牡丹。まともだった二人は、居ない。馬鹿な俺は生きてて、二人は死んだ。
「……っうぁ……ああぁ……あぁぁぁぁぁ……」
膝が折れた。地面に手をついてそんな声を出していたら、何か垂れてきた。拭おうとは思わなかった。コウタと牡丹が死んだと認識した時点で、俺の精神の何かが壊れてしまった。涙が止まらない。なんで? なんで? なんで? 疑問しか浮かばない。悪いのは俺だった筈だ。俺だった筈なのに。善と悪なら、善が生き残るに決まってんだろ? 勇者と魔王は、真っ当な物語なら勇者がいつも勝つじゃねぇか。
「……何でだよッ!! ふざけんなッ!! 俺が、俺が死ぬべきだっただろうがッ!! てか死んだだろうがッ!! PKに胸刺されて、馬鹿な行いしてたなって思ってッ!! 死んだじゃねぇかッ!!! なのにッ!!! なのに……!! なんで……ッ!!!」
なんでお前らが居ないんだよ。殺される筋合い無いだろ。
近くにいた奴らの目線がこっちに向いているのが分る。だけど、気にならなかった。叫ばなければ完全に壊れてしまうと思った。けど、叫んでも何も変わらない。二人は戻ってこないし、俺にも何か有ると言う訳では無かった。何をやっても、俺の目の前にあるのは空想の中の現実だけ。何かしなければ、壊れてしまう。何か、何か!
……そうだ、此処はRPGだ。戦えば良いんだ。戦えば、何か変わるんだ。何か分らないけど、何かが。何時しか涙は止まっていた。膝を伸ばし、地面から手を放して立ち上がる。砂を軽く払って、俺はワープホールへと歩き出した。何処か。戦える場所へ。何処でも良い、戦えれば、何処でも良いんだ。目の前にあったエリアを選択し、転送が始まった。
軽い。体が羽根みたいに軽い。
襲い掛かってきた可愛らしい雲のようなモンスター――頭上には「クラウダ」と表示されている――を見据える。昨日……いや、一年半前までの自分だったら避けられなかったであろうルックスに似合わない猛烈なタックルは、《ステップ》も使わず左へひょいと動くだけで簡単に躱すことが出来た。
体を反転させ、タックルを避けられ隙を見せるそのクラウダに向かって手に持った両手剣を振る。ゼリーボール一匹倒すのにも時間が掛かった剣はクラウダの体を易々と一閃し、真っ二つにされたクラウダはそのまま光となって消え去った。一匹。
左右から俺を挟むのは、頭上に「クラウダマンティス」と表示されたモンスター。その姿は、体がクラウダの様にふわふわとしている《プレーナイトウッヅ》に居たカマキリ、スタンマンティスのようだ。四方向から繰り出される鎌だったが、それが突き刺さる前に、俺は既に左のカマキリの懐へと飛び込んでいる。首を刎ねるためにジャンプすれば、その高度もまるで違う事が分った。
一体を消滅させて右側のカマキリを見ると、鎌を振り上げて俺を攻撃しようとしていた。だけど、遅い。
「―――《トワイススラッシュ》ゥゥゥッ!!」
一振り目で胴体を上と下に分断した。もうカマキリのHPは0だがこれは二連続攻撃。その体が光となる前に二振り目で下半身をまた二つに分け、余力で偶然近くに居たサイみたいなクラウダの頭を切り払った。四体。
―――楽しい。
なんだこれ。超楽しいじゃん。そう思いつつ、まだ俺は剣を振っている。どうやらモンスターが山ほど出現するモンスターハウスへと迷い込んだみたいだが、今の俺にとって此処は最高の遊び場だ。――あぁ、また二体倒した。体は殺される前が嘘のように早く動き、ほぼ一発で全ての相手を屠っている。無双。これほど楽しいことがこの世界に有るのだろうか。そう思わせるほどに俺の気分は高ぶっていた。
「―――……ハハ」
上から急降下してきた鳥――クラウダドリルバードの攻撃は早すぎて避けきれずに肩にヒット。ほんの少しHPが減ったが、直後に鳥の体から剣が生え、光となる。剣をそのまま横に振るい、攻撃準備をしていたデカい火の玉みたいなクラウダをぶった切った。
……そこで後ろから違和感があった。反射的に剣を頭上へと突き出せば、何か重い物と衝突して金属音を響かせる。後ろを振り返れば巨大な熊、クラウダベアーが俺へとその鋭い爪を振り下ろしていた。これでもかと言うほど体重を掛けているのだが、剣と体を動かしてそれをいなし、脚を切断すれば簡単に熊は地面へと倒れこんだ。
首を飛ばすと、また背後から違和感……というか、何かが来る気配がした。これは警告なのか、とか思いつつ不意打ち気味に急に体を180度ターンさせて剣を振ってみると、予想通り突っ込んで来ていたイノシシのクラウダボアの顔が斜めにズレ、光の粒子へと形を変えた。十体。
俺の身長程の小さい雲ゴーレムに切り掛かろうとした先、後ろに何かの気配を察知する。クラウダボアの時と同じく体を回転させて後ろの敵を狙うも、敵を斬った感触はしなかった。ガキンと響く硬質的な音。「ガードクラウダ」と表示された厚い盾を装備したクラウダが、俺の剣を受け止めていたのだ。その隙は、前方だけで無く左右からも来ていたゴーレムが攻撃するのには十分な猶予だった―――三方向から、見た目とは裏腹の重い拳で殴られて地面へと倒れこむ。HPが微量ずつ減っていく。一割、二割―――。
「ハハハハッ!!!」
ゴーレム達が揃って俺に拳を振り下ろす瞬間、俺は目と鼻の先にある六本の太くて短いゴーレム達の脚を、腕を目いっぱい動かして全て断ち切っていた。拳と同じく硬いだろうと思っていたが案外楽に、スパッと斬れてしまう……いや、腕力で力任せに斬ったと言う方が良いか。バランスを崩して攻撃をキャンセルした三体に、俺は躊躇無く剣を叩き込んだ。
「アハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!」
……いつの間にか、目には涙が浮かんでいた。
何時間経っただろうか。もうクラウダは百体以上は殺しているだろう。その所為か『雲魔殺し』の称号を獲得したが、俺の気持ちは一向に晴れなかった。何故かって、気付いてしまったから。モンスターを只々斬っているだけじゃ、何にも起こらないって事が。何も変わらないって事が。……コウタと牡丹は、帰ってこないという事が。
あれから、俺はモンスターハウスを抜けて何処かも分らない場所を彷徨っていた。《シトリンクラウド》という名前らしいこのエリア。周りには緑の木々や青い湖などが有るが、その全てがふわふわとした着色された雲で作られていた。木に触ると、綿菓子のような感覚。俺も、そんな感じだった。気の抜けたコーラの様に、喪失感だけが有った。
幽霊のようにふらふらと歩く俺の耳に、何か物音が聞こえた気がした。モンスターかもしれないが、どうせ倒せるんだから行ってみようと雲で出来た木を避けつつ進む。大分近づいてきた。そこでやっと視界に情報が入り込む。そこには、誰かを取り囲む複数人の人影が有った。
取り囲まれている方はよく見えなかったが、取り囲んでいる奴らには二つ共通点が有った。一つは、白いローブを着ているという事。そして二つ目は。
何処かしらに模様が刻まれた白仮面を被っているという事。
……急速に思い出す、あの日のこと。空想の空間に居るはずだったが、その時俺は確かに、頭の中で何かが千切れる音を聞いた。
――――――――――――《称号:『復讐者』の効果を発動します》
あ、あかしとエンペラはこの先出る予定は有りません