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No.4

 


「……ッぁ……!?」



 突き飛ばされるような衝撃は無く、ただ豆腐に包丁を入れるかのように、その両手剣はやすやすと俺の胸の皮膚を突き破った。

 ―――モンスターに急所があるように、人間にも急所がある。β版から有ったシステムだが、こんなデスゲームとなってしまうとそれは多大すぎる意味を持っていた。現実と同じように首を刎ねられれば即死だし、心臓を貫かれればHPが急激に低下して死ぬ。

 そして、今の俺の状況は正しく後者。日光に反射して光り輝く両手剣は間違いなく俺の胸から、心臓の位置から生えていた。


 何が何やらわからない。そんな状況でぼんやりと視線を動かす。いや、動かすまでも無かった。鼻がぶつかる位置にまで接近していたのは、白い仮面を被った人間だった。男用の《冒険者の服》を着ているから男なのだろう。男が着ける白い仮面は笑った表情のそれで、右目付近には何やら六芒星のような模様が彫られている。

 何も言わず、俺の目前に佇んで胸元へと刃を突き立てている白仮面だが、目の前にいた俺には分った。仮面の隙間から見える男の口角が、異様に吊り上がっているのを。


 明確な「死」が近づいているのを感じる。HPゲージの著しい低落が、それに拍車をかけた。


 次に襲い掛かったのは、牡丹とコウタへの後悔の念。さっき、ついさっきだ。俺が良く分からない意地を張らずにコウタや牡丹の意見に従っていれば、こんなヤツに襲われずに済んだのかもしれない。

 よくよく考えてみれば、コウタの意見は(もっと)もだ。まだ《攻略組》なんて腐る程居るだろうし、俺達三人が《傍観組》に回ろうと、攻略を諦めようと、減った数に入らないだろう。どうせ《Brave Worlds Online》内でこの二人以外に友達は居ない。宿でグータラしてようが何してようが、悲しむ奴は一人も居ないのだ。コウタはあの場において最も真っ当だったんだ。


 思った時には、遅すぎた。


 ……遅すぎたけど。今から死にゆく俺だって、残された二人に何かしてやりたい。そうだ、「済まなかった」と言おう。こうなったのは、全部俺の責任だ。二人が俺の死を背負う必要はない。二人に謝罪して、それから死んでやろう。……そう思って、俺は錆びた機械のようにギシギシとしか動かない体を無理やり回し、視界に二人を捉える。

 二人はまだ驚いた表情のままだった。死ぬときは時間がスローに感じると言うけど、本当だったんだな。それから、俺の記憶が次々にフラッシュバックする。走馬灯って奴か。コウタや牡丹と出会ったときは特に印象的だったようで、強く脳裏に焼き付いている。……そんな彼らには、生き抜いてほしい、と。






 そう思っていたら、二人の他に視界に(・・・)捉えては(・・・・)いけな(・・・)いもの(・・・)を捉えてしまった。二人の背後、まるで二人に気づかれないように注意しながら立つ複数人の人影を。

 数は七~八人、各々が手に武器を取って何かを待ち侘びているような彼らの顔には、白仮面が張り付いていた。笑った顔、泣いた顔、怒った顔……表情はバラバラだが、何処かしらに模様が彫ってある。左目に三角、別のヤツは額に四角、また別のヤツには右頬に丸……今、自分に剣を突き刺している奴と同じPKだと俺は直感した。

 この《Brave Worlds Online》が始まってまだ三日。PK達は異様な速さでそのネットワークを確立させていたのだ。


 二人に対し、六芒星の白仮面含め八~九人。勝率は低いだろう。






 こみ上げるのは、純粋な怒り。俺は良い。親友の意見を無視した結果こうなっているのだから、当然の報いだ。殺されても文句は言えない――PKに殺されるのだから文句の一つも言いたいのだが――。でも、なんで二人までが殺されなければならないんだ。二人はまともだった。感情論をぶつける俺に対し、正しい意見を伝えようとしてくれていた。そんな二人が、何故。




 俺は生まれて初めて、ゲームという物を憎んだ。大好きで、時間さえあれば昼夜ぶっ通しでもできるほどの物だった。けれども、今に至ってはこれは唯の殺人道具だ。敵を倒して、アイテムを集めて、強い武器を作って、たまには負けて、情報をかき集めて、その途中で多くの人と知り合って、そして強い敵に勝つ―――。この一巡りが、俺は堪らなく楽しかった。

 けどこのゲームは、負けることが許されない。死んだら終わり、負けたらゲームオーバー。その時点で、俺の慣れ親しんだサイクルは崩れ去っていたのだ。これ(・・)は、もう俺の知っている、大好きな「ゲーム」では無かったのだ。


 そして、俺達を取り囲むPK集団を憎んだ。元々、コイツらも現実世界で生きていた人間だったはずだ。多少悪い事はしていたかもしれない。もしかしたら、学校や職場にも行かないやつだったかもしれない。けれどちゃんと、人間らしい生活は送っていただろう。間違っても、人を殺そうなどとは思わなかっただろう。なのに今では、人を殺して笑う殺人鬼に成り果てている。呆れと同時に、憎悪が襲ってくる。




 ……《Brave Worlds Online》がどう作用して彼らをPKへと変化させたのかとか、ゲームの開発者は何を考えてこんな仕様にしたのかとかは、最早どうでも良い。





 憎い。この世界で俺達に害を成す全てが憎い。

 俺はもうじき死ぬだろう。だけど、死んだらハイ終わりじゃない。終わりにしてたまるか。呪う。俺達を勝手にゲーム内に閉じ込め、デスゲームをさせる運営を。罪の無いコウタと牡丹までも殺す、このPK集団を。呪って呪って、呪い殺してやる。俺なんかが死んでも構わない。コイツらが死ねば、それで良いんだ。





 俺は必死に口を動かし、二人に背後の存在を気付かせようとする。「うしろ」「にげろ」―――声が聞こえたか、声が出ていなかったならばその口パクが通じたか。それすら、俺には分からなかった。死亡した際、光の粒子となって消えるのはモンスターも人間も同じ。その時には既に、俺の視界はその淡く光る粒子に阻まれていた。段々とその量は増し、口の感覚が無くなって、音も、匂いも分らなくなって、目が見えなくなって。そして。






 俺は死んだ。


 一人の人間の死としては、あまりにもあっけなく。親友を守れなかった責任を一身に被り、また運営とPKを呪い殺すと胸に誓いながら。






 ……暗い。俺はこれから何処に行くのだろうか。天国だろうか。地獄だろうか。出来れば此処に留まって、怨霊になるのが良い。《Brave Worlds Online》を彷徨(さまよ)って、PKを片っ端から呪い殺す。











 ……何もかもが真っ暗な中から、声が聞こえてきた気がする。それと同時に、《Brave Worlds Online》のシステムメッセージのような吹き出しも、頭に浮かんできた。






 ――――――――――――《あなたは死亡しました。》



 ――――――――――――《あなmくyvd亡しまfbty。》



 ――――――――――――《場bthgkjjkhvr夊9オらhjk》






 ――――――――――――《『復讐者(リベンジャー)』を獲得しました!》



 ――――――――――――《『不死鳥(フェニックス)』を獲得しました!》



 ――――――――――――《種族が変化しました》



 ――――――――――――《種族:『腐死者(ゾンビ)』になりました!》



 ――――――――――――《種族が進化しました》



 ――――――――――――《               》






 そこで、俺の意識は途切れた。

さて、序章終了です。

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