No.3
今日は2話連続投稿です
明日からは1話ずつになります
普段、体を軽く沈み込ませた後に飛び跳ねて進む水色のモンスター、ゼリーボールが、一段と深く沈み込んだ。それはβテスターの俺達には分り易すぎる攻撃の予兆であり、俺と牡丹の前に立つコウタは、既に得物である槍を構えていた。
沈み込んでからジャンプし、コウタへと体当たりしようとするそいつだったが、その攻撃が届く事は無かった。敵モンスターの多くには「カウンタータイミング」という物が設定されており、攻撃の直前のその寡少なタイミングに合わせて反撃をすれば、モンスターの攻撃がキャンセルされるばかりか後退し、僅かだが硬直する。
そしてコウタは、十分な時間があればそれに槍での突きを完璧に合わせることができた。
ゼリーボールが硬直する。その時間は一瞬と言えるほどに微少。だが一瞬でも有れば十分な程に、俺も牡丹も準備が出来ていた。
牡丹は片手剣を、俺は片手剣より少しだけ長く大きな両手剣を。コウタが槍を引いたと同時に素早く飛び出し、未だ動かないゼリーボールに向かって上から二振りの剣が斬り掛かる。剣が敵を切る効果音が二種類同時に聞こえ、水色の体の右と左に白い太刀筋の軌跡が現れてすぐ消える。
先ほどの突きで減少したゼリーボールのHPは二つの斬撃により大きく減少し、減少し……止まった。注意域、まだ奴の体力は四割ほど残っていた。
「―――……ッ!!」
俺が振り返ると、コウタの目が見開かれていたのがわかった。素早くスピアを構え直すも硬直が解けたゼリーボールは既に体を沈ませ切っていて、その直後、コウタの体に水色の体が衝突する。プレイヤーにとってみれば、その体当たり攻撃は大したことのない攻撃力だ。何度か受けても、まだHPには余裕が有る。しかし、今回は相手が相手だった。
一度振った剣をもう一度構え、コウタへとタックルした後跳ね返ってまた元の位置に戻ったゼリーボールを動かない内に斜めに斬り付ける。右から俺の両手剣が白い軌跡を残すと、直後には牡丹の片手剣が唐竹割りの様に縦一文字に切り伏せ、ついにゼリーボールのHPは0となり、体をプルプルと震わせながら頭から淡く光る粒子となって消えて行く。
ゼリーボールにタックルされたコウタは俺と視線を交わし、ゼリーボールが落としたコイン――《Brave Worlds Online》内での硬貨、10クラル――を一枚と《アクアゼリー》をアイテムに入れた牡丹はため息を吐いた。
「……強くなってんな」
「そうだね……。その割に、ドロップはそこまで良くないよ。経験値も……」
俺は吐き捨てるように、牡丹は不満げにそう口に出す。そう、β版のゼリーボールは俺一人でも簡単に倒せるほど弱かった。……先ほどの戦闘で言うなら、俺と牡丹の最初の攻撃でゼリーボールは倒れるはずだったのだ。なのに、あのゼリーボールは三人の攻撃を受けてHPは注意域に留まるばかりか、見た限りSTR……攻撃力が多くは無いが上がっている。
『強化されている』―――ゼリーボール体当たり時のコウタのHPの減り様。それがその事実を明確にしている。多分、……いや確実に、コウタも分っている。そのコウタは一度俺と視線を交わした後、何かを考えているように頭を俯けたままだった。
二匹の黄色い大きなカマキリ、スタンマンティスが振り下ろす四本の鎌。それはさながら魂を刈り取る死神の様に素早く動き、俺達の体を真っ二つにするべく襲い掛かってきた。前後左右へ少しだけ早く動けるスキル《ステップ》で横へ跳び、回避。……だが、牡丹の前に居た奴は少し勝手が違ったらしく、同じく《ステップ》で避けようと跳んだ牡丹の腕を切り裂いた。
ダメージは大したことはない。だが切り裂いた白い軌跡から飛び出した黄色い閃光が牡丹の腕を駆け巡り、動きを強制的に中断させた。麻痺か―――そう思った時には、コウタが既に《麻痺薬》を投げつけている。瓶が牡丹の体に当たり、効果が現れる。
「―――……チッ! 《トワイススラッシュ》ッ!!!」
簡単に言えばニ連続で斬り付けるそのスキルは、俺達が強化されているモンスターと数回戦い、レベルアップした時に身につけた。まさに今牡丹を切り裂かんとしているカマキリの腹に向けて先ずは横一文字、そして返す刀ならぬ返す剣で胴から脚にかけて斜めにぶった切る。
一瞬の硬直。其れに麻痺が解けた牡丹の片手剣から放たれる俺と同じ剣筋。四連続で刃を入れられたカマキリは、そのまま光と消えていった。―――と、気の緩んだ俺の背中に鋭く痛む衝撃が走り抜ける。一気にHPが四割減少……注意域一歩手前まで持っていかれた。
「《ポイントスタブ》!!」
その直後、俺を鎌で襲ったカマキリのHPが急激な減り方をし―――0となる。コウタが俺達と同じくレベルアップで手に入れた、突きの威力を高めるスキル。完全フリーとなっていたコウタには「カウンタータイミング」を突くどころか、相手の急所を攻撃することによる「一撃死」を狙う事も容易だったらしい。
サンキュー、と《回復薬》を飲みながら立ち上がる俺。あぁ、と短い返事をしながらも、またコウタは考えていた。
……三日経って、レベルは三人揃って7へと上がった。パーティを組んだ俺達は強くなっている敵に苦戦しながらも、林を奥へ奥へと進んでいる。今現在で攻略に臨んでいる奴らが少ないのか全く他のプレイヤーは見かけなかったが、マップを見ればどうやら中盤まで来ているようだ。
時間はまだ昼前、まだ先に進めるはず、と歩き出した俺達の前方、雑木に隠れて見え難い所に、それは有った。木に何かで斬られた様な傷があったのが唯一の目印だった。
「……これ。モンスターのドロップアイテムじゃ、無いよね?」
牡丹が言う。2000クラルと、『鉄の両手長剣』……こんなものを落とすモンスターは居なかった。つまりこの剣はプレイヤーがやられてドロップしたアイテム、ということになる。しかし、問題はその両手剣が俺が持つものと違うという点だった。俺も両手剣を使っているというのに、だ。
「『鉄剣』はレベル10から。だからこの持ち主は、レベル10以上で殺されたんだね」
「……進もう。一々弔ってちゃ進めない」
俺はコウタのその言葉を、ただ単に「強い奴が殺された」といった解釈で流してまた道無き道を歩き出すために足を出そうとする。そんな俺を腕で制したのは他ならぬコウタだった。思わず怪訝な顔になる俺に向け、『鉄剣』を見ていたコウタは俺へと視線を向ける。真剣な、コウタの顔だった。
「……『クリスタルキャッスル』に戻ろう」
「……? まだ昼前だぞ、回復薬だってまだあるし……」
「攻略をやめようと言ってるんだ」
は? 返せた言葉は、気が抜けたそれだけだった。段々と冷静になっていくにつれ、反論もしたくなってくる。どうして? なんで? そんな曖昧な問いに対してコウタは、レベル10になったプレイヤーさえも殺す事が出来るモンスターが近くにいることを理由にした。また、それだけじゃないと彼は言う。
「もしそのプレイヤーを殺したのが同じプレイヤーだったら。……正直、β版とは比較にならないほど危険度が増しているよ。《傍観》していたほうが賢明だ」
「なっ……!? コウタ!! 一緒に攻略するんじゃなかったのかよ!?」
「βと全く一緒だったらね。モンスターの強化、PK……運営は僕達を殺しに来てるとしか思えない」
それは俺も同感だった。スタンマンティスも素早さが上がっていたし、もしかすると麻痺付与の確率も上がっているかもしれない。三人だったから良かったものの、一人だったら死んでいたと思う。
「……で、でも、危険だからって逃げるのかよ!!」
声を荒げる俺にもコウタはうろたえない。淡々。冷静になっていたつもりが、いつしか感情を露わにしているのは俺だけだった。
「此処で死ねば、現実でも死ぬかもしれない。光、良いのか? チャレンジ精神なんて、今の状況じゃ死ぬ確率を上げるだけだよ」
「―――……私も、そう思う」
牡丹まで! 二人は何でわかってくれないんだ! 俺は死にたくない。死にたくないからこそ、挑戦するんだ。挑戦しなければ一生この牢獄の中。現実での生活を取り戻すために、俺はこのデスゲームを攻略したいっていうのに!!
「……分った。なら俺一人だけでも行ってやる!! 俺達を、お前らを助け出すんだ!!」
二人に背を向けて、俺は歩き出す。胸には未だモヤモヤとした物が残っていたけれど、それが皆を助ける一番良い方法だと思っていたから。コウタも牡丹が何か言った気がしたが、俺は気に留めなかった。……けれど、それが俺の運の尽きだった。二人の言い掛けを「俺への呼び止めの言葉」と理解してしまった時点で、俺は既に運命の女神様から突き飛ばされてしまっていたのだ。
前から飛び出してきた人影、それに牡丹は気付いていたのだろう。だから声を出した。
そしてその人影が両手剣を持ち俺へと走ってきていたのを、コウタも察知していたのだろう。だから声を出した。
でもその言葉は俺には届かなかったから。俺はその剣を胸へと、深く深く受けることになってしまったのだ。
サクッと、小気味良い音がした。