No.2
今日は此処までです。
「この《Brave Worlds Online》は、只今よりログアウト不能。クリアしなければ、死亡すれば現実での死に直結する『デスゲーム』へと移行させて頂きます」
その言葉だけで、ざわめきたっていた二万人もの人々が一瞬で静まり返った。不気味な程の静寂に包まれた白い部屋の中、『冥賀VR研究所』の男の声は続ける。機械的な説明口調は、その言葉と共により不安感を煽っていく。
「脱出不可能な件に関しては、『メニュー』画面を開けばすぐお分かりになられると思います」
男に対するイメージの所為か、その声は嫌に脳へと入り込んでくる。半ば反射的に思念操作。『メニュー』と頭の中で思えばメインメニューが視界内に出現し、視界の下隅にユーザーカラーである白を基調にした様々なボタンや情報が現れる。
そしてその中に有った筈の、βテストでは確かに有った筈の『Log Out』が見当たらなかった。幾ら探しても、それが見つかる事は無い。動揺を隠しきれない俺達に、嫌がらせの如く平坦な声は続ける。
「―――デスゲームに関しては、今ここで証明できるものは何もありません。ですが、ゲーム内で死亡した瞬間に《ミラー・アース》ヘッドギアから頭部へと電磁波を流し呼吸器系統の動きを停止させる技術は、既に研究所で開発を成功させております」
脱出も出来ず、不可解な技術で「死」を語られる。それに耐え切れなかったのは紛れもない俺達だ。飛び出したのは怒号。ふざけんな! 俺達を帰せ! 誰かから始まったそれは隣へ、また隣へと瞬く間に伝播し、大きなデモ集会のように怒声が飛び交う地へと変貌する。
俺だって、叫んでいる。こんな所で死ねないから。ありったけの罵声を、見えない声の主へと精一杯叩き付けた。反抗。それが俺達に出来る最大限の事。
だが。
それもその声の主にとっては、蚊で刺されたような物だったのか。それとも、ただ単に聞こえていないだけなのか。
「尚、本バージョンよりPKが可能となっております。PKは同レベル・同ステータスのモンスターを倒すよりも経験値・武器熟練度の値が上がり易くなっております。また、《Brave Worlds Online》内での時間は現実時間の10512000倍……分り易く言えば、現実での三秒がゲーム内の一年に相当します。それでは―――」
どちらにしろ、全くと言って良い程に声の主は気に留めていなかった。俺達がこうなっているのが当たり前かのような抑揚の無さ。俺は18年間の人生の中で、初めて『背筋が凍る』という言葉の意味を思い知って、そして。
「―――良い《BWO》ライフを」
楽しみ、嬉しさ、ドキドキ、ワクワク―――今から起こりうるあらゆる物を一瞬で消し去ったその声の主はそれだけ言って、やけに響くマイクを切ったブツッという音を最後に俺達はその白い部屋から飛ばされた。《Brave Worlds Online》の舞台、《イーディレト》へと。
「死」に対する恐怖を、拭えぬまま。
白い部屋からエリア0の始まりの地《クリスタルキャッスル》へと飛ばされて一時間。その間に二万もの大人数は大きく二つに分かれることとなった。一つは死の恐怖からか《クリスタルキャッスル》から出る事無く、至る所にある宿でこれからを過ごさんとする《傍観組》。そしてクリア条件である全エリアの攻略を目指し、死をも恐れず果敢に挑戦していく《攻略組》の二つ。
《傍観組》でも、空腹機能――現実と同じ様に腹が減り、何も食べずじまいだと最悪餓死する――と宿の料金のせいでエリアへと出なければいけない時もあるだろうが、エリア1だけでも日銭は事足りる。安全を手に入れるならば、《傍観》に利があった。
この一時間で、エリア攻略へと乗り出した者は《傍観組》よりも多かったと見て取れた。だが、彼ら全員が全員《攻略組》とは限らない。《傍観》のために日銭を稼ごうと入っていく者は勿論、PKのために力を付けようと考えている奴らもいるかもしれない。前者ならば兎も角、レベルを上げた後者と出会う可能性も考えると、やはりエリアへと踏み出す気は削がれる。
俺達三人は、《攻略組》か《傍観組》になるかを決めることが出来ず、何を話すでもなく《クリスタルキャッスル》の広間で立ち尽くしていた。
「―――やっぱり、行こう」
そんな中で、口火を切ったのは俺だった。
『冥賀VR研究所』の話は、どれもこれも俺達を恐怖させるものばかりだった。ゲーム内で死ねば、現実の俺達も死ぬ。ゲームの一年が、現実の三秒……正直、そんな技術があるとは思えない。しかしあの男の口調は何処かその話に現実味を帯びさせるもので。あの話は、本当の事と考えたほうが良さそうだ。ならば、《傍観》していたほうが賢明なのかもしれない。
けれど俺は、こんなに近くで誰かが命を懸けて頑張っているのを安全な場所から眺める事がどうしても出来なかった。《傍観組》が悪だとは言わない、いや、言えない。俺ならば、そうするという話だ。
幸い俺には、攻略を達成出来るだけの力が有る。《Brave Worlds Online》のゲームシステムがβテスト時と同じならば、当時開放されていたエリア2のボスを倒す事が出来た俺達が、逆に此処で燻っている事がおかしいのだ。
「……そうだね。私も、此処に一生居るなんて嫌。うん、行こう! 光、コウちゃん!」
俯いていた牡丹も、ようやく顔を上げた。つられて牡丹の腰にある長剣が音を立てる。……どんな事でも、明るく乗り越えていこうとする心。それは、牡丹の長所であると俺は思っている。悪く言えば「無理やりポジティブ思考へと切り替える」のだが、今ではそれがとても心強い。どうせ、この二人以外に友達は居ない。それならば三人で、この絶望から脱出したい。
「―――……じゃ、《回復薬》と《麻痺薬》を買っておこう。《プレーナイト》には強いモンスターが居ないはずだけど、念の為ね」
今まで考え込んでいたようなコウタも、首を縦に振って頷いた。冷静に物事を見極める事が得意分野のコウタは、ゲーム研究会でも様々なゲームの様々なピンチに直面し、悉くその判断力で打ち破ってきた。入って二か月弱のコウタが、期待のルーキーと言われる所以だ。
そのコウタが言う通り、エリア1の《プレーナイトウッヅ》には強敵が存在しない。エリアの最深部に棲息するエリアボスも、数人で掛かればそう大した事は無かったはずだ。運営によって改変されている可能性もあるが―――強くなっていようともいなくとも、進んでみなければ分らない。
大部分が「グループ分け」を済ませたためか、NPCの雑貨店に人は居なかった。HPを回復させる《回復薬》と《プレーナイトウッヅ》のモンスターに多い麻痺の状態異常を付加する攻撃を考慮した《麻痺薬》をそれぞれ複数個買った俺達は、《プレーナイト》の入り口で立ち止まる。
二人に、アイコンタクトを取る。
牡丹は、やってやると言わんばかりの赤い瞳をしていた。
コウタも、任せろと冷静さの陰に隠れた情熱を晒していた。
「死」に対する恐怖は、完全に拭い去ったと思っていた
自分なら《傍観》しますね、確実に。