No.1
とりあえず、三話同時投稿。
―――二十年で、一番変わったものは何?
以前、テレビ番組で見た街頭インタビューの質問だ。一番多かった答えは、実に九十七パーセントの人が答えた「VRテクノロジー」だった。
「VR」……仮想現実。コンピュータによって作られた世界を、何らかの機械を用いて人間に提示させる技術の事だ。その技術自体は二十年前にも有ったらしいが、十年前に日本のとある企業が開発したそれは、それまでの常識を容易く打ち砕いた。
人間の意識と全感覚をサイバー・ワールド内に移動させる技術。
それは、世紀の大発明と絶賛される一方でコンピュータの予測されない動きによる人間の生命の危険を指摘された。しかし、様々な機関によって安全が保障されたその技術……『もう一つの地球』が、その後日本中、いや、世界中へと爆発的に広まった事は想像に難くないだろう。なんせ、コンピュータ内の世界へダイブするのだ。
サイバー・ワールドは安全な範囲内ならば幾らでも改変でき、将来は多彩な分野で利用される事が期待された。―――そして今日、身近な所では料理のレッスンや高所作業の訓練に、国単位で見てみれば、軍事や医療関係の進化に一役買っている『ミラー・アース』。もうこの世には、無くてはならない物となったのだ。
そんな中で、五か月前の今年一月。一本のゲームが発表された。《Brave Worlds Online》……世界初の『ミラー・アース』によるVRMMORPGゲームだ。
これまでの世界を支えてきたと言っても過言ではない『ミラー・アース』。サイバー・ワールド内で見るグラフィックの精細さや創られた物の質感、耳に入る音響技術の素晴らしさは、俺も学校内で『ミラー・アース』を使用したことが有るために重々わかっている。しかし、発売元の研究所は高らかに宣言した。
―――《Brave Worlds Online》は現在の『ミラー・アース』におけるリアリティを更に追求し、限りなく現実に近い感覚を実現した、と。
2033年、5月23日。
テキトーに食事して、テキトーに風呂に入り、テキトーに冷凍庫からアイスバーを二本掻っ攫って、俺の部屋がある二階へと階段を上がる。
そうこうしている間に時刻は午後七時半を回り、《Brave Worlds Online》の正式バージョン開始まであと三十分を切った。胸にこみ上げるワクワク感は、初めてパソコンの面白さに気づいた時以来だろうか。それほど、俺はかのゲームへと期待を寄せている。
「―――お兄ちゃん? どうしたの、へらへらしちゃって」
不意に前方のドアが開き、出てきた人物から名を呼ばれた。この世界はただただ広いものだが、俺を「お兄ちゃん」なんて小っ恥ずかしい名で呼ぶのは一人しか居ない。
「……ん、いや、まぁな。いろいろあんだよ、俺にも。……明、お前こそちょっとニヤけてるぞ。どうした」
明は、俺の妹だ。俺に似ても似つかない顔立ちで、正直可愛い。……いや、俺が言っているのは世間一般的に可愛いって事で、俺に家族でアレしちゃう趣味とかはないわけで。俺が好きなのは貧しすぎでも豊かすぎでもない丁度良い位なんで、って話がそれた。
首まで伸びた黒髪、前は髪留めで留めてあって、初対面なら大人しそうな印象を与えるのだろう。でも俺に疑問を呈した時、そんな気がしたから質問に質問で返してみる。すると、明の返答は奇妙なものだった。
「!? ……な、何でもないよ、お兄ちゃん。じゃ、じゃあ私用があるから、また明日! お休み!」
俺の質問が聞こえた瞬間、明の周りの時間が全てストップしたのが俺には見えた。俺の手から一本アイスバーを奪い取ると、こんな短時間で大量の汗を掻きながら大急ぎで自分の部屋へととんぼ返りしていく。
……変な奴。普段はあんなじゃなくて、見た目通りに大人しいのに……あ、アイツ彼氏でもできたか? などと明の部屋のドア、正確には「あかり」と書かれた木板を首を傾げながら見ていると、唐突に俺の携帯が鳴りだした。
「光? もう時間だけど、ログインはした?」
牡丹か。……とか言ってる場合では無かった事に、俺は今更気づくのだった。
「……やべッ!? すっかり忘れてたッ!?」
「何してんのよ! 夕方はあれだけ力説してたくせに!」
帰り際、俺は八十%《Brave Worlds Online》の話をしていたと思う。―――のだが、明と話しているうちに既に時刻は四十五分を回っていることに、急いで自室へ駆け込んだ俺は壁掛けの時計を見て気づき、自分自身を責めながらパソコンのスイッチを入れる。
その後のパスワード認証を高速で潜り抜けた俺は、《Brave Worlds Online》のデータを引っ張り出し、それと同時に机の上に置かれていたそれを手に取った。
《ミラー・アース》用のヘッドギア。これをパソコンに接続し、様々なサイバー・ワールドを楽しむのだ。脳波診断みたいに電極が貼り付けられていて付け心地が悪い、なんてことはない。むしろ柔らかい素材で気持ちが良い。……と、余計な事を考えている時間は無い。「ヘッドギアを接続、装着し、OKをクリックしてください」と出ている画面の右下、OKボタンをクリック。
『個人認証、完了しました』
『Welcome to 《Brave Worlds Online》!!』
画面にその文字列が見えた直後、俺の現実での意識はリモコンでテレビの電源を切るが如く、一瞬で途絶えるのだった。現実世界の俺がその後どんな風になっているかなど、今の俺には知る由もない。
目を開けると、そこには人、人ゴミ、人だかり―――。俺を含めた人々、いや、《Brave Worlds Online》の記念すべき最初のプレイヤー達は、白く四角い巨大な空間で時計を見たり、他のプレイヤーたちと談笑していたり、様々な方法でその時を待っている。因みに、ここに居る全員が二か月前に行われたクローズドβテストの当選者。《Brave Worlds Online》は前もってゲームを体験した人々によって始められるわけだ。
しかしその人数は決して少なくない。その数、二万人。これが日本人だけというのだから、驚きだ。……因みになぜ日本人だけかと言うと、βテスターの条件に「日本人であること」が有ったからであるのだが、それはともかく。
「光!」
「ログインしたんだね。間に合って良かった」
重なるように聞こえてきた声は、牡丹と広太郎か。牡丹――こちらでの名前も変わらず「ボタン」――は、顔立ちこそ同じものの、髪色が金になっていたことで現実世界の牡丹より大分印象が異なる。広太郎……「コウタ」は、現実のコウタとあまり変わらない。黒髪で、フレーム眼鏡をかけているその姿は冒険者と言うより、学者のイメージだ。どちらも服装は茶色のジャケットらしき服に幅広のベルト、そしてスカートやズボン。ステータスによれば《冒険者の服》と言うRPGの伝統芸をみているような名前だ。
……俺はと言えば、コウタと同じくあまりリアルと変わらない顔だった。中肉中背で、髪の毛は所々に癖のある首まで伸びた黒髪。勿論、俺も《冒険者の服》である。……そう言えば、まだ武器が無かった。開始されてから、と言うことか。
「……いよいよだな。始まったら何する?」
「そりゃーもう、さっそく《プレーナイト》攻略でしょ!」
「だね。街で回復薬を買ったら、すぐに行こう」
視界の右上に表示された時計は、七時五十八分を指していた。エリア1の《プレーナイトウッズ》の名を出したボタンはやる気満々のようで、早くも攻略へ乗り出すようだ。俺としては、始まりの地であるエリア0《クリスタルキャッスル》をちょっと見回りたい気もするのだが、ボタンは一度言い出したら聞かない。《クリスタルキャッスル》で《回復薬》などを買えば、すぐに《プレーナイト》へと行ってしまうだろう。
いつもは冷静なコウタも、こと《Brave Worlds Online》に関しては積極的な面が目立つ。……まぁ、βテストでエリア2までは見たことが有るから、という理由も無きにしも非ずのようだが。
「八時だ!」
誰かが叫ぶ。それに応えるようにこの部屋の横壁全てが巨大なスクリーンへと変わり、壁だった大きな画面には《Brave Worlds Online》のロゴマークが表示されていた。待ちに待った瞬間が、ようやく来ようとしていた。
ザッ……ザザッ
「―――皆様、こんばんは。此方は《Brave Worlds Online》を運営します、『冥賀VR研究所』です。本日は、《Brave Worlds Online》の正式バージョン開始にあたり、多くの皆様のご参加を心待ちにしておりました」
運営の、少し低めの男の声。女性の声を期待していただけに少し拍子抜けだが、それでも世界初のゲームを楽しめる喜びがそれを上回る。早くも感情が昂ぶり、その男の声をかき消すかのようにワッ――、と歓声が上がった。
隣を見てみると、ボタンも手を突き上げて何かを叫んでいる。コウタはいつもの冷静な表情だが、その裏にはクリアへの情熱が秘められている事を俺は知っていた。こんな奴らとゲームができる。そんな幸せを噛み締めながら、俺は。
「―――世界初のVRMMORPGゲームということで、皆様にはこれから私たちが全力を挙げて作成した《Brave Worlds Online》の舞台、《イーディレト大陸》へと飛び込んでいただきます」
俺は。
「まるで現実のような臨場感で、心ゆくまでお楽しみ頂きたいと思います。しかしその前に一つ、ご注意がございます」
聞いてしまった。
「この《Brave Worlds Online》は、只今よりログアウト不能、クリアしなければ、死亡すれば現実での死に直結する『デスゲーム』へと移行させて頂きます」
……は?
冥賀という地名は実際に有ります。
実は冥賀をローマ字読みにした《Kuraga》を《Kuraga Online》としてゲーム名にしようとしていました。
(エスペラント語で「勇者」を「Kuraga」と書くらしいので、それもありますが)
その為、本文中に《Kuraga Online》が残っているかもしれません。
見落としは無いようにするつもりですが、もし見つけられましたら、ご一報の程を。