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No.10

第10話です

書き溜めが尽きたのでこれからは週に2~3回の更新となりそうです。

 



「ヒハフハン! オハイホホイヒハホウ!!」


「……え?」




 ウィストに『ワンステップ』入りを打診され、承諾した翌朝。俺は昨日の夕食と変わらず、『ワンステップ』の6人と共にテーブルを囲んでいた。

 昨晩、「じゃあヒカル君の『ワンステップ』入りは朝に伝えるから」と去り際のウィストに言われ、ついさっき彼女の口から俺のギルド入りが発表された訳だが。それに対する5人の反応は、俺にとっては結構意外な物だった。


「……おお、やっぱり(・・・・)か。 よろしくな、ヒカル」


「よろしく、ヒカル君」


「んふふー、しぇうりーちゃんの魅力に惹かれたんだろー? そうなんだろー?」


 ……等々、昨日知り合ったばかりの奴がいきなりギルドに入るのだからもう少し驚くだろうと思っていたのだが、その反応は案外淡白だ。何故だろうと考えながらふと首を動かすと、ウィストが此方を向いて微笑んでいるのが見えた。

 ……なるほど。ウィストは『ワンステップ』の勧誘を俺に掛ける事を、事前に皆へ伝えていたのだ。昨日は食事を終えてから風呂を貸してもらいそのまま速攻で寝室へと入ったから、その間に皆に話したのだろう。自分達と近い境遇の彼を、『ワンステップ』に入れたいと。そしてそれは承認を得て、昨晩の出来事に発展したわけだ。

 すると先程のしぇうりーの言葉は何なのかという事になってくるが……あれは彼女の性格上、ジョークだろう……多分。


「改めまして、ヒカルです。これからよろしくお願いします」


 これ以上の物が見つからなかった結果のおざなりな軽い挨拶をして、真正面のウィストへと向き直る。彼女はやはり、温かみのある笑みを浮かべていた。

 彼女も、他のメンバー達も、PKによって大切な人を奪われるという悲しみを背負っている。だが今は、その苦しさとか悔しさという一生癒えない傷を体に残しつつも、懸命にこのデスゲームの中を生き抜いている。そう思うと、蘇ってから《疵物》の一団を倒すまでの俺の行動が少し恥ずかしくなってくる。

 二人は死んでしまった。だからって、いつまでも泣いている訳には、悲しみのあまり狂っている訳にはいかないのだ。PK達を殺し尽し、現実世界へと帰る。特に後者は二人の悲願だろう。死んでしまった人達の思いを背負って、俺も願いが叶うその時まで必死に生きていかなければならない。


「……じゃ、朝ごはんにしようか。今日は洋風だよ」


 ウィストの言葉に、目の前の料理へと視線を移した俺は思わず嘆息する。……現実世界では朝は(もっぱ)らパン食だったのだが、それもトースト一枚にハムエッグのような軽い物だった。だが、目の前にあるこれはそれの比ではない。正直、これ程まで綺麗なブランチは生きてきて初めてだった。

 こんがり焼きあがった食パンに、色とりどりのジャムやバター。ハムエッグの上位互換とも言うべきベーコンエッグはベーコンの焼き目と黄身の色が素晴らしく、大きめのボウルに入れられたサラダは葉野菜の緑にパプリカの赤や黄色などで目にも鮮やかだ。飲み物は牛乳、コーヒー、紅茶が用意され、ミルクも砂糖も傍に置いてある。


「……すっげ……」


 一体何処のセレブだろうか。昨日の夕食の時も同じような事を思っていた気がするが、《Brave Worlds Online》では攻略の事かモンスターを倒す事しか考えず、食事や娯楽など二の次だと思っていた俺には一層ウィストの『料理:Lv7』が凄い事のように思える。

 彼女の声と共に手を合わせ、食材へと感謝するという本来の「頂きます」の意味を何となく思い出しながら食べ始めてみれば、やはり、見た目通りの美味しさだ。しかしこれは、現実世界では無い電脳空間(サイバーワールド)。《ミラー・アース》にも、《Brave Worlds Online》にも感謝しなくてはいけない気分となった。


 そしてそんな中、トントンと肩を軽く叩かれた物だから其方の方向へと首を振ってみると、イチゴのジャムをたっぷりと乗せた食パンを頬張りながら泉希が冒頭のセリフを―――まるで異世界言語のようなそれを喋りだし、俺は彼女のその意味不明加減に、無意識にそんな呆けたような声を出してしまうのだった。





「買い物?」


「そうです! 特に防具ですね! 正式版がスタートしてから一年半経つのにまだ《冒険者の服》だとプレイヤーから不審がられるかもしれませんし……」


 どうやら泉希は先ほど、「ヒカルさん! 買い物行きましょう!」と言ったらしい。パンを咥えながら。マナーに厳しいらしいキタミにため息をつかれながら注意され、途端に焦りながらもパンを全て咀嚼し飲み込んでから彼女はそう言い直したのだった。

 確かに、今の俺の格好は一年半もゲームをプレイしている人間としては明らかに異常だ。《傍観組》だって、何の効果も無い《冒険者の服(しょきそうび)》よりも、着心地の良い服を溜めた金で買っているはず。そんな中、今正に攻略へと飛び込まんとしている俺がこんな姿で良い訳がない。


「後、武器やね。 死んで以来何も買ってないってことは、武器もそのままって事やろ?」


 キタミの言葉に首を縦に振って、アイテムメニューから両手剣を目の前に呼び出した。壁に掛けられた物と同じ《始まりの両手剣》の刀身は、今でも変わらず白銀の輝きを保っている。確かに美しいのだが……武器としては最低ランクの代物である。そういえば替えなければいけないと昨晩も思っていた。

 モンスターハウスでの戦闘や、《疵物》の一団との衝突で自分が強くなっていたことは分った。しかし、もっと強くならなければいけない。なにせ、まだ強いレベルの奴が居るのだ。その中にはきっとPKの奴らも含まれているのだろう。まずは、装備を整えなければ話にならない。


「実は、鍛冶屋さんには当てが有るんですよ! 凄い人がやっていて、『ワンステップ』御用達なんです!」


 聞いてみると、その鍛冶屋は『鍛冶:Lv7』を持つ人らしい。ウィストの『料理:Lv7』が今目の前にあるこの状態を作り出しているのを考慮すると、『鍛冶:Lv7』なら良い武器を作ってくれるかもしれない。いや、自分事だが作ってくれなくては困るのだ。

 両手剣を戻し、食べていなかったサラダを小皿に移して食べ始める。瑞々しい葉野菜は、一日の始まりにピッタリだ。酸味のあるドレッシングも、サラダによく合っている。そんな正直ガラでも無い事を考えながら、俺はこれからの予定を立てていく。


 まずは、泉希の言う通りに装備を整えたい。レベルアップは時間が掛かるし、強い武器や防具を買ったり作ってもらったりするのが一番手っ取り早かったりする。《Brave Worlds Online》では武器にレベル制限がある場合があり、レベルが低いと装備が持てないという事態もあるのだが、トップクラスのレベルならば問題は無いだろう。

 そして、レベルアップをしつつエリア攻略に臨む。レベルが高いと言っても、まだ山ほど高い奴は居る。高レベルのPKに当ってしまえば、そこで人生が終わってしまうかもしれないのだ。何せ、《不死者(アンデッド)》はMNTに左右される。何かが原因でMNTが激減し、死亡したら――――ゾッとする。

 そしてレベルを上げた後、PKをどのように殺していくかは……その時に考えよう。まずは準備が大切だ。


 朝食を食べ終え、真っ白な牛乳をゴクゴクと飲んでいく。現実世界で飲んだどの牛乳よりも美味しかったのは最早言うまでもないが……チラと前を見ると、ウィストの隣に座るしぇうりーが「ひーくんひーくん」と声をかけながら手招きしていた。


「何?」


「いやさ、装備を作るのは良いんだけどさー。それ相応のお金とか材料は有るのかぬーって」


 ……確かに。アイテムを買うのにはお金が要るし、鍛冶屋で武器や防具を作ってもらうのにも料金や材料が必要だ。当然レア度が高い材料を鍛冶レベルの高い職人に渡せば、良い武具が手に入る。しかしその分値段も高額。

 実質四日間しかこのゲームをプレイしていない俺の手持ちは、幾らクラウダを倒しまくって《疵物》の一団を殺したと言えど、《攻略組》の人間が持つそれよりは格段に少ない。……はずだったのだが。


「実はさ。昨日アイテムの整理してたらこんなもんを大量に見つけちゃって……多分死んだ時に入れられたんだと思うけど」


「へー。何さ何さー、もったいぶらずに教えるがよいわー!」


 正直、これを見つけた時は外見があまり良い物では無かったし、アイテムボックスには其処らに落ちているような、平凡な金にもならないような物を入れられたのかと思っていた。

 しかし良く考えてみれば、今の俺が有るのは誰かの作為的なプログラムの所為。ならば、そんな普遍的な物をボックスに入れている訳が無い訳で。

 皆にそれを見せようとボックスから取り出すと、俺は今日一番か二番の驚きを『ワンステップ』メンバーから受けるのだった。







「よぉ泉希ぃー!! ひっさしっぶりー!!!」


「むぐっ!? ちょ、カーラさん! 今日はっ! 紹介したい人が居るんでっ! そういうのは……うぐぅ……」


 目の前で行われていることに、俺は呆然とする他無かった。泉希が言う『ワンステップ』御用達の鍛冶職人に会う為に《シトリンクラウン》の『タウン』を歩き、其処の主人が営む鍛冶屋……表には『ヴァルカン』と書いてあったそこを訪れたまでは良かった。

 しかし中に入って泉希が呼び鈴を押し、奥の鍛冶場から、受付嬢だろうか一人の女性が顔を出して泉希の顔を認めるなり飛びついてハグをし始めるなど、誰が予想できただろうか。その間にも泉希は女性の胸へと顔を埋められている。泉希は何か助けを求めているようだが、あまりのスピードで襲い掛かった目の前の出来事に、俺は反応できない。

 結局その情熱的な抱擁はその女性が俺を視界に捉えるまで続き、窒息寸前にまで追い込まれていた泉希は「何で助けてくれなかったんですか!」と怒りの表情を俺に向けたのだが、一体何が起こっていたのか分らない俺には苦笑するしかその場を凌ぐ方法は無かったのだった。


「……で? 紹介したい人っつーのは、コイツの事か?」


 ……その女性は、随分と背が高かった。俺も175は有るのだがそれよか少し低いか同じ位だ。顔は強気そうなパッチリした目が特徴的で、長い黒髪は二房に分けてそれぞれ三つ編みにしている。格好は……その……結構豊満な胸にサラシを巻き、下にはとび職の人が良く穿いているアレ。開放的と言うか、刺激的な服装の彼女だが、あまり女性とは思えないような口調も印象的だった。

 そんな彼女も一応抱きしめている間の泉希の言葉は聞いていたらしく、親指で俺を指して泉希に尋ねた。泉希は未だ先ほどの抱き付き攻撃のダメージが残っているのか少しグロッキーな表情ながらも、当然といった様子で首を縦に振る。


「そうですよ! 私を助けてくれた人で、色々有って『ワンステップ』に入ってくれたんです!」


 話せば長くなるのは分るが、端折り過ぎだと思うのは俺だけだろうか。……とは言うものの、俺が一度死んで蘇った存在だという事はあまり『ワンステップ』外では話されたくないというのも事実だ。デスゲーム内でそんな事を知れたら大事になる事は確実だし、周りが騒ぎ立てれば自由に動けないかもしれない。

 ヒカルです、と簡単な自己紹介をすると彼女はカーラと名乗って手を差し出してきた。俺も手を出して握手をすると、彼女の手の皮が女性にしては厚く、また所々に豆が有る事も分った。


「えっと……カーラさんも職人なんですか?」


「『も』? いや、此処にアタシ以外の職人は居ないぜ? まー、アタシが『ヴァルカン』の主人っつーことだ。これからよろしく頼むぜ、ヒカル」


 ……少し予想はしていたが、やはりそうか。つまり『ワンステップ』御用達の職人とはこのカーラの事だったのだ。鍛冶をすると本物の職人らしく手に豆が出来るなんてことは初めて知ったが、そうなればカーラの『鍛冶:Lv7』と言うのも頷ける。凄腕と言うのは、本当のようだ。


「……で、今日は何しに来たんだ? まさか新メンバーの紹介ってだけじゃねーんだろ?」


「勿論です! 実はヒカルさんの武器を作って貰いに来たんですけど……大丈夫でしたか?」


 因みに俺は初期装備ではなく、《シンプルシャツ》と《シンプルパンツ》のラフな格好だ。流石に《冒険者の服》で行けば、幾ら今から会いに行く職人が大らかな性格であっても絶対に怪しまれる。信用は取れるだけとっておきたい。

 彼女は首を縦に振った。そして俺が、両手剣を作って欲しいと伝える。


「作るのは大いにOKなんだが……両手剣っつっても、出来るモノは素材によるぜ?」


 つまりは、素材を出せとカーラは言っているわけだ。当然、鍛冶屋に依頼する以上そんな事はお見通しで、アイテムボックスからそれら(・・・)を取り出し、カウンターに置くとカーラの右目の色が変わった。鍛冶屋などを営んでいる人達には重要なスキル、アイテムのレア度などを測ることが出来る《職人の目》を使っているのだと泉希は言う。




「っはー……成程な。『Lv8』……ウィストはまた普通じゃない奴を拾ってきたっつーわけか」




 カーラの目の色が変わった。《職人の目》ではなく、食指が動いているという意味で。

 そんな彼女の反応を見て、俺と泉希は「やっぱり……」と顔を見合わせる。カーラの言葉は、俺の持っていたアイテムがレア度Lv8の超レア物だったと言うことを如実に表していた。

どうでも良いですが、今日自分の誕生日でした

誰も祝ってくれませんでした


そんなどうでも良い事はともかく、各エリアは人間が住む『タウン』と、攻略対象である『ダンジョン』に分かれています。

もっと早くに書くべきでしたね、すみませんでした。

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