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No.9

 

「……」


 俺はベッドに座り、頭を抱えていた。時はウィストがこの部屋に入ってきてから数分経った頃だろうか。その当の本人は部屋備え付けの椅子に座り、深夜という事もあるのだろうか、笑いをかみ殺している。ともすればテーブルをバンバン叩いて笑い出しそうだったが、それは抑えているようだった。


「くく……ご、ゴメンね、ヒカル君。……さんぽとか赤行君がもう慣れっこなもんだから、ついつい何時も通りに入ってきちゃったよ……」


 数分前の俺を……不埒(ふらち)な事を考えていた俺をぶん殴って昏倒させたい気分になってきた。何が夜這いだ、馬鹿らしい。大体、全年齢対象のこのゲームにそういうセクシャルな行為を出来る機能はなかったはずだ。……でも、そんな恰好で入ってこられたら誰だって……とせめてもの反論を試みたが、ウィストは相変わらず笑いながらゴメンゴメンと言うばかりで、全く効いていなかった。

 ……ウィスト曰く、この格好は寝間着で普段身に着けている物だという。さんぽや赤行も最初こそ俺の様に驚いていたらしいのだが、段々慣れてきたようで、今では何も言わないらしい。今ウィストが静かに、だが大いに笑っているのは、そんな初期の男衆を思い出したからだそうで。……なんというか、あの二人も相当苦労してるんだろうなぁと感じる。


「……それで、話って何ですか?」


 重い頭を上げ、目に毒なウィストの格好をできるだけ見ないようにして、俺は本題に入ろうとする。話を逸らしたいのも有るが、こんな夜中の突然の訪問だ。それもギルドマスターであるウィストが直接やってくるんだからなにか重要な事案に違いなかった。そして、実際それは当たっていた。


「くく…………あー、コホン。……ヒカル君は、自分のステータスを見たかい?」


 まだ笑いを鎮めきれない様子のウィストだったが咳払いでスイッチを切り替えたようで、恥ずかしさのあまり目を見る事が出来ないが、声だけ聴けばすっかりリビングに居た頃のウィストに戻っている。質問には縦に首を振った。今さっき確認していたことだ。そうそう忘れない。


「で、どうだった?」


「昨日レベル7だったとは思えない位に成長してました。レベルが60も上がってて……」


「……という事は、67? ……あ、あのね、ヒカル君。落ち着いて聞いてほしいんだけど……」


 今の俺のレベルを聞くと、何故か慌て始めた様子のウィスト。確かにレベルが突如60も上がるのは異常なのだが、バグの事についてはリビングで話していたし、驚く要素はあまり無いだろう。何だと訝しみつつ、彼女の言葉を待っいたのだが彼女は違った観点で俺の言葉を聞いていたらしく。



「私のレベルは今69なんだ。で、今のレベルトップが確か……72だったかな。正直言うと……君は全プレイヤーの中でもトップクラスのレベルになってる」




 ……えっ? と素っ頓狂な声が出て、思わず顔を上げてしまった。下着が透けているウィストの姿が見えたが、今はそんなこと気にならない。……ちょ、ちょっと待って。殺されたら蘇って、いきなり強くなってて、しかもそのレベルがプレイヤートップクラス?


 ……偶然にも程が有るだろう。やはりこれは、バグなんかじゃない。誰かが人為的に仕掛けたプログラム……でも、誰が、何のために? 恐らく仕掛けたのは、《Brave Worlds Online》発売元の「冥賀VR研究所」。しかしソイツらは俺達を『デスゲーム』に参加させ、殺そうとしている。こんな力……特に『不死者』を持たせる意味がない。それも、俺に。研究所から何のマークもされていなかっただろう俺に。

 訳が分からない。レベルがそんな高い物だと知っただけで、俺の考えはますます絡み合っていく。思わず頭を抱え込んだ俺に、ウィストは「大丈夫かい?」と声をかけてくれた。……とりあえず、その事は置いておこう。今は、ウィストの話を聞くのが先だ。


「……大丈夫です。そんなレベルだなんて、思ってなかったので」


「私も驚いたよ。バグにしては、少々出来過ぎだと思うんだけどね……そうか……67かぁ……」


 と、何やらぶつぶつ呟きだすウィスト。それがウィストの言っていた「話」に関係が有るのか無いのか、俺にはさっぱりわからない。……しょうがないので黙ってウィストを待っていると、意外にも早く考えが纏まった様で、夕方のしぇうりーと同じく真剣な目つきで此方を見つめていた。


「ねぇ、ヒカル君」


 何だろう。もしや、マジで追い出されるのだろうか。レベルを聞いたのも、そのレベルならば宿無し食無し一文無しでもやって行けるだろうと思ったからと考えれば辻褄は合うし。……段々怖くなってきた。大学の合格発表以来の緊張感が俺を襲う中、ウィストは口を開いた。






「……もし良かったら……、『ワンステップ』に入ってくれないかな?」






 ……。


 ……え? 逆? 追い出されるんじゃなくて、俺を迎え入れてくれるのか、この人は? 何で? ……67と言うレベルがプレイヤートップクラスという事を知った先ほど以上の混乱でポカーンと口を開けたままの俺を見て、ウィストも軽く不思議がっているようで。


「……もしかして、疑ってる?」


 自分でも、俺がウィストに対して不思議……と言うより、意味が分からないといった表情をしているというのが分かった。レベルを聞いたのはこの為だったのか。つまり、ウィストは俺の強さを測ろうとしていたことになる。でも、幾ら俺のレベルが高いからと言ってそれだけでは理由にならない。俺より強いプレイヤーだっているのだから。だったら理由は何か。……思い返してみれば、ウィストが俺に受けた恩と言うのもある。


「……俺は、ただ泉希ちゃんを助けただけですよ。レベルだってウィストさんより低いんですよね?」


 ウィストが自己紹介をした際、初めてウィストと泉希が姉妹であることを知った。そして、ウィストが泉希を溺愛していることも。妹を助けた……、そんな理由で見ず知らずの男を勧誘するか? 普通。……今日見てきたウィストと言う人物ならばやりかねない気もするが……。


「うーん……まぁ、泉希を助けてくれたってだけで十分なんだけどね。もう一つあるんだ」


「……もう一つ?」


「リビングの壁に掛けてあった両手剣は覚えてるかい?」


 出てきたのは、意外な言葉だった。リビングへ初めて入るときに壁に掛けられた俺の持つそれと同じ両手剣。しかし、あれとこの話と一体どんな関係が有るんだろうか。如何せん『ワンステップ』の事は何も知らない俺だから、考えようにも考える材料がない。首を縦に振ると、ウィストは僅かに顔を俯かせた。


「あれさ、『ワンステップ』のメンバーだった(・・・)人のなんだよね」


「……だった、って」



「殺されたんだ。PKに。君の友人と同じく、《疵物》にね」



 それは、一人の人間が死んだ事を思い出しているような口調ではなく、数秒前と変わらない、優しい声だった。


「私の兄みたいな人でね、元々ギルマスはその人だったんだ。両手剣は、ギルドが出来た日にその人が飾ったんだよ。ギルドのシンボルだって」


「……本当のお兄さんじゃ無かったんですか?」


「違うよ。β版の時に知り合って、泉希と一緒に良くしてもらったんだ。その人は家族想いでね。私と泉希を本当の妹みたいに可愛がってくれたんだ。その内仲間が増えてきて、パーティはギルドになった」


 それが『ワンステップ』である事は問うまでも無い。やはりその人も、死ねば現実でも死んでしまうデスゲームの中で、温かみのある家族という物が恋しかったのだろうか。もしそうだとしたら、ウィストがギルドメンバーに掛ける大きな愛情という物も理解が付いた。


「それが……ちょうど一年前くらいかな。エリア攻略を積極的に行って、どんどん強くなっていったよ。中でもその人は、頭一つ抜けてたけどね」


 およそ半年前に開催されたイベントは、タッグでのバトルトーナメントだったらしい。それに出場したその人とウィストは当初全く注目されていなかったにも拘らず、順調に勝ち進んでいった。そして準決勝で当時既に規模第一位のギルドだった《進む者》のマスターである《炎天》のペアと当たり、惜しくも敗れ去った。

 しかし三位決定戦では勝利して三位となり、またその連携プレーは優勝した《炎天》組より上とされた為、二人には二つ名が付けられた……そんなエピソードも、ウィストは紹介した。


「あの人は『メンバーが多すぎると全員を見てあげることが出来なくなる』とか言って、イベントを見て来た大勢のギルド参加希望者を断っちゃってね。私もそれに賛同しているから、今もメンバーは6人だけさ」


 なるほど。アットホームな雰囲気を重視した結果、ギルマスが69と言う高レベルの《攻略組》であり、イベントでも三位と言う輝かしい成績を残しているのにメンバーはたった6人だけなのか。……流石に、メンバーの管理を面倒臭がったわけではないだろう。


「で、四ヶ月前くらい前。私達は何時も通りにエリア攻略に向かったんだ。でもそこにはモンスターだけじゃなくて、沢山の《疵物》も居た」


 ……そこから先は、大体予想がついた。そして、ウィストが語ったのはその予想同然の物だった。その人は大切な家族であるウィスト達ギルドメンバーを守る為に、自らを囮として彼女達を逃がす事を考えた。メンバーは猛反発した。だが、その人は聞く耳を持たない。……多分、メンバー総出でも勝てないような人数だったんだろう。

 一番最初にその人の必死の願いを応諾したのは、今のサブマスターであるさんぽだった。しぇうりーが応じ、キタミが応えたが、ウィストと泉希はその人を諦め切れないまま、三人に半ば引きずられるようにその場から逃げ去った。――――数分後にフレンド登録していた彼の名前が消え、それっきり彼が戻って来る事は無かった。

 それから数日のメンバーの様子は……想像が容易だ。俺も、同じように友人を失ったのだから。


 取り囲まれている状態からメンバーを逃がし、多人数を一人で相手にするなど、余程彼は強かったのだろう。だが、数の暴力は容赦しなかった。自分の何倍の数を持ち全方向から襲い掛かる武器は、例えそれら一つ一つが微力だったとしても人一人を葬るまでの力になった。



 俺は理解した。ウィストが何故出会って二日も経っていない奴をギルドに入れようとするのか、それだけではない。『ワンステップ』のメンバーが、俺が泉希を助けるまでの過去を話した時の目。同情かと思ったが、あれは自分達の辛く、重い過去を思い出していたのだ。


「あの後、泉希は引きこもっちゃってさ。この前やっと部屋から出てきたんだ」


 ショックが大きすぎたのだろう。そういう所は、俺に似ていた。俺の場合、友人二人が死んだ事をモンスターハウスのモンスターを狩ることで発散していた……まぁ、そんな事で充足しなかったのだが。しかし、泉希は自らの殻に閉じ篭った。自分の部屋で、ずっとその人の事を想って泣いていたのだろうか。月並みだが、気持ちは痛い程に理解できた。

 ウィスト曰く、『ワンステップ』はその後、その人と泉希を欠きながらもエリア攻略の活動をしていたそうだ。ウィストはギルマス、さんぽがサブとなり、最新エリア攻略にも度々顔を出し、《進む者》や《天攻剋色》らと共にボス討伐を目指した。赤行はその人が死んだのと同時期に入ってきたそうだ。何でも、俺みたいな境遇を持っているらしい。そして第十三エリアの攻略途中……一ヶ月前に泉希が復帰した。


「泉希は強くなりたかったらしくてね。昨日も私達が居るのに一人で《シトリン》のダンジョンに行くって言い出してさ。でも、《シトリン》では《血糊人形》も《疵物》も目撃情報が出てなかったから、泉希の意思を尊重したんだ。そしたら……」


「運悪く《疵物》の一団に襲われて、そこで運良く俺がソイツらを狩り始めた……って訳ですか」


 泉希は運が良いのか悪いのか分らないね、とウィストは苦笑した。……それが、『ワンステップ』の過去。波乱万丈という言葉が良く当てはまる、壮絶な一年半らしかった。特にウィストは、大事な兄を失いながらもマスターとしてギルドを纏め、自らもレベルをプレイヤートップクラスにまで押し上げている。


「……私の昔話になっちゃったわけなんだけどさ、端的に言えば、君を……私みたいな過去を持つ人を、私は放っておけないんだ。……どうかな?」


 俺も、ウィストも、同じ様に大切な人を失った。だけどウィストは、強かった。俺みたいに、誰かが居なければそのまま狂って死んでいたような人間じゃない。そして今も、逞しく生き抜いている。

 ……そんな人間に心の内を吐露されれば、何処かへふらりと行ける筈も無い。気付けば俺はウィストへと、真っ直ぐ手を差し出していた。



「……そんなの言われたら、断れっこないですって」



 ありがとう、ありがとうと言いながら俺の手を握ったウィストは、微笑みながらも涙が頬を伝っていた。これが、ウィストが俺に見せた最初の涙だった。

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