No.0
連載小説としては、二作目となります。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
暑い。
今年一番の気温だそうで、クーラーがガンガンに効いた講義室から出た途端広がる、熱気、熱気、熱気―――。
正直堪らない。この暑さを恐怖して講義室内にいるのも冷房症だかそんな病気になりそうだが、こう気温が高いと、それより認知度の高い熱中症とか脱水症状になって簡単に死んでしまいそうだ。老人が主だろうが毎年百人単位でお亡くなりになっている。熱は侮れない。
早く外へと繰り出したい衝動に駆られた。俺はオレンジ色の太陽から容赦無く照り付ける日の光は嫌いでは無い。この講義棟の廊下のように、蒸し暑いのが嫌いなのだ。むしろ陽光は好きな部類に入る。
……だからって、その理由だけで外へ脱出したい訳では無い。恒星からのプレゼントを受け取りたい訳では無い。今の俺は、一刻も早く家へと帰りたいのだった。
「光ー!!」
もうあと一歩で、自動ドアを潜る。そんな俺へ思わぬ横槍が入る。それと同時に思い出した。コイツも五コマ目は同じ講義棟での授業だったか、と。
女の声。ダークブラウンに染めたと言っていた長い髪は、うなじ付近で結んであった。着ているTシャツは汗でしっとり濡れているのかちょっとだけ彼女の下着が透けているような気がした。気がしただけだ。
「……ん、牡丹か」
そんな彼女に向けて、俺はジトリと横目を向ける。言葉には出していないが、早く家に帰りたい俺にとっては彼女の存在は障害でしかない。とは言うものの、無視するわけにもいかないのが友人という物だ。――志紀 牡丹。それが彼女の名前。俺の数少ない友人にして、ゲーム研究会の部員。……まぁ、俺も同じ所に入ってるから、彼女のような友人が増えたのだが。
「いやー、やっと終わった! 早く家帰ろ? 待ちに待った日なんだからさ!」
牡丹が俺のジト目を気にする様子はなく、言いたかったことを全て牡丹に言われてしまった俺は、おう、と軽く返答して自動ドアを潜るしかない。無数の人によってミックスされた外と棟内の空気は、ドアを開けてもそこまで暑いと感じることはなかった。
「――あれ、光に牡丹? 2人も五コマ目の授業有ったんだ」
緑に満たされた構内を横切り、通用門から大学の外へと出ようとする俺達にまたもや刺客が舞い込んできた。彼は翼 広太郎という。適度に整えられた短めの黒髪とフレーム眼鏡が知的な印象を与えるが、彼の場合知的なのは勿論の事で、しかもゲーム研究会期待のルーキーであった。神はニ物を与えないと言うが、そんな事は無いと断っておこう。
「あぁ。……その調子じゃ、コウタも有ったみたいだな」
「まあね、補講だよ。……じゃ、どうせ光の事だから話してるのも勿体無いだろう? 早く帰ろうか」
「さんせー! ……あ、暑いからコンビニでアイス買って帰らない?」
牡丹の提案は多数決によって可決され、俺は露骨に嫌な顔をするのだが正直俺も暑い。結局各自で好きなアイスを買い、電車内では他愛のない話をし、とある駅で広太郎……コウタとは別れることになる。……あれだけ早く帰りたいと心の中で喚いていたのに結局いつも通りの帰り道となってしまった。それも悪くないな、なんて思ってしまう自分を憎む事は出来ない。
「……8時からだっけ?」
既に電車は降り、徒歩での帰り道。唐突に、牡丹が俺に声をかけた。牡丹より背が高い俺は必然的に見下ろす形となるのだが、牡丹を見るとこれから始まる出来事にワクワクしているような、パッと明るい笑顔だった。彼女の笑顔は、常に周りの人間を笑顔にさせる。小説のような言い回しが、彼女に一番似合っている。
そうだな、と声を掛ければ、もう自宅の前に来ていた。また後でね、と牡丹が手を振りながら一つ隣の家へと入っていき、俺も「杜屋」の表札が掛けられた目の前の家へと入っていく。
杜屋 光。とある国立大学、電気電子科の一回生でゲーム研究会所属と言うのが俺の最新の情報となるのだろうか。……そんな事はともかく、俺は家のドアを開ける前、思わず呟いてしまった。
「―――《Brave Worlds Online》、か……」
きっと俺はその時、子供が玩具を与えてもらった時のキラキラした笑みを浮かべていたのであろう。鏡を見なくてもわかる、気持ちがそう言っている。
そしてその名は、数時間後には俺を本物の非日常へと旅立させる世界初のVRMMORPGの名前であった。
因みに私は、MMORPGをプレイしたことが有りません。誤字脱字は勿論、矛盾等有りましたら感想欄へどうぞ。
勿論普通の感想もお待ちしております。