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龍は吟じて虎は咆え  作者: 南紀和沙
第二章
9/39

牢獄の仙女

<登場人物>

虹玉髄コウ ギョクズイ……主人公。峰国王づきの侍従。

・少女……跋軍にて「青娘」と呼ばれていた謎の娘。青い髪と青い目をしている。

 石造りの地下牢は、夏の初めの空気を吸って、すこし暑かった。

 いちばん奥の牢に、少女は閉じこめられている。そこは、ほかの虜囚たちからは離れた場所で、人目につかない。むやみに他者と接触してはいけない(とりこ)が、入れられる場所だった。

「食事だよ」

 横になっていた少女が、身を起こした。粗末な衣を着せられた肩に、長い髪が流れかかる。

 見慣れぬ青い瞳がこちらを見ると、すこし焦ってしまう。

 少女はなんの不満も漏らさず、粗末な膳を受け取った。膳の上にあるのは、命をつなぐに、最低限の量の飯だ。欠けた椀に雑穀だけが盛られ、あとは野菜の汁と、水だけだ。

 少女が箸を取った。淡々と、その小さな口で食べる。

 玉髄(ギョクズイ)は石の床に座り込み、背を壁に預けた。

「……ずっとそこにいるの?」

 黙って飯をついばんでいた少女が、玉髄に視線をやり、尋ねた。

「迷惑かな?」

「ううん」

 少女は軽く首を振り、また飯をついばみ出した。

 玉髄はそれを眺め、そして天井に視線を移した。少女の気配をうかがいながら、目を閉じる。

 少女の小さな手にあった椀が空になった頃、玉髄は再び目を開けて、切り出した。

「すこし、君と話がしたくて」

 少女は、その青色の視線を玉髄に向けた。興味を持ったようだ。

 玉髄は微笑み、できるだけ穏やかな口調で名乗った。

「僕の名前は、虹玉髄(コウギョクズイ)。玉髄って呼んで」

「玉髄……」

「君の名前は?」

「好きに呼んで」

 素っ気ない答えだった。

 しかし、それは玉髄も予想していた。少年は軽く首を振った。

「それは……しない」

「なぜ?」

「君には、ちゃんと君にふさわしい名前があるんでしょ?」

 少女が目を丸くする。

「この国は、近衛兵に捕虜の世話をさせるの?」

 少女が、問うてきた。

 そっけない態度のわりに、よく見ている。玉髄はそう思った。彼女を捕らえた時に交わした短いやりとりが、彼女に玉髄を近衛兵だと思わせたのだろう。

「いや、僕は近衛兵じゃない。侍従だ」

「侍従?」

(ホウ)国王・峯晃曜(ホウコウヨウ)様の侍従。それが、僕」

「国王の……」

(コウ)……いや、我が君は、君のことをとても気にかけていらっしゃる。だから、僕がここに来た」

「この国の王の、代理というわけ?」

「代理というのが、ふさわしいのかどうかはわからないけど……ま、我が君のおぼしめしで来たってところかな」

「なぜ?」

 なぜ、この国の王が虜囚にそこまで興味を示すのか。少女は、そう問うていた。


「この国を護るために」


 玉髄は、ためらいなくそう言った。本心だった。

「護るために、(バツ)軍の強さの秘密を、知りたいんだ」

「護る……ため?」

「うん。そして、そのためには――跋軍の龍師(りゅうし)、つまり君が話してくれることが必要だ」

「護るために? 攻めることは、考えないの?」

「攻める? 外に攻めてゆくことの愚かさは、この国はよく知っている。十年ほど前まで……この国はずっと、戦争に悩まされてきた」

 この峰国は、過去に大国の侵攻を受けたことがある。それを、先王と騎龍(キリュウ)たちが迎え撃った。何十年も血腥(ちなまぐさ)いかけひきを繰り返し――大国の力が弱って、ようやく峰国に平穏な時が訪れたのだ。

「跋の民とも、その時から険悪な関係になってしまった。だから、彼らが攻めてきたと聞いた時、また大きな戦争が始まるのかと思った。我が君も、それをいちばん恐れておられた」

 玉髄は淡々と、主君の考えを伝える。

「我が君の望みは、ただひとつ。いまある国土を、安寧に保つ。それだけだ」

「…………」

 少女が、黙り込んだ。

「僕の見たところ、君は断京(ダンケイ)の忠実な臣下というわけじゃないみたいだ。むしろ、なにか別の……忠誠以外の意志があって、彼に近づいたんじゃないのかい?」

「どうして、そう思うの?」

「なんとなく、だけど」

 そこまで言って、玉髄はにこっと笑った。

「どう? 当たってた?」

「まだ、その時じゃない」

「暴露する機会(とき)じゃないと?」

「うん」

 少女の答えに、玉髄はほっと息をついた。少女には最後まで黙りとおす意志はないらしい。「その時」とやらがくれば、必ず話してくれる。玉髄はそう感じた。

 そして、それ以上尋ねることはせず、玉髄は少女を見た。

「……すごく、泰然としてるね」

「そう?」

「君くらいの歳の女の子は、こんなところに閉じ込められてたら、平気じゃいられないよ?」

「わたしくらいの、歳?」

 少女は、一瞬キョトンとした表情になった。そして玉髄から顔を背け、肩を震わせる。くつくつと含み笑いをしている。

「な、なにか変なこと言った?」

「ううん。面白いのね、あなた」

 振り向いた少女の笑顔に、玉髄は一瞬、目を奪われる。綺麗な笑顔をする。そう思った。蹴り飛ばされた時の悔しさを、玉髄は忘れた。

「――また、明日」

 空になった食器を乗せた膳を返してもらうと、玉髄はそう言って立ち上がった。

初出:2009年己丑09月07日

修正:2013年癸巳04月29日

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