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龍は吟じて虎は咆え  作者: 南紀和沙
第一章
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出会う

虹玉髄コウ ギョクズイ……物語の主人公。国王付き侍従。

峯晃曜ホウ コウヨウ……峰王国の若き国王。玉髄の幼馴染み。

知登紀チ トウキ……峰王国の女軍師。相手の能力を見通す力を持つ。

跋断京バツ ダンケイ……峰王国に侵攻するも、謎の光に呑み込まれ消滅した。

青娘セイジョウ……白衣をまとう謎の娘。断京に従っていたようだが…?

 断京(ダンケイ)を失った(バツ)軍の鎮圧は、そう難しいものではなかった。

 一両日中に、ある者は逃げ去り、ある者は捕縛された。


 そして、晃曜(コウヨウ)たちは整然と隊列を組み、花白(カハク)(まち)に入った。

 跋軍に怯えていた住民たちが、次々と歓喜の声を上げた。その声を聞けただけでも、凄絶な戦を忘れるには十分だった。


 玉髄(ギョクズイ)は晃曜にしたがって、花白の官衙(やくしょ)へと入った。荒らされた役所に、暴虐の爪痕が残る。血染みの飛んだ壁もある。

「……?」

 妙な気配を感じ、玉髄はそっと王たちの列から離れた。

 回廊を曲がり、幾つかある部屋のうちの、ひとつの前に来る。

「ここか?」

 扉を、静かに押し開ける。薄暗い部屋の中に、そっと踏み入った。

 眠くなるような、甘ったるい香りがする。玉髄は口元を袖で押さえた。見れば、霊山を模した形の香炉から、紫の煙が立ち昇っていた。

「!」

 人の気配を感じて、玉髄はすぐさま身構えた。

 長椅子に、白い影が座っていた。

 ――否、影ではない。白い布を頭から、目深に被った、人だ。顔は見えない。床まである長衣が、体の輪郭も覆い隠している。しかし、布のすきまからのぞく白く細い首筋は、男のものではなかった。

 女――しかも恐らく、若い。

 女は剣を向けられても、微動だにしなかった。

 玉髄は知らなかった。この女が、断京に「青娘(セイジョウ)」と呼ばれていた者であることを。

「あなたは誰だ?」

 鋭い目つきのまま、玉髄は尋ねる。女が、すっと立ちあがった。

「あなたは……平気なの? それとも、もう?」

「どういう意味だ?」

 剣を女に向けたまま、玉髄は質問を返した。

 女が、また口を開く。

琥符(コフ)を、渡しなさい」

「へ?」

 女の言葉を理解しようとしたとき、すらりと伸びた脚が視界に入った。次の瞬間、玉髄は胸をしたたかに打たれて吹っ飛ぶ。

「かはっ!」

 玉髄は香炉に体を打ちつけ、もろともに倒れた。金属の香炉は、派手な音を立てて床に転がり、甘い匂いの灰が飛び散る。その衝撃で、懐から虎符が零れ落ちた。玉髄はあわてて、それを拾い上げる。

「それを渡して!」

「駄目だ!」

 執拗に、細い女の手首が、玉髄の右手に伸びる。

 玉髄はそれを左手で防ぎ、また流し、さらに彼女の隙を見出そうと、両腕をひるがえす。玉髄はとっさに足払いをかけた。女は受身も取らず、床に勢いよく倒れる。

「跋軍の残党か! 顔を見せろ!」

 玉髄は叫んで、白い布を引っつかみ、ためらいなく剥ぎ取った。

「……っ!」

 視界が白に満たされた次の瞬間、玉髄は目を見張っていた。

 布の中にいたのは、最初に思ったとおり、女。それに加えて、少女と呼べるほど、若かった。

 しかし、玉髄はその若さよりも、彼女の別の部分に目を奪われていた。少女の長い髪が、空のごとき淡青色(たんせいしょく)だったのだ。

 玉髄は、言葉を失った。

 この国にも、赤毛や銀の髪をした者はいる。異国には、金の髪をした者もいるという。しかし少女のそれは、誰がどう見ても、常人の持つ色ではない。

「くっ……」

 ゆるゆると、少女の視線が上がる。湖よりも澄んだ青色だった。その青が、玉髄の黒眼とかち合う。一瞬の隙をついて、少女が手刀を飛ばした。

「あっ!」

 虎符が玉髄の手から弾かれた。少女がそれを取ろうと身をひるがえす。

「させない!」

 即座に玉髄は少女を追い、細い腕をとらえて床に組み伏せた。少女は、喉からキュウ、と息を漏らす。虎符は、カチンと堅い音を立てて、床に転がった。

「これ以上、手荒なことはしたくない。大人しくしてくれないか?」

 油断なく少女の関節を()めたまま、玉髄はできるだけ穏やかな声で言った。

 少女の青い眼が、玉髄の表情を掠め見る。やがて、諦めたように細い肩の力が抜けた。


「玉髄! ここにいたの!」

「我が君!」

 騒ぎを聞きつけたのだろう。晃曜と近衛兵たちが、部屋の入り口に集まっている。

「晃曜様、どうかお下がりください」

登紀(トウキ)……」

 そのうしろから、軍師が姿を見せた。軍師は青い髪の少女を見やり――そして、尋ねた。

霊力(ちから)ある方士とお見受けしました。いかなる方でしょう?」

 少女は組み伏せられたまま、眼だけを動かして軍師を見た。しかし、すぐさまその視線は、床に転がった虎符に向く。

 その顔に初めて、濁った表情があらわれた。

「はやく……」

「え?」

「早く、それをわたしに!」

 少女が叫ぶのと同時に、虎符が黄金の光を放った。

「うわっ!」

「おおっ!?」

 人々が思わず下がる。虎符は光の珠となり、宙に浮かび上がる。そのまま、彗星のごとく尾を引いて、窓辺から飛び出した。

「虎符が!」

「いったいなんだ、あれは!」

 呆然と、将軍たちが窓辺で騒いでいる。

「……逃げられた」

 少女が小さくつぶやいたのが、玉髄には聞こえた。

「あなたは、あれについても、なにか知っているのですね」

 登紀が、また尋ねる。

 少女は息を吐いた。嘆息にも聞こえた。

「いまは、語る時にあらず」

「ならば――語っていただくまで、あなたを捕虜として扱わねばなりません。いかが?」

「拒否はしない。抵抗も、しない」

 登紀が指示すると、兵卒たちが玉髄にかわって少女を拘束する。後手に縛られ、立たされる。そうされながら、少女はひとつだけ尋ねてきた。

「断京は死んだ?」

「消滅しましたよ、彼は」

「そう……」

 登紀の短い言葉の意味を、少女は即座に理解したようだった。そして、両脇を兵士たちに固められ、連行されていった。


 (ホウ)王国軍、跋軍を撃退。

 夏が、迫り来る時のことだった。

初出:2009年己丑09月02日

修正:2013年癸巳04月26日

やっと主人公がアクションしました!

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