表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍は吟じて虎は咆え  作者: 南紀和沙
第一章
5/39

其々の場所で

<登場人物>

虹玉髄コウ ギョクズイ……物語の主人公。国王付き侍従。

峯晃曜ホウ コウヨウ……峰王国の若き国王。玉髄の幼馴染み。

知登紀チ トウキ……峰王国の女軍師。全軍の指揮をとる。

朱剛鋭シュ ゴウエイ……峰王国前衛将軍。龍を操る力を持つ。

跋断京バツ ダンケイ……西方に住む異民族のリーダー。峰王国に侵攻する。

青娘セイジョウ……断京に従う謎の娘。

 大気が、うねっているのがわかる。

 この感覚は苦手だ。玉髄(ギョクズイ)はそう思った。

 戦場にひるがえる生き物たちの吐息。それがぶつかっては砕け、無為(むい)なものになっていく場所。その空気を好きだとは思えなかった。

「なんだ……!?」

 その刹那、確かな衝撃を、玉髄は心臓に感じた。

 (いや)な汗が体を伝う。玉髄は頭を上げ、空中をうねる龍たちの舞いを、必死に目で追う。

「龍が墜ちる!?」

 その瞬間は、彼らの位置からも見えた。(あか)い龍が、突如としてわきあがった強い黄金の光に弾かれ、失速して墜ちていったのだ。

剛鋭(ゴウエイ)!」

 晃曜(コウヨウ)が、思わず叫んでいた。墜ちたのは、剛鋭の龍だった。

 紅い龍に続いて、幾匹もの龍たちが墜とされていく。黄金の巨大な矢が、大気を貫いたかのように見えた。

「も、申し上げます! 前衛将軍が崩され、右衛将軍、左衛将軍ともに苦戦されております!」

 ややあって駆けこんできた伝令に、本陣はますます緊張の度合いを高めた。

「あの龍はいったい何だ!?」

「敵の総帥(そうすい)、そしてその龍にございます!」

「なんという、禍々しい光……」

 晃曜のかたわらにいた軍師・知登紀(チトウキ)が、苦々しげな口調で呟いた。

 (ホウ)国の騎龍たちは、余裕から一転、死に物狂いになった。醜い赤龍に、次々と彈を叩きこむ。断京(ダンケイ)の赤龍は、赤と金の光をほとばしらせ、騎龍たちを翻弄する。


 空の戦況は、膠着状態に陥った。


 陽が、地平の果てに沈む。

 それを機に、赤く醜い龍は、あっさりと自陣へ――花白(カハク)城へ戻っていった。

 王国軍も追撃はせず、やや陣を下げて、夜を迎えた。

 戻ってきた斥候たちが、次々と報告を行った。軍師・知登紀が、注意深く、そのひとつひとつを吟味していく。「峰国にその人あり」と言われた女軍師は、ゆるやかに巻いた黒髪を揺らして、思案する。

「我が君」

登紀(トウキ)、なにかわかったか?」

 軍議のために設けた幕舎の中に、軍師は入る。国王・晃曜のほかに、四衛将軍らも集まっている。

(バツ)軍が強力なのは、優秀な龍師(リュウシ)を抱えているからのようでございます」

「龍師……」

 龍師とは、もとは龍を飼う技能を持った者のことを指す。それが転じて、いまでは騎龍(きりゅう)の力を人間に授ける方士(ほうし)や仙人のことを意味していた。

「かの軍が、我が国に押し入ったのも、その龍師のせいか?」

「それだけではないでしょう。跋の民とは、先王の御世より険悪な関係でありました。前々から、この国を狙っていたのでしょう」

「あの黄金の光は? あの龍の力とは、思えなかったが」

「そこまでは……」

「畜生!」

 卓を強く叩いて、前衛将軍・朱剛鋭(シュゴウエイ)が唸った。

「たった一匹だぞ! たった一匹の龍に、なんで俺たちが苦戦するんだ!」

(シュ)将軍、落ち着いて」

 登紀が、たしなめる。

 だが強くは言わなかった。軍師には、将軍たちのいらだちがよくわかっているのだろう。「にわか騎龍に翻弄された」――それが、騎龍たちの誇りに傷をつけたのだ。

「跋軍の断京は、一騎当千の強者……。ですが、それ以外の兵はただの烏合の衆。勝算は、十分にございます」

「わかった。お前に任せる。必ず、この国を護れ」

「御意」

 国王の命令に、軍師が拱手(きょうしゅ)した。



「クッハッハッハッ! ()い気分だ!」

 大きく笑い飛ばして、断京は酒をあおった。彼は占領した官衙(やくしょ)の一室で、機嫌よく宴会と洒落こんでいた。

青娘(セイジョウ)! おぬしより受けし龍の力、なかなかのものだ」

 かたわらの白衣の女――青娘が、ぎこちない動きで酒を注ぐ。

「あと二月(ふたつき)……いな、一月(ひとつき)あらば、この国は落ちるな」

 満ちた(さかずき)をまた豪快にあおりながら、断京は玉を取り出した。暗く赤い色が、灯火を反射する。

「青娘、見ておったか、我が龍を! そして、虎符(コフ)の力を!」

 女は反応を示さない。断京はすこし鼻白んだようだった。

 断京は、また、懐からなにかを取り出した。それは、割符――玉を彫って虎を(かたど)り、(ふだ)にしたものだった。虎の目には、黄金が光っている。

「なぜ、そこまであらがう? おぬしはこの虎符に惹かれ、我がもとへ来たのではなかったのか?」

 びくり、と女の身体が震えた。

「ああ、間違えた。おぬしも、この虎符を手に入れようと、企んでいたのだったな!」

 カラカラカラ、と断京は笑う。

「だが、我のほうが上手(うわて)だったな。この万能たる虎符の力で、いまやおぬしも我が手駒よ!」

 女の手が、小刻みに震えていた。恐れているのか、抗っているのか。それはわからない。

「この符が見たいと、我がもとへ来たおぬし……そしてこの如意珠(ニョイジュ)……」

 虎符と、そして赤い宝玉を如意珠と呼び、断京は交互に見やった。

「凄まじい力よ。音に聞く峰国の龍どもが、まるで小蛇のようだったわ。まったく、天命は我にありよのぅ!」

 また、カラカラカラと笑う。上機嫌ここに極まれり、といった(てい)だ。

「のう、青娘。我は、別におぬしを害そうと思ってはおらぬぞ。その力を、我のために使えと言っているのだ」

 断京は、虎符を女の前にかざした。

「それが、この符の意志……そして、我の意志よ」

 虎の黄金の目が、無機質に女を見据える。

「我が王とならば、おぬしも完全に従おう。永劫に、我が片腕となるのだ」

 青娘と呼ばれた女は、なにも応えなかった。しかし、断京はますます嬉しそうに大声で笑いたてた。

「さて、面倒を早いうちに摘んでおくか」

初出:2009年己丑09月01日

修正:2013年癸巳04月26日

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ