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龍は吟じて虎は咆え  作者: 南紀和沙
第一章
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戦場の龍

<登場人物>

峯晃曜ホウ コウヨウ……峰王国の若き国王。初陣。

朱剛鋭シュ ゴウエイ……峰王国軍前衛将軍。紅の鎧がトレードマーク。

跋断京バツ ダンケイ……西方に住む異民族のリーダー。峰王国に侵攻する。

 王国軍と(バツ)軍は、何度か小さな衝突を起こした。

 王国軍はさすがに(いくさ)慣れしていて、加えて地の利がある。花白(カハク)よりも東の土地は、異国の軍にとって難所つづきだったこともあり――王国軍はついに、花白城の目前まで、跋軍を押し下げることに成功した。


 軍師の指示に従い、王国軍は陣を敷く。

 先鋒に、(くれない)の鎧に身を固めた一軍。

 左翼には、青の一軍。右翼には、銀の一軍。

 そして本陣には、黄や黒が散っている。そんな鮮やかな彩を持った、(ホウ)王国軍の陣容。それは、幾星霜(いくせいそう)も語り継がれた、王国軍の強さの証でもあった。

「……いよいよ、だな」

 本陣で、晃曜(コウヨウ)がつぶやく。

 跋軍もすでに、布陣している。

 散りゆく春の日差しが、優しさを失った。そしてそのまま、それは対峙した戦人(いくさびと)たちに降り注ぎ、装備をきらめかせる。陽が空をゆっくりゆっくり滑っていく。その無言に、大気が張り詰めていく。

 そして、その緊張が最高潮に達したとき――。

「突撃!」

 軍師の声が、鋭く戦場に響き渡った。戦鼓(たいこ)の音が鳴り響き、前衛を染める紅が動き始めた。


「四衛将軍が力、見せてやるぜ!」

 獅子のような武将――前衛将軍・朱剛鋭(シュゴウエイ)が、猛々しく叫んだ。

 馬を走らせながら、剛鋭(ゴウエイ)は首にかけた飾りに、手を伸ばした。(あな)のあいた赤い(ぎょく)に、赤い組紐をつないで作られた首飾りだ。その玉に指をすべらせると、剛鋭は首飾りを彼の太い首から外した。

「来い! 我が龍よ!」

 その瞬間、彼の漆黒の瞳に、燃えるがごとき血紅(けっこう)の色が宿った。喉元から、強い光が溢れ出す。玉を天高く放り投げる。紐が、尾のように空中でひるがえる。

 赤い玉は、宙に舞った。その中央の孔に、紅の光が渦を巻く。

 そして、それは現出(げんしゅつ)した。

 すらりと長い蛇体。鮮やかなきらめきを孕んだ鱗。宝玉のごとき、硬質な艶を含んだ眼。


 龍。


 鋭い爪と、牙、長い(ひげ)を揺らして、その生命は雄叫びを上げた。

「前衛将軍朱剛鋭(シュゴウエイ)、ここにあり!」

 名乗りの声は、獅子の咆哮にも勝る。その声に、彼の龍が咆えて唱和する。

 次の瞬間、剛鋭は馬上から竜頭の上に飛ぶ。龍に乗るその姿――人は、騎龍(キリュウ)と呼ぶ。峰国の軍が誇る、最強の戦士の姿だった。

「おらおらー! (おく)したか、賊軍ども!」

 剛鋭の龍は、地面すれすれを飛んだ。その後方から、次々と龍が現れ、そちらは空へと昇ってゆく。

 龍の現出は、敵軍に相当の動揺をもたらしたようだった。雄々しいはずの西の騎馬たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。その逃げた先には、王国軍の騎兵や歩兵が待ち構える。まさに、袋のネズミだった。

「ハッ、ビビり過ぎて陣形も保てねぇってかァ!? そんな程度で峰国に喧嘩売ろうなんざ、笑わせんな!」

 鼻で笑って、剛鋭は龍を飛ばした。

 腰の曲刀を抜き放ち、敵兵の塊に投げつける。鋼の刃が空を薙ぎ、血飛沫が上がる。そして剛鋭は手を大きく振った。曲刀は弧を描き、彼の手に戻ってくる。

 よく見れば、曲刀には赤い紐が結わえつけられていた。それを()って、的確に戦場を切り裂いていく。

 そして剛鋭は見つけていた。乱れた敵陣の中で、ただ一人、悠然と立つ武将を。

手前(てめえ)が、大将の跋断京(バツダンケイ)だな!?」

 紅き将軍は、即座に竜首を、その武将に向けた。

 彼の赤い龍が顎門(あぎと)を開き、土煙を上げて迫りゆく。だが敵大将と思しき者は、一歩も動かなかった。普通の人間なら、即座に逃げ出しているところだというのに。

「いい度胸だ、覚悟しやがれ!」

 剛鋭が咆え、彼の刃がまっすぐに賊将を狙った。

「なに!?」

 だが、その時、賊将の首から暗い赤色の光がわきあがった。

 それは障壁となり、剛鋭の剣を弾き、龍の行く手を阻む。次の刹那、障壁はいくつもの(たま)に分かれ、剛鋭たちに襲いかかった。

 しかし、剛鋭も素早かった。手を振り上げると、紅の彈が剛鋭の龍から生じ、敵の彈を相殺する。

「ほう……手前も、騎龍か」

 剛鋭は龍を空中に留め、手に刀を戻した。賊将の真ん前に、竜頭を下げる。

 賊将の顔には、恐れはない。そこには、不敵な、見下したような笑みすらある。まったく恐怖の色を見せず、逆に、傲岸不遜に言い放った。

「ここまで、歯応えがなくて退屈していた。すこしくらい遊んでも()いな。(たの)しませてくれ」

「ハン、御託(ごたく)だけは立派なんだよ!」

 そう言った瞬間、剛鋭の龍は反転して距離を取る。同時に、断京(ダンケイ)から光が溢れ出した。

「来い! 我が龍よ!!」

 断京の叫び。暗赤色(あんせきしょく)の霊気を帯びた、醜い龍が現出した。

 二匹の龍は、それぞれの(あるじ)を乗せて、大空へと舞い上がる。その霊気が彈となり、幾筋(いくすじ)もの尾を引いて、相手に襲いかかる。ぶつかっては弾け、大気に波動が重なった。

「でぇい!」

 すれ違いざま、竜頭の上に剣花(ひばな)が散った。

 剛鋭と断京の剣が、ぶつかり合う。

 次の瞬間には、龍が反転して、鱗と鱗を激しく擦り合わせながら、たがいの主を接近させる。

 人間が斬り結ぶ。うねる蛇体の上を無尽に動き回りながら、大振りの剣が火花を飛ばした。

「この程度か」

 剛鋭の顔に、余裕が浮かんだ。

「手前! にわか騎龍だな!?」

 剣を叩き込みながら、剛鋭は叫んだ。断京の龍は見事だが、その技が不安定なのを見抜いたのだ。

 にわか騎龍。

 その言葉は、騎龍になるための知識や技能を学ばず、ほとんど偶然にその力を得た者のことを指す。王国軍の騎龍たちは、そんな者をいちばん嫌っていた。

「どこで『如意珠(ニョイジュ)』を手に入れたか知らねぇが、身の程知らずってモンを教えてやる!」

「身の程知らず、か」

 剛鋭の斬撃(ざんげき)を防ぎながら、断京はつぶやいた。そして騎馬民族の(おさ)は、眼をカッと開き、血走らせた。

「どちらがその愚か者かなァァァッ!?」

「ンだとォォッ!?」

 黄金の光が、あたりを包みこんだ。

初出:2009年己丑09月01日

修正:2013年癸巳04月23日

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