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虹玉髄コウ ギョクズイ……主人公。龍を操る力をにわかに得る。

青玉セイギョク……あらゆる龍を操る能力を持つ少女。青い髪と瞳をしている。

朱剛鋭シュ ゴウエイ……峰王国軍前衛将軍。龍を操る力を持つ。

炎亮季エン リョウキ……左衛将軍・天泰壱テンタイイツの配下。騎龍見習い。

甘喜玲カン キレイ……右衛将軍・風加羅フウカラの配下。騎龍見習い。

 (ほう)はゆっくりと翼を上げる。

 それだけで風が起こった。暴風雨のような、激しい風。さすがの騎龍たちも、空中でもんどりうっている。

「下から煽れ! 空の上に帰すんだ!」

 剛鋭(ゴウエイ)が叫び、合図を飛ばす。騎龍たちは必死になって、彈を鵬にむかって放つ。だが、効果はいまひとつだ。

 突如、鵬からなにかが零れ落ちた。山の木々の折れる音が響いて、そこに白い山が現れた。その山は、泥のように緩やかに崩れていく。渦巻きはじめた風に乗って、そこから肺腑を腐らせるような嫌な臭いが漂ってくる。魚が腐ったときのような臭いだ。

「あれは……もしかして」

「鵬の、糞……ってやつか」

玉髄(ギョクズイ)は、青ざめた。たかが糞と侮っていたとか、予想外のものに度肝を抜かれた、などという段階の感情ではなかった。

 あってはならない。

 こんなことは、この世界にあってはならない。人間が生きているこの世に。――世界の異なるものへの恐怖が、ゆっくりと彼の心の中に焼きつけられつつあった。

 鵬は、騎龍たちの攻撃などものともせず、今度はゆっくり旋回を始めた。

 精鋭と呼ばれる騎龍たちは、この暴風と巨大すぎる敵に、体勢を保つだけで手一杯のようだ。さらにその精鋭たちから、手練と呼ばれている者たちですら、彈を十分に撃てていない。風に流された仲間が、彈の軌道の上をかすめるからだ。下手をすれば、同士討ちになってしまう。

 玉髄も、何もできないでいた。いくら彼の龍が優れていても、彼自身は未熟な騎龍でしかない。

(何か……方法があるはず。何か――)

 玉髄は、考え続ける。

(青玉は、斬れと言った)

 彈を使って鵬を斬る。どうすればいいのか、それは頭の中でおおよそ想像できる。

(でも、この風じゃ鵬に近づけない)

 ただでさえ強い風が、大きく乱れている。その乱れた空気に、龍たちは胴を流され、尾を取られ、須とたてがみをかきまわされている。玉髄の龍も例外ではない。翼を風に取られ、何度も体勢を崩しかけている。

(もっと小さければ、どうにかできる?)

 変わり続ける風に機敏に対応できれば、あるいは。

(できる……か?)

 応龍の翼がひるがえった。想像が固まる。

 こうすれば上手くいく。そういう考えがまとまった。

(ならば!)

 できる。否、ここでできなければいけない!

 突如、玉髄は龍を消滅させた。少年の体は空中に投げ出され、落下していく。

「来い! 我が龍よ!」

 玉髄は、手の中にしっかと如意珠を握り、叫んだ。喉元に、再び逆鱗が現れる。手の中で、翡翠色の光が強まる。しかし、玉を空中に放り投げない。頭の中で、理想とする姿を思い描く。雑念を排し、ただそれだけを願う。

「頼む、できてくれ、我が心よ!」

 光が極限まで強まった刹那、玉髄は手を開いた。

 先ほどよりもずっと小さく、細長い蛇体が、ずるりと現出する。それは玉髄の体にまとわりつき、前足が彼の肩をとらえ、龍頭は彼の兜に装飾のごとく乗った。そして翼が、伸びてくる。黒い、黒い羽だ。それが伸びる様子は、玉髄の背中から翼が生えてくるように見えた。

 ほんの数瞬の後――空中に、ひとりの戦士が現出した。黒い翼を生やした、戦士。古い伝承にある、羽人(うじん)のごとき姿だった。

「できた……!」

 玉髄は思わず口走る。喜びの混じったつぶやきだった。その喜びも薄れないうちに、剣を抜く。そして、彈の特別なかたちを念じる。青玉がそうしていたように、霊気のかたちを想像する。龍から緑の小さな彈が現れ、剣にまとわりつく。

 銀の刀身が、鵬の影を映し――そして、翡翠色の光が、剣を大剣へと変貌させた。

 それを下段に構え、玉髄は大きく息を吸った。風の強さを見る。体に、刹那の力をこめる。

「行くぞ!」

 玉髄は、放たれた矢のように、上空へと加速した。暴風をかいくぐる。黒い翼が風を切り流す。

「総員、玉髄を援護しろ!」

 剛鋭が叫んだ。龍たちは体勢を立て直し、鵬から距離を取った。そして鵬の大翼に向かって彈を放つ。

 風を生む鵬の飛羽が動きを鈍らせる。暴風が弱まった。

「玉髄君、鵬を倒して! 蟲はあたしが!!」

「ありがとう、喜玲(キレイ)!」

 黄色の龍が、玉髄に添う。迫りくる蟲の群を、喜玲が的確に撃ち落とした。

 そして、鵬の目前へと迫る。

 同時に鵬が咆えた。大気が揺れ、風が竜巻になる。鵬の体が、ぐらりと前傾した。敵を見つけたのだ。また嘴が開く。口の奥に、黄金の光が宿る。

「――!」

 舌が玉髄に襲いかかる。玉髄は目を閉じず、怖れず、歯を食いしばってその黄金を斬り伏せた。

 鵬が苦しみの叫びを上げた。反撃が来るとは思っていなかったのだろう。

「ああッ!」

 その時、玉髄の剣が砕け散った。彈の負荷に、耐えきれなくなったのだ。

「玉髄、俺の剣を使え!」

 亮季(リョウキ)が、素早くおのれの腰の剣を取った。鞘ごと、黒の羽人へと投げる。玉髄はしっかとそれを受け取った。

「負けんな!」

「ああ!」

 玉髄は剣を抜き放ち、鞘を捨てた。鋭い刃の光が、その強さを物語る。投げ飛ばして使う騎龍の剣は、その過酷な使用法に耐えうるものでなければならない。亮季の剣は、玉髄のものよりずっと業物(わざもの)だった。

「やれる!」

 玉髄に恐れはなかった。剣に彈をふたたびまとわせ、速度を増していく。翡翠色を宿した瞳が、鵬を正面から睨みつけた。

「こんなことで滅びるなんて」

 嘴に、緑の光がぶつかった。厚い黒檀こくたんの板が割れるような、厭な音がした。

「絶対に、厭だ――ッ!」

 玉髄は(はし)った。

 火花が飛び、鵬の体の上を、滑る。頭から尾羽までを貫く白線を、斬りなぞる。剣先の通った場所に光の筋が描かれる。翡翠色の剣の筋だ。

「おおおおおおおおッ!!」

 渾身の力を込めて、玉髄は剣を振り上げた。

 次の刹那、緑の筋が、大きく弾けた。鵬の巨大な体が、真っ二つに割れる。

青玉(ギョクズイ)――!」

 確信をこめて、玉髄は叫んだ。鵬の体内に取りこまれた、あの少女に向かって。

「玉髄!」

 割れゆく鵬の体内から、返事があった。

 緑の光の中から、黄金の光が飛び出してくる。黄金の光に包まれた、深い緑色の割符――琥符だ。

「斬って!」

 一閃。

 玉髄は、声に応じて剣を振り下ろした。金の光が割れる。堅い感触が一瞬して、そして弾けるように割れる。琥符は真っ二つになって、光を失った。

「うわっ!」

 彈の負荷に耐えきれなくなった剣が、粉々に砕けた。玉髄は柄ごとそれを放棄し、空いた手で二つになった琥符を捕らえた。目の届かないところにそれを落とすのは、あまりに危うく感じたからだ。

「青玉、手を!」

 鵬の割れた背から、青い髪の少女が、ただ一人身で飛び出してくる。玉髄は手を伸べた。青玉もまたそれに応じる。

「まだよ、玉髄!」

「ああ!」

 大気を振るわせる断末魔を残して、巨大な鵬の体が、空中で均衡を崩した。巨大な体の上半分が二つに割れ、全体が浮力を失って大地を目指す。

 玉髄は手を突きだした。また彈が生まれる。それは長く尾を引いて、縄のごとく、巨大な鵬の体を絡めとる。大地に落ちるかと思われた鵬の死骸が、空中で止まった。

「く、う……!」

 玉髄は顔をしかめた。重い。腕がもぎ取られそうな負荷を感じる。

「このまま……大地に下ろせば」

 つぶやくと、一気に息が乱れた。

 鵬の死骸から、羽根が落ちる。

「空中で消滅させろ! 一枚も地上に落とすな!」

 剛鋭が叫んだ。

 散った羽根を、ほかの龍たちの彈が、空中で焼き飛ばす。あたりは、幾つもの流星がぶつかり合うような、幻想的な光景に包まれた。

 鵬の亡骸を支えているのは、玉髄の彈だけ。そして、彈に絡めとられた鵬の体は、ゆっくりと、だが確実に高度が下がってきている。

「どうしよう……このままじゃ、落ちる……!」

「あとは、わたしが」

 青玉が、右手をすっと差し出した。

 青く細い、糸のような光が、鵬の中からそれを貫く。それは何本もあらわれ、鵬は針で刺し抜かれたかのような姿になる。

 青玉の意図を悟った剛鋭が退避を叫ぶ。小蛇を散らすように、龍たちが距離を取ろうと逃げていく。

「鵬よ、安らかに」

 青玉は小さくそう言って――そして、手を振り下ろした。

 鵬の内部から、雷光が轟いた。緑色の光網(あみ)ごと、青い光が鵬を呑みこむ。鵬の体が、焼き尽くされていく。強い――しかし、浄化された風が、大気に広がっていく。異臭を吹き飛ばし、焼かれた蟲の残骸を消し去る。

 鵬の中には、まだ青玉の龍がいた。純白の龍が放った彈は、鵬の体を内部から喰い破っていく。

 琥符という力を失った大鳥は、たやすく、消滅していった。

初出:2010年庚寅07月26日

修正:2013年癸巳08月29日

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