表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/39

つかの間の平穏

虹玉髄コウ ギョクズイ……主人公。翼ある黒龍・応龍を操る力を得る。

青玉セイギョク……あらゆる龍を操る能力を持つ少女。青い髪と瞳をしている。

「っ、クシッ!!」

 翌朝、玉髄(ギョクズイ)は小さくくしゃみをして目が覚めた。

「冷えたか……」

 つぶやいて、寝台から体を起こす。珍しく寝相が悪かったらしい。肩から上が、冷たくなっている。自分を抱きしめるようにして、玉髄は肩をさすった。

「おはようございます、若様」

「おはよう」

 先に起きていた乳母がやってきて、水の入った(たらい)を差し出した。顔を洗うと、目に残っていた眠気も落ちる。

 今日は、数日に一度の休暇である。朝の支度も、穏やかなものだった。

「庭ですこし、体を動かしたい。服、頼むよ」

「はい」

 玉髄の言葉に、乳母はてきぱきと反応してくれる。それだけで安心できる。

 彼女が出してくれた細い袴と、丈の短い上着を着る。まだすこし、体に寒気が残っていた。

「お(ぐし)を、お結いいたします」

 乳母が櫛を手に取った。玉髄は椅子に座り、それを受けた。

 休みの日でも、髪はきっちり結う。それがこの国でのたしなみだ。被髪――つまり髪を結わずに垂らすのは、仙人か幽鬼(ゆうれい)。人の世の外にいる者のすることだ。

 準備を終えて庭に出ると、ぼんやりとした光が目に入った。厚く白い雲が、空を覆っている。雲はそうしてあるものの、蒸し暑かった。

 庭の開けた場所に出ると、玉髄はゆっくりと身構えた。

「ハッ!」

 蹴りを繰り出す。亡き父から学んだ、体術だ。それは玉髄にとって唯一、父を師として学んだことだった。その通りに体を動かす。陽にあたり、血のめぐりが強まってくると、寒気もなくなってくる。そして、動きを止めた。

「はぁ……」

 ゆっくり息を吐いたその時、ぺたぺたぺた、と素足で歩く音がした。そんな無防備な格好で動き回るのは、この屋敷にはひとりしかいない。玉髄が振り返る前に、あの少女の声がする。

「玉髄……登城はしなくていいの?」

「今日は、休みだよ」

 答えながら、玉髄は振り向いて――。

「わあああぁぁっ!! 青玉(セイギョク)! その格好!」

 素っ頓狂な叫びを上げて、玉髄はまた青玉に背を向けた。それもそのはず。青玉は一糸まとわぬ裸だった。

「ははは早く服を来て!」

 いま見たものを忘れようと、玉髄はどもりながら、うしろにいるであろう青玉に言った。一瞬のことだったのに、まぶたに白い裸体がちらつく。

 ぺた、とまた音がした。玉髄の耳に、そっと少女の指がかかる。少女の指が冷たい。自分の耳が熱い。きっと、耳は真っ赤になっているだろう。

「……玉髄」

「~~!」

 囁かれて、背筋が震えた。

 目に焼きついた光景が、浮かび上がった。真っ白な傷のない肌、豊かな胸を隠した淡青色の長い髪を垂らし、それに右腕の金環が、鮮やかな装飾になっていた。一瞬だったのに、よく覚えている。

 玉髄は思わず、うう、と意味不明のうめきを漏らした。

「……面白い人ね」

 青玉が、吐息を多く混ぜて、囁く。

「か、からかってるでしょ!!」

「うん」

「青玉~~!!」

 玉髄は怒りとも悲鳴ともつかない声を上げた。

 と、青玉の気配が、離れる。ばさ、と彼女の長い髪の毛をかきあげる音がすると、背後で空気が動いた。

「玉髄、もういいよ~」

 玉髄はため息をついて、おそるおそる向き直った。いつもの彼女の姿が見える。白い衣に、両脚の金環。玉髄はほーっと大きく息をついた。

「そんなに驚いたの?」

「ほんとにもう……。青玉、あんまり突飛な行動は……」

「ところで、鍛錬中だったの?」

 お説教のひとつでもしてやろうと思っていたのに、青玉は気にせず話題を切ってくる。見ると、その青い瞳がキラキラと輝いていた。

「え、あ……うん」

 曖昧に答えると、青玉がニッと笑った。

「相手、してあげよっか?」

「相手って……うおっ!」

 次の瞬間、玉髄は思わず仰け反った。細い足首が、玉髄の顔を狙って飛んできたのだ。

「青玉、ちょっと待って!」

「敵は待ってくれない!」

 至極もっともなことを言い放って、青玉は拳を繰り出した。玉髄がそれをなんとか躱すと、青玉は地面に手をつく。白い足首が、風を帯びて襲いかかってくる。「ひぇー」と思わず情けない声を上げながら、玉髄は必死に躱した。

「君の技を受けきる自信ない! やめて!」

 哀願しながら、玉髄は情けない姿勢で青玉を避けた。青玉は、ぱっと体勢を直して、首を傾げる。

「すこしは強くなったと思うのに……」

「それ褒めてるの?」

「あんまり」

「青玉~~~~!」

 少年が頬を真っ赤にして怒った。青玉はケラケラと笑う。

 雲の厚い空が、それを眺めていた。



 特に予定もない日。

 やりたいことはないが、することはある。青玉を、見張っていなければならない。破天荒な色を体に持った少女は、することも破天荒である。あの処刑の日のように、また混乱が起こってはかなわない。罪は赦されたとはいえ、監視をすり抜け、あまつさえ王都に入りこんでいる身だ。この屋敷の外に出れば、ひと騒動起こるのは目に見えていた。

「はー……」

 玉髄は窓枠に両手を乗せ、その上に顎を乗せる。まるで退屈した犬のようだ。そこから、あまり手入れの行き届いていない庭を眺める。

 その庭は、戦で遠方に行ってばかりだった父が、留守を守る母のために作ったのだという。春秋(いちねん)すべて楽しめるように木々を配し、池に蓮が咲き、綺麗な魚が泳ぐ……玉髄が幼いころは、そんな庭だった。

 だが、庭を深く気にかけていた人――つまり、父が死に、母が王都を去ってから、この庭はあまり手入れをされなくなった。

 この庭のいまの主人――玉髄は、木の花の時期もあまり知らない。木々に父が籠めた伝言も、忘れてしまった。庭を受け継いでからは、それが顕著になった。乳母や侍女に催促されてから、庭師を入れる程度になった。

 いまその庭には、青玉がいる。池をジッとのぞき込む、その背中が窓から見える。庭に長く人がいるなど、母がここにいた時以来のことだった。

(なにが楽しいんだろ……)

 青玉は池をのぞきこんだまま、動かない。さっきからずっとそうしている。なにが楽しいのか――と言えば、さっきからずっと青玉を見ている玉髄も、同じ穴の狢である。

 だが、玉髄本人はすくなくとも「青玉を見張っている」と言い張るだろう。

(こうしているあいだにも、あの雲は、王都に向かっているのに)

 こんなにヒマにしていていいのか。玉髄はすこし、うしろめたい気持ちになる。

 王都の騒がしさは、日に日に増していた。

 王都郊外にある王国軍の営舎では、ふたたび戦が起こるがごとく、調練が進んでいるという。前衛将軍・朱剛鋭(シュゴウエイ)も帰還した。

 登紀(トウキ)からは、毎日のように青玉に宛てて書簡が届けられ、青玉はそれにすらすらと対応しているようだ。

 準備は万端か、と言えばそうでもない。

 剛鋭とともに上洛した司龍・解賢歩(カイケンホ)が、頭を抱えているのを見た。「青山から返事が来ない」と、若すぎる司龍は嘆いていた。いくら国防に関与せぬ慣例があろうと、王国軍の重職にある者からの正式な手紙を無視するのは、礼儀に反している。

 聖地から返事が来ない理由は、ついにわからなかった。

 ともあれ、王都は着々と、迫り来る脅威へ備えていた。また、雲の城が通る範囲にある城や村には、急報が届けられ避難の指示が出ているという。

 そして、そのものものしさは、普通に暮らしている人々にも、伝わり始めている。嵐が来るだの、イナゴの大群が迫っているだの、強大な盗賊団が出ただの、どこかズレた噂が流れている。王都を出て行く人や、物価の上昇も見られるようになった。

 そういった事柄への対応が、いちばんの悩みどころでもあった。

 あの雲の接近で事件が起こったのは、まだ蟠大湖だけだ。あの化け物は厄介なものだが、あれ以来、被害の報告はない。雲の正体もわからないうちに民を動かそうとすれば、必ず混乱が起こるだろう。そこをどうするか、大臣たちが協議を重ねていた。

(けど……僕にはあんまり話来ないしなぁ)

 そう――玉髄は、ただ淡々と侍従の職務を果たす毎日だった。侍従という仕事柄、高官たちが動いている話を知っている。それだけだ。

(前にも同じようなことがあったな)

 騎龍としての力を得てしばらく、玉髄は普通の人間として過ごした。そののちに、軍人たちから騎龍としての調練を受けるよう、指示されたのだ。

(また急に呼び出されて……戦うことになるのかな)

 知らないところで話が決まって。

 大きな力に、従わされて。

 そう考えると、悔しさと怒りを埋め火にした闘志が、玉髄の心の隅に点火される。ぐっと口をつぐんだ。

(来るなら来い。今度は――)

 ためらったりしない。

 玉髄はそう決意していた。

初出:2010年庚寅07月09日

修正:2013年癸巳08月21日

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ