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龍は吟じて虎は咆え  作者: 南紀和沙
第五章
31/39

軍師と仙女

虹玉髄コウ ギョクズイ……主人公。翼ある黒龍・応龍を操る力を得る。

青玉セイギョク……あらゆる龍を操る能力を持つ少女。青い髪と瞳をしている。

女茄ジョカ……玉髄に仕える召使い。青玉の世話係。

知登紀チ トウキ……峰王国の女軍師。全軍の指揮をとる。

 数日後――。

「ねぇ、ホントにこんな格好しなきゃいけないの?」

 青玉(セイギョク)が、珍しく不満そうに表情を曇らせていた。

 いまの彼女は、瑠璃色の上着に、白い長衣をまとっている。髪も高く(まげ)に結いあげられ、うなじ近くのひと房だけが垂髪(たれがみ)にされている。

 神秘的な恰好を楽しみたい女子に人気の、仙女風の髪型だ。そこに銀色の細長い肩巾(ひれ)を合わせると、絵に描かれた仙女のようだ。

「当たり前だよ。軍師殿にお会いするんだ」

 玉髄(ギョクズイ)はほう、と息をつきながら言った。

 そう、軍師からの書簡には、青玉に会いたい旨が簡潔に書かれていた。青玉が王都にいることは、晃耀(コウヨウ)から知らせが行っていたのだろう。それを怒っているのかいないのか――数行の書簡からは、わからなかった。

「お似合いですよ、青玉様」

 とり散らかした着物を片付けながら、女茄(ジョカ)が笑った。久々に女性を化粧できて、楽しかったらしい。

 だが、青玉は座り心地の悪い椅子の上にいるような、釈然としない表情だ。

「いつものでいいのに」

 長い袖を持て余しながら、青玉は椅子から立ち上がりもしない。彼女にとっては、相当不自由なようだ。

「駄目。あれは君の普段着だろう?」

「それは違うわ。天であろうと地であろうと、わたしがわたしであれば、それは正装よ」

 この少女は、鮮やかな表情で持論を掲げる。

 玉髄は頭を抱えた。思わず納得してしまいそうな自分に、めまいを覚えたのだ。

「ともかく! 僕ら人間の感覚で、失礼になるようなことは極力排しておきたいんだ。君はまだ……その、罪人だから」

「それで?」

「だけど、君はこの国にいま必要な人だ。だから僕は、(コウ)家は、君を大切なひとりの客人として、もてなす。誰にも文句は言わせない。そしてこの国のために、軍師殿からのご要望を受け、君と対面する機会を軍師にさしあげる」

「王者に賢者を紹介し、褒美をもらうようなものかしら?」

「まあ……そうだね。」

 青玉は、ジーッと玉髄を見つめた。

「……なに?」

「ううん。意外と、しっかりしてるんだなーって」

「褒めてる?」

「あんまり」

「青玉~~!」

 顔を赤くした玉髄を、侍女たちが軽やかに笑った。



()軍師、本日はわざわざ我が屋敷にお出でくださり、恐縮です」

「急なことで申し訳ありません。承諾していただいて助かります、虹玉髄殿」

 固い雰囲気のまま挨拶を交わし、玉髄は登紀(トウキ)を屋敷に招き入れた。

 青玉を控えさせた客間に案内する。

 青玉はおとなしく椅子に座っていた。しかも、人間の礼儀どおりに、登紀に挨拶をしてくれた。

 玉髄は驚くとともに、心底ホッとしたのだった。

 登紀はまず、重々しく封をされた書簡を取りだした。その形式は、玉髄には見覚えがあった。国王の詔だった。

「陛下からの勅をいただきました。――バツ軍に与した罪は、赦されます」

「よかった……」

 それは、青玉の罪を赦す詔だった。だが青玉よりも、玉髄の方が安心しているのがなんともおかしかった。

「玉髄殿、ここは二人きりで話させてくれませんか?」

 椅子に落ちついた登紀が、そう言ってきた。

「え、ですが……」

「失礼は承知の上ですが……どうしても」

 屋敷の主人をさしおいて、客同士が話す。別にそれはかまわないのだが、玉髄には別の心配事があった。

「玉髄、心配しないで」

 青玉は微笑んで、手を軽く振る。玉髄は不安を隠せなかったが――結局、この女たちに場をまかせることにした。

「わかりました。では、僕は隣室にいますので、いつでもお呼びください」

 少年当主は一礼して、部屋をあとにした。


 もう夏も中ごろだ。部屋の中は、外よりも涼しい――とはいえ、汗ばむほどには暑い。その中で、ふたりの女が対峙する。

 青玉が襟元をゆるめた。白い鎖骨があらわになる。登紀はそれには構わず、青玉の青い瞳をじっと見つめる。彼女の為人を、はかっているのだ。

「また斬首になるのかと思っていたわ」

「死罪にできない方に、刃を振るうような無駄なことはいたしません」

 登紀の答えに、青玉はクスクスと笑った。

「そのかわり、責任は取っていただきますよ」

「玉髄に応龍を与えた責、ね」

「わかっておられるなら話が早い」

 青玉はくつろいでいるが、登紀の態度はどこか固い。緊張している。

「これから、いくつか質問します。それに、偽りなく答えていただきたい」

「それで責任は取れるの?」

「ええ。彼の力を理解できれば、我が策に大いに役立ちます」

「そう」

 青玉の答えは短かった。登紀はそれを半ば強引に肯定と見なすことにした。

「あなたの名は?」

「青玉」

「まことの名ですか?」

「ええ。わたしに近しいものは、みな、わたしを青玉と呼んだ。わたしもこの名が好き」

 登紀は、酸っぱいものを噛んだかのように、唇を歪ませた。彼女には、この少女がわからなくなっていたのだ。

「ならば、青玉殿。あなたは、何者ですか?」

「…………」

 少女は黙った。だが、答える気がないのではなかった。少女の仕草は、考えている者のそれだった。

「軍師殿は、こんな詩を知っていて?」

 青玉は、詩の一節をそらんじた。


  一千の龍を随えて、天の神が天下る。

  白き舟に乗り、銀河の果てより天下る。

  青き天女が舞い踊り、白き龍が神を導く。


「ええ。誰でも知っている詩です」

「この詩、あなたはどう見る?」

「……学者たちのあいだでは、天から神を下す儀式について書いた詩だという解釈が、普通のようですね。ほかにも、いろいろ、注目すべき要素はあります」

「例えば?」

「この地上に、龍という圧倒的な生命が生きるようになった、その由来を語っているのではないのでしょうか」

「そう?」

「騎龍たちはそう解釈するそうです。龍とは本来、地上を生きる者ではない。神と等しい、天から降り来たった者であると……」

「その詩の、青き天女はわたし……と言ったら、あなたはどう思う?」

「天神の先駆けとして、舞い踊る天女だと?」

「ええ」

 青玉はうなずき、登紀が目を細める。

「確かに、あなたの力は大きい。でも、天から来た者にしては――」

「あなたの眼は、そう見るのね」

「私の眼を、おわかりですか」

 登紀の眼には、特別な力があった。それは、気を見る力だ。

 地上に生きるあらゆるものは、その生命が持つ力を、湯気のように体から放っているという。それが気だ。

 登紀の眼は生まれつき、常人には見えないその気を、とらえることができた。戦場では敵軍の数を遠方から把握し、伏兵も見破った。敵軍の数どころか、距離や士気まで見てとることができるというから、すさまじい。彼女は、その力と軍略を組み合わせ、いまの地位にまで出世した。

「あなたの力量を、はかることはできます。でも、私にはあなたがわからない」

 その彼女が、ひとりの少女を前にして、白旗を上げていた。

「あなたの目的は、いったいなんですか?」

 漆黒の瞳が、淡青の瞳の奥を探っている。まるで、反射する水面の上から水中をうかがっているようだ。青玉が目を細める。水中がきらめいた。

「単純なこと。琥符(コフ)を壊す」

「琥符とは、いったいなんですか?」

「あれは、遠い過去に、置いてくるべきものだった。それをするべき者たちは、すべてこの世を去ってしまった。だから、残ったわたしが、それをする」

 漠然とした内容の答えだった。登紀は目元を歪ませる。

「だが、わたしのみでは無理なのだ。いまのわたしは、琥符に不意を突かれて咒縛されてしまう程度の力しかない」

「それほどの力でも……琥符というものからは、逃れられないのですか」

「ええ。だから、強き我が眷族の力が必要だった。あらゆるものを破壊する牙の力を持つ、わが眷族の力が」

「あの強大な力に、強大な力をぶつけて対抗しようと?」

「そう。色薄きわが力が及ばぬなら、色濃きわが眷族を当てるまで。単純なこと」

「だから彼に、あの龍の力を与えたと言うのですか」

「ええ」

 登紀は青玉の目的を理解した。

 とても純粋な目的だ。琥符を壊す。ただそのためだけに、この少女のような仙女は、この国を動かそうとしている。この国の人間を動かすために、彼女は力を示した。騎龍たちの心を折り、龍たちを操り、雷を落とした。それを見た人間たちは彼女の正体を悟り、彼女を畏れ、そして危機に際して、おのれの知識と力を頼ってくるだろう。――そう、この少女は踏んでいる。

「あの少年は、琥符に影響されぬ。血と心が、琥符の咒縛を躱すのだ」

 玉髄に、最も色の濃き龍を与えたのも――彼の血にひそむ不思議を見抜いたからなのだ。

「なぜ?」

「さあ? わたしにも、わからないことはある」

 青玉はあっけらかんと「わからない」と言った。登紀には、それが嘘なのか真なのか――情けないことだが、わからなかった。

「では、あの雲のことをお聞きします」

 登紀は、青玉が踏んでいるように、彼女の知識にすがった。

「私はまだ、あの雲を見ておりません。でも、あなたは見た。あなたの眼から見た意見を、私は信じます」

 信じる。その言葉を聞いて、今度は青玉が目を細めた。

「あの中には、生き物がいる。おそらく、琥符に咒縛された何者か。それがここに迫っている」

「対抗する術は?」

「あなたでは駄目」

 登紀は、椅子から立ち上がりかけた。思いがけない言葉に心を乱された。だがその動揺を抑え、尋ねる。

「――なぜです?」

「あなたはわたしの眷族じゃない」

 当然と言えば当然のことに、軍師は深く椅子に座りこんだ。

「そうですね。私は、騎龍ではありませんから」

 思わず笑ってしまう。

 彼女は、やっと青玉という者を理解しかけた。生きている世界の違う者だ。その者がいま、自分の前で、自分たちの世界で騒ぎを起こそうとしている。――ただ、おのれの力のみを信じて。

「でも、ただの人間であっても私は……王都を、この国を、護らねばならないのです」

 登紀は椅子を立ち、そして跪いた。一国の軍師が拱手して、少女に請う。

「どうか、お導きください。王国軍の指揮権は、私にあります。みなが、私の指示を待っているのです。騎龍たちを、そして普通の兵士たちを、どう使えばいいか――龍の王よ、お教えください」

 まるで神に祈っているようだった。

「この国を、護るために」

 ――図らずも、登紀は、かつて玉髄が青玉に言った言葉を口にしていた。「国を護りたい」という、その願いを叶えるために。

「とても真摯な人」

 そして、青玉は応えた。瞳に、優しい光が宿っている。陽の下の水海のような――あたたかい、青だった。

 二人は再び、椅子に座って向き合った。

「まずは、蜚牛ひぎゅうのことを考えましょう」

「蜚牛……私は、それを書物でしか知りません」

「あれは、牛と蟲のあいだを行き来する、古の破壊者。体液に毒がある。牛の形体の時は、突進に注意。弱点は頭。そこを吹き飛ばして、全身を焼いてやれば害はなくなる」

「蟲の時は?」

「肉と見れば、見境なく喰らいつく。焼き払ってしまえば、どうということはない」

「火は――どんな火でも、奴らを焼けるのですか?」

「騎龍の彈で焼き払うのがいちばんいいけれど。多分、騎龍たちは雲の方にかかりきりになると思う」

 青玉は首をかしげながら答える。それはなにかを考えているような仕草だが、人のように唸ったり言いよどんだりする瞬間がない。まるですべてを見通しているようだった。

「松明や篝火で、対処すればいい。でも、蟲は多いし、強いから。兵が恐慌を起こしたら危ないかも」

「ふむ……」

 いかに精鋭の兵とはいえ、得体の知れない者を相手にすれば、日頃顕(あらわ)れぬ恐怖がわきあがってくるかもしれない。恐慌を起こした味方兵は、戦の大きな障害となる。いかに、兵に冷静さを保たせるか――それは、人である登紀の腕の見せどころだった。

「多分、最後は――玉髄の力が、必要になる」

「彼が、切り札ということですか」

 いまいる熟練の騎龍たちではなく、見習いの、しかもにわかに騎龍となった彼が、命運を握ることになる。

「彼はまだ未熟です。その時まで、鍛えた方がよいのでしょうか?」

「体力がまだ十分ついていかない。いま無理に鍛えようとすれば、いざという時、使えなくなるだろう」

 ギリギリまで体力を温存させ、そして最も重要な局面を迎えた時、戦場に放り込もうというのか。

「それで、大丈夫なのでしょうか。普通の兵士でも、初陣では戸惑うものなのに。まして彼は、にわかに大きな力を得た。力に体と心がついていかず、危機を招くことも考えられるのでは?」

 青玉は、黙ったままうなずいた。

「騎龍は、龍に心を魅入られている」

 魅入られる。それは、龍と人とがひとつになるときに体感することだ。龍の瞳が、人間の瞳をとらえてその色を遷す。そして人間は体に龍の一部――逆鱗を得て、如意珠に封じられた龍を現出させることができるようになる。

「龍が戦う意思を見せれば、騎龍の心はそれに引きずられる。結果、死への怖れは薄れ、空の上でも、強敵の前でも戦えるようになる。わたしは、玉髄のそれに、期待している」

「そう、ですか」

 登紀も、それを経験で知っていた。騎龍の心は死を怖れず、化け物と対峙しても平然と剣を抜く。そして誇り高く、自分たちの掟を守り抜く者――それが騎龍だ。

「将軍たちを見れば、あなたがそれに期待するものわかります」

 四方を護る王国軍の将軍たちもみな、騎龍だ。彼らはその勇猛さをもって戦場を生き抜き、大国の侵攻を退けた。この国の英雄たちの中で、最も強い者たちだ。

「その強い心が、玉髄殿にも起こると――」

「ええ」

「この話、玉髄殿には?」

「していない。玉髄は、状況がよく見えた方が混乱する。なにもわからないままの方が、かえって動けるみたい」

「なにも知らせず、あなたの意のままに動かそうというのですか」

「玉髄が知りたいというなら、すこしずつ教える。いまは、時間がない」

 青玉は、淡々としたものだった。

「賢い人よ、この国を護りたいなら、わたしの言う通りに」

 宝玉のような眼が、無機質な光を帯びて、軍師に迫る。

「玉髄には、なにも言わないで」

「……はい」

 登紀は、反論できなかった。


 彼女たちが話し終わった頃には、すでに陽が傾きかけていた。

「玉髄殿、本日はどうもありがとうございました」

「いえ、軍師殿。お役に立てたなら幸いです」

 にこやかに応対する玉髄に、登紀はあわれを感じていた。この若すぎる戦士を、あの少女は動乱に放り込もうというのだ。まだ翼の根も、落ちつかぬうちに。

「玉髄殿……」

「はい?」

「どうか、心を強く持ってください。この国のために」

 登紀にできる、精一杯の励ましだった。軍師の言葉を、玉髄は特に不審なものではないと取ったようだ。

「ありがとうございます」

 玉髄が拱手した。登紀も拱手を返し、彼の屋敷を去った。

 軍師が去ると、盛装を脱ぎ捨ていつもの服になった青玉が、玉髄にまとわりついた。

「今日のご飯なにー?」

「あーはいはい、用意させるから」

 本当に子供のようだ、と思いながら、玉髄は苦笑いをする。

「青玉、軍師殿と、なにを話したの?」

「いろいろ」

「どんなこと?」

「雲の城のこととか」

「それって……」

 玉髄はさらに話の内容を聞き出そうとした。青玉はのらりくらりと答えていたが、それに飽きたのか、庭の小石を拾う。

「それよりも、お腹すいた。庭の石食べていい?」

「駄――目――ッ! お願いだからやめて!」

 玉髄が悲鳴のような声を上げ、その日は夜が来たのだった。

初出:2010年庚寅06月18日

修正:2013年癸巳08月16日

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