王都帰還
・虹玉髄……主人公。龍を操る力をにわかに得たため、訓練を受けることになる。
・青玉……あらゆる龍を操る能力を持つ少女。青い髪と瞳をしている。
・解賢歩……峰王国司龍。龍に関する全般を把握・管理する立場にある。天才と名高い。
・朱剛鋭……峰王国軍前衛将軍。龍を操る力を持つ。
・炎亮季……左衛将軍・天泰壱の配下。騎龍見習い。
・甘喜玲……右衛将軍・風加羅の配下。騎龍見習い。
それから数日間、兵舎はあわただしい雰囲気に包まれたままだった。
剛鋭はあの雲の塊に、かなり警戒感を抱いたらしい。部下の騎龍五名と、亮季、喜玲、そして玉髄を交代で見張らせた。
しかし、雲を超えた上空で、日に数里(約二、三キロメートル)動くか動かないかの雲の城を見張るのは、さすがの騎龍たちにも負担が大きかった。数日も経つと、熟練の騎龍たちも疲労の色を濃くした。
見習い騎龍――特に玉髄に至っては、半死半生といった態である。
「そろそろ、騎龍が飛べる範囲の限界だよ! 困ったな。正体ははっきりしないから、緊急事態っていうわけにもいかないし……」
賢歩が頭を抱えていた。
騎龍は、戦場と所定の場所以外、龍を飛ばすことが禁じられている。雲の塊は、その範囲を超えようとしていたのだ。もちろん視認するだけなら遠目でも可能だろうが、蜚牛がまた落ちた時の地上の混乱には、対応できない。
「あんまり騒いで騎龍総動員、なんてしたら、国内全体に動揺が走っちゃうよ……」
騎龍が飛ぶには、決められた範囲がある。だが、国王か軍師の許可があれば、どこでも飛ぶことが可能になる。
しかし、軍師は西方、国王も王都にいる。しかも先の戦の衝撃もまだ残っている。まだほとんどなにもわからない状態では、兵を動かす許可を求めることさえはばかられた。
「だが、部下たちの疲労も、そろそろヤバい。司龍、青山に知らせてくれ」
「青山かぁ……」
青山は、言わずと知れた騎龍たちの聖地である。騎龍のほかに、方術を会得した神官や巫たちも多くいる。この不可解な怪異に対するには、彼らの助けを借りるのがよいのかもしれない。
「青山は、国防に関与しないのが原則だけど……わかった。ボクがなんとかしてみよう。剛鋭サンは、王都と登紀叔母様に知らせて」
「ああ」
二人の高官は、急いで書簡を書く用意をさせ、筆を走らせた。しっかり封をし、それが重要なものであることを示す。
「おい、誰か玉髄を呼んでこい」
呼ばれて参上した玉髄は、必死に立っている様子だった。多少は武の心得があるといっても、軍人として鍛えているわけではない。当然、ここ数日で溜まった疲労は誰よりも濃い。顔色がかなり芳しくない。
「玉髄、手前は今日はもう休み、明日、王都に戻れ」
「なぜ……です?」
剛鋭は、しっかりと封のされた書簡を一通取りだした。
「こいつを、我が君に渡してほしい。王都についたらすぐに、だ」
国王に渡す書簡――緊急の用件であることは、容易に想像できた。しかも国王侍従である玉髄ならば、人を使って取り次ぐなどと余計なことをせず、国王に直接、書簡を渡すことができる。かなり急ぎのものなのだろう。
「軍師にも、別に使いを出す。手前は、この書簡をしっかり守れ」
「わかりました」
玉髄はその日、死んだように眠り――そして翌日、出立した。「急げ」とも言われたので、夜を昼に継いで、王都に向かった。早舟や馬を乗り継ぐその強行軍に、またかなり消耗することになるのだった。
王都に到着するなり、玉髄は参内し、晃耀に書簡を奉った。晃耀はそれに目を通すと、すぐさま王都に残っていた将軍らを呼び寄せ、相談を始めた。彼らが知るべき事項はすべて書簡に記されていたらしく、玉髄は一足先に、屋敷に帰ることを許された。
「やっと……帰ってこれた……」
屋敷に到着した時、外はすでに夕暮れに沈んでいた。主人の帰宅に、家人たちが喜んだのは言うまでもない。彼らのあたたかい出迎えに、玉髄は思わず涙ぐんでしまった。
「今日は……もう寝よう」
部屋の中には、すでに夜が侵入している。夕餉もそこそこに、疲れ切った表情で、玉髄は寝台に突っ伏した。すぐに睡魔が襲ってくる。もう、しばらくは起きたくない。
その時。
コン、と窓の格子を叩く音がした。
「!?」
玉髄は飛び起きた。そして、窓を開けて――。
「や」
その瞬間、玉髄は思いっきり前につんのめった。
茜色の光に照らされた庭にいたのは、青玉。蟠大湖の兵舎で、幽閉されていたはずの彼女が、にこにこと笑って立っている。
「ど、ど、どうしてここに……!」
「ふふ、応龍の気配は、よくわかるわ」
「応……?」
「あなたに与えた、翼のある龍よ。応龍と言うの。前にも言ったでしょう?」
玉髄は混乱したい気持ちをグッと抑え、頭の中で状況を整理する。
彼女がいた蟠大湖から王都までは、数日はかかる。いまごろあちらでは、青玉がいなくなったことが露見して大騒ぎになっているだろう。
その少女はいったい何をどうしたか、城壁に囲まれ城門を経ねば入れぬ王都の中に入り込んでいる。
「わたしは、応龍の龍師よ。あなたのそばにいるのが、いちばんいい」
玉髄にはすでにわかっていた。どう説得しようと、この少女は折れないだろう。自分のそばから離れないに決まっている。
ならば、ここは追い払うよりも――。
「わかった! もう腹をくくった! 青玉、お客としてもてなすから、僕の屋敷でおとなしくしてて!」
「ありがとう、玉髄」
こうして、ふたりの奇妙な生活が始まった。
初出:2010年庚寅04月25日
修正:2013年癸巳08月04日




