表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍は吟じて虎は咆え  作者: 南紀和沙
第三章
20/39

覚醒

虹玉髄コウ ギョクズイ……主人公。龍を操る力をにわかに得たため、訓練を受けることになる。

朱剛鋭シュ ゴウエイ……峰王国軍前衛将軍。龍を操る力を持つ。

炎亮季エン リョウキ……左衛将軍・天泰壱テンタイイツの配下。騎龍見習い。

甘喜玲カン キレイ……右衛将軍・風加羅フウカラの配下。騎龍見習い。

 玉髄(ギョクズイ)は、龍とともに水に沈んだ。

 大きいだけの翼に押し潰されながら、水底(みなそこ)に落ちていく。

「父上……っ」

 ごぽり、と口から空気が出る。

 父は、騎龍だった。強い騎龍だった。若き頃から戦い、打ち立てた武勲は数知れず――。

 自分は、その唯一の子。期待され、鍛えられ、護られ、育てられた。そして、父が死んで、おのれは毎日、若い国王とともに――。

(……僕は)

 揺れる視界に黒い蛇体がうつる。

 その鱗のすきまから、赤黒い体液が幾筋も流れだしていた。

(龍も、血を流す……のか)

 この龍――この力をおのれに与えた、青い髪の少女を思い出す。白く美しい顔、青く澄んだ瞳。彼女は、こうなることを知っていたのだろうか? それとも、ただ無邪気に、この力をおのれに与えたのか?

 侍従となったことも、あの少女と出会ったことも、この力を得たのも――すべては、抗えぬものに流されて。

 ――外道。

 流されて、道を外したというのか。

(…………)

 死にたくはない。

 ああ、でも――死ぬのだな。

 玉髄は、目を閉じた。

『その玉は、あなたを選んだのよ』

 意識の彼方で、光が閃いた。金の閃光。そして翡翠の光芒(こうぼう)

 玉髄は、目を見張る。急速に、体に力が戻ってくる。冷たい水の中で、体の熱を感じる。

 死んだら。いま死んだら。


『王よ』


『まだ、(わざわい)は去っておらぬ。あの琥符(コフ)が世にある限り、黄金の狂気がこの国を侵すだろう』


『しかし、応龍(オウリュウ)の力ならば、あの龍の力ならば、あるいは』


『――優しき少年の行く末に、正しき道筋が見えんことを』


(僕は……)

 龍の頭がわずかに動いた。黒い龍の翡翠色の瞳が、少年の瞳を見ている。

 揺れる視界の中でも、はっきりとわかった。胸が張り詰める。苦しくはない。

(龍よ……僕は)

 黒龍の翼が動く。玉髄を護るように包みこむ。父の形見の玉、その龍に(いだ)かれる――はるか遠い記憶を、思い出しそうだった。

(僕は、まだ死にたくない)

 心臓が、高鳴った。

(父上――)

 父は大将軍、遠く高すぎる存在。それでも尊敬し、父のようになりたいと思ったことがある。そしていま――自分は、父と近い場所にいる。

(こんなところで終われない!)

 少年は、ぐっと奥歯を食いしばった。

 水中で、黒龍が身をひるがえした。

 その頭の角につかまる。水が全身をかすめる。水の中に、光が生じた。水が割れ、玉髄は胸いっぱいに空気を吸った。



「くたばったか?」

 上空をゆっくり旋回しながら、剛鋭(ゴウエイ)がつぶやいた。

 空から見えるのは、穏やかさを取り戻していく湖面だけだった。

「!」

 その刹那、水面が山のように盛り上がった。(いただき)が弾け、噴水のように水が飛び、大波の轟音と視界をふさぐ霧雨となる。

「生きていやがるッ!」

 剛鋭が、即座に反応した。

 渾身の力を込めた紅い彈が、湖面に向かっていく。

 一瞬遅れて、翡翠色の流星が、湖面を割った。それは大きく弧を描き、剛鋭に向かってくる。

 その光の根元に――あの少年がいる。黒い龍の背に乗って、両手の指を広げている。

 そして、二つの色がぶつかった瞬間、それは起きた。紅い彈がすべて、侵食されるように消されてゆく。翡翠色の光が、世界を喰らうかのような、光景だった。

「おおおおお!」

 剛鋭は咆哮を上げた。圧倒的なものに、押し潰される者の上げる叫び――。

「!」

 だが、いつまで経っても、剛鋭自身に彈が襲いかかってくることはなかった。

静寂ののち、目の前の光景に、剛鋭らは目を見張る。翡翠色の彈が、すべて空中で制止している。長く長く尾を引いて、そしてその根元には、黒い龍に乗った少年がいる。

 少年――玉髄は、動きを止めていた。ぐっと奥歯を噛み締めている。手は、拳に握られる直前で、止まっている。指先が震えていた。強く眼をつぶると、玉髄は指を広げ、腕を大きく広げた。その手が羽ばたいた。

 その瞬間、彈はすべて動いた。ただし――軌道を、大きく変えて。すべての彈が、剛鋭から退いて、そして水面に落ちていく。流星の墜ちるがごとく、すべて。水が大きく弾けて、飛沫を上げた。その上から、また彈が墜ちて、霧のような飛沫が水面を覆う。

 飛沫がおさまると、黒い龍はゆっくり下降した。



 少年はその背から、浅瀬へと降り立つ。膝が震え、頬は真っ赤になっていた。

「う……」

 玉髄は、顔を手で覆った。涙があふれてくる。それはぼたぼたと、情けないくらいだった。

「う……ぁ、あ」

 緩んだ口元から、嗚咽が漏れた。そうなると、もう止められない。

「うわあぁ……ああっあ……!」

 間抜けな声を上げて、玉髄は泣いていた。心の奥底に封じてきた負の感情が、あふれ出してくる。いいようにやられたことへの悔しさ。その不甲斐ない自分への怒り。そして、おのれの手にした力への怖れ。それは、あまりに大きい。

 力を手にしたことへの喜びは、不思議とわいてこなかった。ただ、自分に負い被さった目に見えぬ運命に、心が痛い。孤独に似た、痛みだった。

 黒い龍が、不格好な玉の(あな)に戻っていく。ぽちゃん、と間抜けな音を立てて、首飾りに戻った玉は、その主人の前に落ちた。

 だが、玉髄はそれを拾いもせず、浅瀬に膝をついて、泣きつづけた。

 水の中を、誰かが歩いてくる音がした。

「なぜ、やらなかった?」

 玉髄の目の前に、剛鋭が立っていた。

「僕の……力は」

 しゃくり上げながらも、玉髄は答えた。

「僕の力は、あなたを殺すためのものじゃない!」

「……(あめ)ぇな。俺は、手前を殺そうとしたんだぜ?」

「そんなの、知らない」

 涙が、止まらない。声をひどく震わせながらも、玉髄は言うのをやめなかった。

「あなたにやられたこと、悔しいし腹立たしい。でも、僕が、僕自身が、殺したくないと思った」

 そして、なによりも。

「……死にたく、なかった」

 そこまで言って、玉髄は完全に脱力した。剛鋭は思わず抱きとめる。少年は気絶していた。

「玉髄!」

「玉髄君!!」

 二人の若者が、水をかきわけて走ってくる。気を失っている玉髄を剛鋭から受け取り、揺さぶって呼びかける。

「気絶しているだけだ。休ませてやれ」

「は、はい」

 亮季(リョウキ)たちに玉髄を任せると、剛鋭は身をかがめた。玉髄の如意珠を拾う。黒くざらついた表面に無数のひび割れが走り、そこから翡翠色が見える。その格好悪い玉見つめながら、剛鋭はつぶやいた。

「死にたくない、か。一番単純な理由で、生き残りやがったな」

 いつのまにか、水面は穏やかさを取り戻していた。それを照らす陽はずいぶんと傾いて、すでに赤味が空に射している。

「……本当に、デカい力だ」

 そのつぶやきは、湖の小さな波の音に消えていった。

初出:2009年己丑12月31日

修正:2013年癸巳06月07日

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ