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龍は吟じて虎は咆え  作者: 南紀和沙
第三章
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古き詩に随いて

<登場人物>

虹玉髄コウ ギョクズイ……主人公。峰国王づき侍従。青玉という少女から龍を操る力を授かる。

峯晃曜ホウ コウヨウ……峰国の若き国王。玉髄の幼馴染み。

知登紀チ トウキ……峰国の女軍師。

至英凱シ エイガイ……峰王国後衛将軍。龍を操る力を持つ。

朱剛鋭シュ ゴウエイ……峰王国前衛将軍。龍を操る力を持つ。

 あの処刑が不首尾に終わった日から、また一月(ひとつき)ほどが過ぎた。

 玉髄(ギョクズイ)騎龍(キリュウ)になってから半月のあいだ、自邸で療養した。あのとき――自分が騎龍になったと知ったときは取り乱した。

 だがもう心も体も落ち着きを取り戻している。いまはまた、侍従として宮廷に出仕していた。

 ただ、別のところに不安もあった。周囲が静かなのだ。出仕して十数日、将軍たちも軍師たちも、遠目で見かけることはあった。だが、彼らからなにかを言ってくることはなかった。

 自分が騎龍になった事実は、なかったことになったのだろうか。

 玉髄は、そんな思いにすら取りつかれそうになっていた。

(それもそうなんだろうな……)

 玉髄とて、知っている。

 峰国で、騎龍と認められるのは、霊峰・青山(セイザン)で修業した者だけだ。騎龍の候補たちは、幼いころから、厳しい修行を受けるという。肉体的にも、精神的にも、強大な力を御するために必要なことを、すべて習得するという。

 その中に、子を作れないという知識も、含まれているらしい。それはあとから知った。

(父上も……それを知っておられた)

 では彼の父はどうだったか。一生子を生さぬと、父も教えられていたのであろうに。

 玉髄は、療養中にすこしだけ調べてみた。

(父上は、修行はちゃんとされていた)

 簡単な話だった。


 玉髄の父――虹玉仙(コウギョクセン)は、(コウ)家の二男だった。

 後継ぎである兄の邪魔をせず、ただ一代の栄達を望むために、玉仙は青山に預けられた。しかし状況が変わった。玉仙の兄が、初陣であっさり戦死してしまったのだ。玉仙は、もはや|如意珠《ニョイジュ《を授けられるだけ、という状態にまで修業を進めていたが、虹家を継ぐために王都へと呼び戻された。

 呼び戻されて早々、玉仙は結婚した。

 そして、結婚から一年半ほどで息子――玉髄が生まれた。

 玉仙は待ちわびたとばかり騎龍になる儀式を受けて、戦地へと赴いた。

 それが、だいたいの事情らしかった。


(でも、僕は)

 玉髄は、いっさい騎龍になるための訓練を受けていない。

 軍人ですらない。生前の父からいくらか武術は教えられたが――せいぜい自分ひとりを守るための技ばかりだ。

「玉髄」

「……はっ」

 玉髄は、はたと意識を現在に戻した。

 見ると、晃耀(コウヨウ)が口を尖らせている。

「もう、新しい墨を取っておくれって言ってるのに。うわのそらなんだもの」

「も、申し訳ありません」

 玉髄は赤面しながら、新しく磨った墨の入った硯を取る。ともに仕事をしていた侍中(じちゅう)に睨まれ、ますますいたたまれない。

 晃耀はそれ以上玉髄を咎めず、書簡に次々と筆を走らせ、印を押す。

 そうするうちに、政務は終わっていた。

「本日はこれですべてでございます」

 侍中が拱手する。

 晃耀は、おごそかに手を振った。

「ご苦労。侍中、お前はもう下がりなさい」

「御意」

 大人を遠ざけて――晃耀と玉髄だけになった。

「玉髄、そこにお座り」

 座をすすめられる。

 玉髄は素直に従った。

 暑い。湿度の高いこの国の夏は、屋根の中も蒸すようだ。たとえそこが王のおわす場所であっても。

「はあ、今日も暑いね」

「あのさ、晃耀……」

「……伏せておこうと思ったけど、どうせ知れるから言っておくね」

 国王から幼馴染みに戻った晃耀は、親友が切り出す前にその話題を持ち出した。

「軍師たちは、いまお前をどう扱うかの協議をしてるらしい」

「え……」

「余には、よくわからないところもあるけど……英凱(エイガイ)に聞いたらね、お前の龍は、とても強い力を持っているんだって」

 晃耀は襟元をすこし緩めながら、そう言った。

 玉髄は胸のあたりに手をやる。あの黒い(ギョク)は、いまも首からかけてある。たとえこれが如意珠であろうとも、父の形見であることに変わりはない。

「強い力を持っているから、ぜひ、この国のために使いたい。でも、龍の素人が騎龍になった例ってあんまりないから……いま、青山の者にも意見を訊いて、それからお前の処遇を決めるって」

「そう……」

「覚悟は、しておいてね」

「……うん」

 玉髄は不安そうな表情を隠せないまま、うなずいた。

「それにしても、お前を騎龍にしたあの少女……まるで古詩の仙女だったね」

「古詩?」

「知らないの? 青き仙女が舞い踊り、白き龍が神を導く……」

 晃曜は、一篇の詩をそらんじた。


 雲漢の果てに祈りを捧げ、大地の上に犠牲を捧ぐ。

 雷の音を先駆けにして、黒い雲が空に満ちる。

 さぁそれが合図。一千の龍を随えて、天の神が天下る。

 青き仙女が舞い踊り、白き龍が神を導く。

 地上の王の徳を讃えて、限りない幸を運ぶだろう。

 祈れ祭れよ、今日は佳い日。神を下ろすに、最上の日。


「古い詩だよ。知ってるでしょ? 天の神が、たくさんの龍を(したが)えて降るっていうやつ」

「あー……そんな句だったっけ」

 玉髄は、思い出すようなふりをした。

 晃耀が解説してくれる。

 その詩は、神下ろしの儀式について書かれたものだという。贄を捧げて祈るならば、天の神が白い龍に乗って降りてくるのだという。

 また、別の書物では、神と龍は同一であるとする。また別の学者は「龍は神ではない。天に昇るべき者を乗せる舟のようなものだ」と解釈しているという。

 どちらにせよ――地上の王が、すぐれた(まつりごと)で世を治めているから、神が応えたもうたのだ。詩はそう解され、人口に膾炙(かいしゃ)していた。

「あの子は、まさしく、あの詩の仙女だ。白い龍を導くという、青い仙女」

「仙女か……もし、そうだとしたら、彼女は天から来たんだな」

 玉髄は少女の容貌を思い出す。古詩よりもはっきりと思い描ける。

 あの瞳と髪――空と同じ、淡くも凛とした青の色。空から生まれたような少女だった。

「なんだか……符合しすぎてて、怖いくらいだな」

 晃耀がため息をついた。

「でも、王の徳を讃えて天の神が、っていう内容なんだろう? ならば……」

「だから、怖いんだよ」

「晃曜……」

「怖いよ。国王の位というものは……思っていたより、重いから」

 国王の称号を負った少年は、怖いと言いながら、笑った。

 そう、この国の王の座は、すわり心地がとても重い。先王は、三十年の長きにわたって、北の大国の侵攻を防ぎ続けてきた。ときに武力で、ときに外交で――。

 その戦争が終わってからも、およそ七年のあいだ、先王はこの国の立て直しに奔走した。国を守り切った守護神として、尊崇を集めながら――。

 しかしその王も、昨年の春、崩御された。そして御位についたのが、先王の長子である、晃耀だ。彼は、守護神の御子という期待と、まだ年若いという不安を人々に抱かれながら、王であり続けねばならなかった。

「できれば、もう一度あの仙女に会いたいな。予は本当に王でいいのか、訊きたい」

「晃耀……」

 玉髄は、すこしだけ心が軽くなった。親友にも悩みがある。大きな力を持つという、同じ悩みを持っている。

「大丈夫。中抜け魔で、ときどき無茶もするけど、晃曜は我らの君だ」

 玉髄は、からかうように笑った。この親友の優しさ、聡明さ、大変さを、玉髄はすべて理解しているつもりだ。そして、晃耀を支えること――それを、玉髄は望んでいた。その望みを、思い出すことができた。

 玉髄は席を立ち、晃耀の前に跪いた。

「我が君、僕はどうすればいい? この力、どういう風に使ってほしい?」

「玉髄……どうか、この国を護る、力になってくれ」

「御意」

 玉髄は拱手した。

 その時、侍従の一人が、御前に参上する。

「陛下。()軍師、および四衛将軍が、お目通りを願って参っております」

登紀(トウキ)が? わかった、すぐ行く」

「虹侍従にも参られるように、とのことです」

「わかりました」

 ついに来たか――晃耀と玉髄は、緊張するのを抑えることはできなかった。


「登紀、話とはなんだ?」

 晃曜と玉髄は、一室に呼ばれた。軍師と侍中、それに四衛将軍たちがいる。

「玉髄殿の、騎龍の力のことです」

 軍師が、切り出す。

「玉髄殿、あなたは武人ではありませんが、あなたの得た力をそのままにしておくわけにはいきません。(シュ)将軍に従い、蟠大湖(ハンタイコ)にて騎龍としての技量を磨いていただきたい」

「玉髄は、我が君の侍従です。我が君から、ご命令を」

 侍中が、うやうやしく言った。

 大人たちの視線が、少年たちに降り注ぐ。彼らの期待する命令を、王は出し、そして侍従は従う。それが、望まれている。それに、子供たちは抗えない。

「玉髄」

「はい」

「行ってくれるか?」

「御心のままに」

 玉髄は、晃曜に対してだけ、拱手した。抗えないなにかへの、せめてもの抵抗だった。

「よし、玉髄。手前のその根性、叩き直してやるよ」

 前衛将軍・朱剛鋭シュゴウエイは、低い声でそう言った。

 玉髄は口をつぐんだ。頬がかすかに紅潮してくる。反抗したい気持ちを抑えているのだ。しかし、次には表情を元に戻し、頭を下げていた。

「よろしく、お願いします」

初出:2009年己丑10月16日

修正:2013年癸巳05月15日

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