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龍は吟じて虎は咆え  作者: 南紀和沙
第二章
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思いどおりには

<登場人物>

・虹玉髄(コウ ギョクズイ)……主人公。峰国王づき侍従。

・少女……異民族・跋族の中で「青娘」と呼ばれていた謎の少女。

・知登紀(チ トウキ)……峰王国の女軍師。黒い巻き髪の美女。

・朱剛鋭(シュ ゴウエイ)……峰王国前衛将軍。豪傑だが短気な性格。

「どうしたの? 元気ないね」

 牢に入り、食事を済まさせたあと――少女は、そう尋ねてきた。

「君がなにも話してくれないから」

 返事が思わず皮肉になる。これでは八つ当たりだ。玉髄(ギョクズイ)は、未熟な自分にため息をついた。

「なにか、あったんだね?」

 青い瞳が、真剣な色になる。玉髄はかえって気まずく思った。

「皆、せっかちなんだ。もっとゆっくりの方が、君はいいんでしょ?」

「ゆっくり?」

「時が、来るまでさ」

「……わたしが話さないから、玉髄は怒られたの?」

「…………」

 玉髄は返事を返さなかった。

 少女の青い目が、すこしだけ悲しそうな色を帯びた。

「ごめんね」

「あ、謝らないで」

「でも、迷惑をかけた」

 玉髄が次の言葉を継ごうとした時、獄吏(ごくり)が彼らのもとまでやってきた。

「軍師殿がお呼びだ。出ろ!」

 もう尋問の時間か。数人の獄吏が少女をひきだす準備に入る。

 それを横目に見ながら、玉髄はそそくさと膳を回収した。

「また明日」

 少女がすこしだけ笑った。



 少女は、軍師の前にひきだされた。王国軍の将軍たちも、その場にいる。跋(バツ)軍の龍師――そう目される者に、高官たちの注目が集まっていた。

 巻き髪の軍師・知登紀(チトウキ)が、穏やかな口調で尋ねる。

「跋軍のあの強さ、なにか秘密があるのでしょう? 話していただければ、あなたの罪は問いません」

 答えなければ、罪に罰が与えられる――軍師は、暗にそう脅していた。

「断京(ダンケイ)に如意珠(ニョイジュ)を与えたのは、あなたですか?」

「…………」

「では、あの虎符はなんなのですか?」

「…………」

 少女は目を閉じたまま黙っていた。その様子はまるで眠っているかのようだ。答える気配は微塵もない。

「では――」

「…………」

 その時、小さく、少女の唇が開いた。なにを言うのか。周囲の緊張が高まる。そして、その紅の唇が、息を吸って――。

「ふあぁぁぁ……」

 緊迫した空気をブチ破る、間の抜けた大あくびだった。峰国の高官たちは、一瞬呆気にとられる。

 少女はそれを気にする様子もなく、今度は眠そうに、前方に戒められた手で何度か目をこすった。

「こ……っの、クソガキ! いい加減にしやがれ!」

「剛鋭(ゴウエイ)、落ちついて落ちついて!」

「こんなヤツが龍師なワケねぇだろう! とっとと処刑しちまえ!」

 いきりたつ者やそれをなだめる者、呆れたようにため息をつく者で、騒然となる。

 それからも、なだめたり脅したり――あらゆる方法で答えさせようとさせながら、質問が繰り返される。

 しかし、ついに少女はなにも話さなかった。



「虹(コウ)侍従」

 その日の夕方。

 牢獄へ、粗末な膳を持って歩いていた玉髄に、声がかかった。振り返ると、ゆるやかな巻き髪の軍師が立っている。その美しい容貌は、鮮やかな王国軍の指揮にふさわしい。気性の荒い将軍たちでさえ、彼女の前にはやわらげられる。

「知(チ)軍師。おつとめ、お疲れ様です」

 玉髄もにこやかな顔で応じた。国王のところで何度も顔を合わせている。将軍たちと対峙するよりは、気が楽だった。

「あの少女のところへ、行くのですね?」

「はい」

「……その少女の、ことなのですが」

 女軍師の声が、低く悲しそうな色を帯びた。


「……彼女を処刑する、ですって?」


「残念ですが、そうせざるを得ないでしょう」

 軍師は表情を変えなかった。あの少女を処刑する。それが決まったそうだ。

「我が国が受けた脅威を考えれば、彼女を解放することは到底できません。帰順もしないならば、やはり……」

「そんな! 彼女はまだ、時じゃないと!」

 玉髄は思わず膳を取り落として詰め寄りそうになった。出そうになる手をぐっと抑え、なんとか言葉だけで抗議する。

「時?」

「牢で、何度か話をしました。自分の名も名乗ってはくれませんが、彼女は……まだその時ではないと、何度も」

 強い口調で、玉髄は訴えた。それは、あの少女への信頼からくる感情だった。

「時が来れば、きっと話してくれるはずです!」

「いつ、その時がくるのでしょう? そしてそれは、なんのための時なのでしょう?」

「それは……」

 答えられない。玉髄はくやしそうに眉をしかめた。

「明日の朝、刑場にて斬首に処します。それから――方士を滅する方法で処分します」

「――!」

 方士を滅する方法――それを聞いて、玉髄は立ちすくむしかなかった。その残酷な方法を、彼は知っていた。膳を持つ手が小さく震えている。

 そうしているうちに、軍師は話を切り上げた。踵を返し、ゆっくりと立ち去ってゆく。

 それを止めることもできずに、玉髄はしばし呆然としていた。

初出:2009年己丑09月14日

修正:2013年癸巳05月09日

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