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龍は吟じて虎は咆え  作者: 南紀和沙
第二章
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心通うとき

<登場人物>

虹玉髄コウ ギョクズイ……主人公。峰国王づきの侍従。国王の命令で、謎の少女を世話することになる。

・謎の少女……跋軍で「青娘」と呼ばれていた少女。青い目と青い髪をもつ。

峯晃耀ホウ コウヨウ……峰王国の若き国王。玉髄の幼馴染み。

知登紀チ トウキ……峰王国軍の女軍師。人やモノに宿る「気」を見る力を持つ。

登紀(トウキ)、例の子だけど、乱暴なことはしていないだろうね?」

 幾日かして、王は軍師に問うていた。

「ええ、もちろんです。ですが……」

 ゆるやかな巻き毛を軽く揺らし、歳若い女軍師は、首を横に振った。

「何度か尋問を重ねましたが……自分の名前すら、答える気配はございません」

「気長にね。玉髄(ギョクズイ)も、やってくれてるから」

「ええ、わかっております。ですが……(コウ)侍従に、あの少女の心を開けるのでしょうか?」

「僕の侍従を舐めないでね、登紀」

 国王は得意げに笑って、軍師をたしなめた。

「御意」

 軍師も思わず笑顔になって、拱手した。



「お腹、空いたでしょ?」

「ありがとう」

 その日も、玉髄は少女の夕食を持って、地下牢へと入った。

「……今日は、いいものを持ってきてる」

 粗末な食事を渡したあと、玉髄は、自分の幅の広い袖の中を探る。そこから、赤い果物を取り出した。少女の目の前に、それを差し出す。

(すもも)……?」

「ないしょだよ?」

 いたずらっぽく、玉髄は笑った。

 彼が持ってきたのは、種も小さく、皮も食べられる早生りの李だ。格子ごしに手渡すと、少女は果汁の一滴も逃さぬように、果肉をほおばった。

「もしかして、好きなの?」

「うん。果物は、特に好き」

 その目元が、嬉しそうに笑っている。甘い匂いが、かすかに牢の空気に混じった。

「あなたって、不思議な人」

「……そうかな?」

 少女から笑顔で言われて、玉髄は困ったような表情になった。

「玉髄、玉髄」

 少女の手から果物がなくなった頃、少女がちょいちょい、と手招きしてきた。

「なに?」

「もうすこし、こっちに来て?」

 玉髄は、何気なくそれに応じた。

 その瞬間、細い腕が格子のあいだから伸び、少年の背中をとらえた。ぐいっと強い力で引き寄せられる。

「ちょっと……!」

 玉髄は戸惑った。少女の美しい顔が近い。白く細い手がするりと伸びて、玉髄の懐をまさぐる。ぞくぞくと、背筋に奇妙な感覚が奔った。

 だが、少女に色っぽいことをする意志はなかったようだ。何かをつまんで、ぐっと引き出す。玉髄の懐から、紐につながれた石が出てきた。

「そ、それは、駄目だよ!」

 玉髄はあわてた。

 それは、黒い石が一個、紐にくくられただけの首飾りだ。ざらざらした石には、いびつな形の(あな)がある。美しさとはほど遠い奇妙な石だ。だが玉髄にとっては大切なものだった。死んだ父の形見なのだ。

 少女は、玉髄の様子を気にした風もなく、物珍しそうにそれを見つめた。一度二度くるくると回す。青い瞳に、その石のすべての角度を刻み込んでいるように見えた。

「これ、如意珠(ニョイジュ)?」

 唐突な言葉に、玉髄は完全に呆気に取られた。

「そう、なのかな」

 如意珠と言うのは、騎龍(キリュウ)にとって、必要不可欠な(ぎょく)のことだ。さまざまな色の、(あな)のある丸く美しい宝玉の中に、勇ましい龍が封じ込められている。騎龍はこの玉から、おのれの龍を呼び出し、戦うのである。

 龍を「意の如く」操れる珠――だから、人々はそういった玉を如意珠と呼ぶ。

「父と、父の龍が死んだときに、龍の体から出てきたんだ。でも、いろいろな人に見せたけど――如意珠と言う人は、誰もいなかった」

「普通は、とても美しいものだからね」

「そう。こんな黒くて、ざらざらした石が如意珠なんて……騎龍の人たちが聞いたら、きっと卒倒するよ」

「ふうん……」

 少女は、ぱっと指を石から離した。

 黒い石は、玉髄の胸元に返る。玉髄はやっと、格子から離れることができた。

「ねえ」

 少女が首をかしげ、意味ありげに玉髄を見上げた。

「なに?」

「好きな子はいる?」

「えっ、ええっ!?」

 唐突な質問に、玉髄は自分でも驚くほど狼狽(ろうばい)した。しかし、少女はさらりととんでもないことを口にする。

「子供を作りたいと、思えるような人」

「そ、そ、そんなのいるわけないだろ!?」

 玉髄は力いっぱい否定した。頬が熱い。きっと、顔中真っ赤になっているだろう。

「だって僕は晃耀(コウヨウ)のお世話で忙しいし、君と話さなくちゃいけないし、屋敷だっていまの僕じゃ維持するのでいっぱいいっぱいだし……」

 顔の熱さが、彼を雄弁にさせた。目を泳がせながら、こめかみあたりに浮かんでくる汗を手でぬぐう。言わなくていいことまでしゃべっていることに、まるで気づいていない。

「まだ身分が低いから、縁談もほとんどないっていうのに、そんなこと考える余裕は……」

「ふふっ」

 少女が、いたずらっぽく笑った。

「面白い人ね、玉髄って」

 そう言われて、玉髄は言葉に詰まる。今度は、言葉が出てこなかった。口がわななく。

「……からかってるの?」

 深く息をついて、やっと言えた。つぶやくような問いは、声が低くなる。

「ううん。そう思っただけ」

 少女からは、悪気が感じられなかった。

 玉髄は大きくため息をついた。

「そろそろ行くよ。また次の時に」

 膳を取って、牢をあとにする。その背中に、軽やかな声がかかった。

「ね、玉髄。果物の恩、忘れないから」

「た……たいしたことじゃないよ。気にしないで」

 少女の笑顔がまぶしい。まるで牢獄にいるとは思えない。その様子に、妙な胸騒ぎを覚えながら、玉髄はそこをあとにした。

初出:2009年己丑09月14日

修正:2013年癸巳05月02日

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