02 信頼と真意
と、いうわけで。
俺が所属する部活は、久野々木学園七不思議の一つに数えられる謎の組織、アサシン倶楽部である。
所属する生徒不明、顧問不明、活動拠点不明、全てが不明。
だがその活動内容だけは明確で、何度か話に上がっていた通り、東校舎四階のダストシュートに投下された”殺して欲しい人間の名前”に基き、その人間を暗殺――もとい、懲らしめることだ。
聞けば何ともまあ物騒な活動内容だと思われるだろうが、しかし実際の活動はどうかといえばそんなことはなく、現在は七不思議の宣伝活動をするだけの謎でも裏でも何でもないただの意味不明な部活と化している。というのも、時代の移り変わりとともに生徒たちから学園七不思議への興味が薄れ、同時にアサシン倶楽部のことを知る生徒もいなくなり、暗殺の依頼が全くと言っていいほど無くなってしまったためだ。
故に俺たちは部長である浅倉ルウに指示され、再び依頼がくるようにと七不思議を広めてアサシン倶楽部の認知度を上げようとしていたわけだが――
「……こないんだけど、依頼」
テーブルにべたっと倒れ伏しながら吐き出されたルウのぼやきの通り、そう簡単に現実というのは変わらないもので。
宣伝の甲斐なくアサシン倶楽部には依頼のいの字すら姿を見せる気配が無く、相変わらず暇な放課後を送っている。
それはまあ、そうだろう。
今時七不思議なんて話を聞いたところで本気で信じるヤツのほうが少ないだろうし、ましてやそれを実際に確かめよう、利用しようなんて考えるヤツがいるだろうか。小学生や中学生くらいの年代ならまだ面白半分で試すこともあるかもしれないが、高校生ともなるとなあ……。
ともあれ、このままではまたルウがもっと宣伝してこいだの何だのと騒ぎ始めそうな気がするし、一応フォローを入れておくか。
「宣伝始めたのなんてつい最近の話じゃねえか。そんなすぐに依頼がくるようになるわけねえだろ」
「そりゃそうかもしれないけど……言わなきゃやってられないじゃない、暇すぎて」
言いながら、ルウはテーブルの上で体をごろんごろんと転がして暇さを全身でアピールする。
暇暇言ってるくらいならお前も宣伝行ってくりゃいいだろと言いたい。
「まあ逆に考えれば、俺らに依頼しなきゃならねえ程問題のある人間がいねえってことなんじゃねえか? 平和でいいだろ」
「何言ってるのジン、そんなわけないよ! 依頼がこないのはただ単にアサシン倶楽部が無名も無名、風の噂にすら流れない超絶過疎組織で依頼しようという発想すら生まれない状況だからに決まってるじゃない!」
「お前、相変わらず自分が長の組織なのにボロクソ言うのな」
「現実を冷静に受け止めているだけよ。実際、問題のある生徒や教師はたくさんいるし。昔程の認知度があれば絶対に依頼だらけでてんてこまいになっていたに違いないわ」
「そうか……? イジメがあるとかって話は聞いたことねえし、悪さしてそうなヤンキー崩れも見かけたことねえけど」
「イジメは確かに聞いたことないけど……ジンは喋り方と態度だけ見れば悪さしてそうなヤンキー崩れっぽいよね」
「うるせえ俺は除外しろバカ」
大きなお世話だよ。
昔からこうなんだからどうしようもねえんだっつーの。
「ていうか、問題といったらうちの部にも大問題があるじゃない」
「まあ活動内容が活動内容だしな」
「違うよ。活動内容は全然問題ないよ」
「じゃあやっぱり部長に問題が……」
「あたしでもなくて! ……ってやっぱりって何よ!?」
「いや、なんかほら、最近児童ポルノとか厳しいじゃねえか」
「規制対象的な問題!?」
「全身にモザイクかけるしかないな」
「イヤだよそんなの!? 全身モザイクのヒロインってさすがに無いでしょ!?」
「は? お前いつからヒロインになったんだよ」
「そこまで否定されちゃうのあたし!?」
「これからも俺の突っ込み兼モザイクとして頑張っていこうぜ」
「どんなポジションなのそれ!?」
まあ、言うほどルウは幼い容姿をしているわけではない。ハーフだから判断がしづらいということはあるが、少々背が低めってくらいだ。
それでも本人は自分が幼い容姿だと思いこんで気にしているようである。
……出るところは出ているというのに。
「って、またジンのペースに持っていかれてたわ……。いい!? アサシン倶楽部の問題ってのは活動内容でもモザイクとかでもなくて、この現状のことよ!」
「お前の身長はどうしようもないだろ」
「あたしの現状じゃないからぁ! これでも現在進行形で成長してるもん! 来年にはきっと百五十センチ超えてるんだから!」
「目標を高くもつのは良いことだな、うん」
「あとたった二センチだよ!? そこまで高い目標じゃないよ!?」
「来年には『あとたった三センチだよ!?』と喚くルウの姿が見られるわけだな」
「勝手に縮ませないで!?」
「で、何だよその問題ってのは」
「あ、また自由に話戻すんだ……。まあいいや、問題っていうのはあたしたち二人しか部室に来てないっていう、この現状のことよ!」
言われてみれば。
アサシン倶楽部の部員は全部で六人。内訳は一年生一人、二年生三人、三年生二人となっている。
しかしその内部室に来ているのは二年生の二人だけ……つまり俺とルウだけだ。
三年生は現在三泊四日の修学旅行中だから仕方ないにしても、あとの二名――一年生の青葵海空と二年生の宇都木千流だ――は一向に部室へと姿を現さない。
ちなみに昨日――パンツオチの後にもその二名は姿を現さなかったので、これで二日連続のサボりということになる。
この俺ですら帰りたい衝動を我慢してまでルウのバカに付き合ってるというのに……いったい何をやっているのやら。確かに問題といえば問題だな、うん。
「あいつらから休む理由とか聞いてねえのか?」
「なーんにも。一昨日にアサシン倶楽部の宣伝してって言った時以来話してないもの」
「そういや、俺もその時以来あいつら見てねえな……。いつもなら頼んでもねえのに俺らの教室来るくせに」
「ホント、どうでもいいときだけは出没するのにね、特にウザキとかウザキとかウザキとかウザキとか二度と現れなければいいのに」
「本音漏れてるぞオイ。お前、宇都木のこと本当に嫌いだな……」
ルウと宇都木の仲が悪くなった原因の一端は俺も担っているのだが……まあ、今は置いておこう。
宇都木が来れば嫌でも思い知らされるんだろうしな……。
「……あ、そうだ。ルウ、メールで連絡とってみればいいんじゃねえの?」
「無理無理。ミソラは携帯持ってないらしいし、ウザキのアドレスは知らないもん」
「それなら青葵はまあ仕方ないにしても、一応部長なんだから宇都木のアドレスもちゃんと聞いておけよ」
「正確に言うと、初めは登録したよ。でも深夜にワン切り百回、迷惑メール二百通送られてきて以来着信拒否・受信拒否に設定してアドレス帳から削除しちゃったから知らない」
「……把握した」
仲悪いってレベルじゃねえなもう……。
「となると、俺もあいつらの連絡先なんて知らねえし、どうしようもねえわけだな」
「仕方ないかぁ……。宣伝の首尾と成果を報告して欲しかったんだけどなあ」
「まあ……何か用事でもあって来れねえだけかもしれねえし、待ってりゃそのうち来るだろ、暇そうなヤツらだし。報告だってその時でいいだろ」
「うん。まあそうなんだけどね。……そうなんだけどね、問題はあいつらが来ないってことだけじゃないの。ほら、えーと、ジン、今あたしたちが置かれている状況をわかりやすく簡潔に言ってみてくれる?」
「…………?」
いったい何の話だ?
今の状況って……あー、三年生が修学旅行中で欠席中、一年生の海空と二年生の宇都木が無断欠席中、俺とルウだけが部室で待機中、ってくらいだろ。
欠席者が多いということ以外に問題なんてあるか?
「あ、あるでしょ!? ほら、その、えーと、んと、ふ、ふふふふふふふ」
「気持ち悪い笑い方だな」
「笑ったわけじゃないから! 違くて、ふ、ふふ二人きりでしょ!? どぅーゆーあんだーすたん!?」
「二人きりって……まあ確かに二人きりだが、昨日もだったじゃねえか。今更何言ってんだお前」
「そ、そうだけど! 昨日は二人が来るだろうって思ってたし、二日連続ってなると、その…………んぅぅぅぅぅ……」
「……??」
意味が分からん。
こいつはいきなり何で顔を赤らめてもじもじし始めてんだ。口に出しては言わねえが、トイレにでも行きてえのか?
二人きりだからって遠慮しないで言ってくりゃいいのに……と思っていた俺だが、ルウが危惧していた問題とは別のことだったらしい。
「……ほら、男子って、特に思春期の男子って、女の子と二人きりのシチュエーションに憧れるとかなんとかよく言うじゃないの……」
「……? まあ、否定はしないな。興味ねえって言ったら嘘になる」
「で、でしょ? ジンだってそうでしょ!? だ、だったら……その…………考えてない?」
「考えてるって……何をだよ」
「…………い、イヤラシイこととか」
……なるほど、そうきたか。
まったく、こいつは何を問題視しているのかと思えば……俺も信用が足りてないな。
俺がそんなことを考えるわけがない。
良い機会だ、ルウには俺の胸の内に秘められた純粋で確固たる想いの程を教えてやろう……。
「……あのな、ルウ。アホなこと言ってんじゃねえよ。俺がそんなこと考えてるわけねえだろ?」
「そ、そうだとは思うけど……。自意識過剰だよね、やっぱり」
「んなことはねえさ。お前は男の俺から見て十分に可愛いし、二人きりになったらそういうこと考えられちまっても全然おかしくねえよ」
「かかかかかっかっかかかかわわあ可愛いだなんてそそそそんな、ジンがそんなこと言ってくれるなんてこれは夢!? ……はっ、ということはジンはやっぱりあたしのことを……!?」
「最後まで聞け、バカ。おかしくはねえけど、俺とルウはアサシン倶楽部に所属する大事な仲間だ。初めの頃こそ厄介で面倒くせぇ集団に入れられちまったとは思ったけどよ、今では割とここで過ごす時間は気に入ってる。その大切な時間を、仲間を傷つけることによってむざむざ捨てるようなバカな真似をするわけがねえ。お前はな、ルウ、とっくに俺の中では守りたい存在の一部になってるんだよ。……だから、わかるよな?」
「じ、ジン……あなた、そこまで考えてくれてたの……? なのにあたしったら、疑うようなことを言っちゃって……ごめんなさい!」
「わかってくれりゃいいんだよ、わかってくれりゃ……」
そして見つめあい、お互いの信頼関係を確かめるように手を取り合う俺たち。
ルウの碧眼からは一筋の涙が零れ落ち、その雫はテーブルで弾けて飛び散っていった。それはまるで、俺とルウの間にあったわずかなわだかまりが解消される様を表しているかのようだった――
……あ。
そういえば大事なことを言い忘れていた。
危ない危ない、これでまた変な勘違いをされたら困るからな……忘れないうちに言ってしまおう。
「言い忘れていたんだが、ルウ」
「……ん? なあに、ジン」
「俺はな、中学生以下には興味が無ぇんだ。だからな、お前を襲うわけがへぶるぉぃ!?」
「あたしはあんたと同級生だあああああああああああああああああああああああ!」
俺はルウに殴り飛ばされながら、思う。
俺らのオチに似合うのは感動でも友情でもなく、暴力なんだなあ、と。
……痛ぇけど。
次くらいから新キャラ出てきます。